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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第一玄義:正義1

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第一玄義:正義8

 その日から、アイテスとグッズは交代で天体観測の出来そうな場所をしらみつぶしに監視した。まず、二人で中庭を確認してから、それぞれの持ち場へ着く。そこで一日過ごし、早朝になると部屋へと戻って二時間ほどの睡眠をとった。

 両者ともまだ子供なため、監視中も時折壁に寄りかかって寝息などを立てていたが、アイテスの思わぬ『成果』のために、安全に眠ることができた。もっとも、彼らがそれを知る由はなかったようだが。


 そうして数週間が経った頃のことである。恒例となって寝覚めも良くなった二人が、いつものように定位置に着く。


 その日はとても空が明るく感じられた。気温も丁度良く過ごしやすく、少年たちは中庭のベンチで少しの間世間話をするほどリラックスしていた。


 そして、アイテスは荷卸場へ、グッズは資料館へと向かった。


 アイテスは物怖じせず共有区への連絡通路を渡ると、カンテラの明かりが灯る方へ向かって挨拶をした。相手もカンテラを振って挨拶する。

 灯りはふらふらと踊るように揺らぎながら、アイテスを歓迎した。

 彼は荷卸し場に到着すると、すぐに四隅にある樽の裏へと身を隠す。体がすっぽりと収まる空間が設けられ、そこだけが埃もごみもないのであった。それに疑問を抱くことも無く、彼はじっと、時が来るのを待った。


 荷卸場にある様々な荷物は、日々位置を変えて、同じ姿を見せることはない。アイテスは近くで水音がしたことに気づき、音のする樽の中を覗き込んだ。

 彼の表情がぱぁ、と明るくなる。


「鯖だ・・・!」


 青い魚体をちらちらと輝かせた鯖が、尾ひれで水を叩いている。アイテスは翌日の夕飯か、あるいは朝食のご馳走を想像して、溜まった唾を飲み込んだ。


 そうこうしているうちに、突然、木造の扉の向こう側で大きな音が響き始める。アイテスは上空を見上げ、慌てて四隅にある樽の裏へと身を隠した。彼の頭上にある鎖がゆっくりと動き出し、けたたましい音を立てて穢土の方へと伸ばされていく。少し天井に風穴が開き、空の群青が見え始めると、巻き上げられた鎖が伸ばされていく様子をうかがうことができる。


 アイテスは思わず目を輝かせ、同時に自分の中にある不思議な感情に動揺した。『跳ね橋』という構造をはじめて目の当たりにした衝撃と、何か罪深い感情を抱いたような困惑によってである。


 橋桁が完全におり切った時、あたりが俄かに明るくなる。影の内側から空を見上げたアイテスは、空に散りばめられた満天の星空が自分の前に広がっていることに驚き、そして、堀の向こう側にある広大な田園風景に恐怖した。


「これが・・・穢土・・・?」


 碧の草木は燦然と輝き、風に靡く。その真ん中には、機嫌良さげに片足立ちをする人物の姿―アイテスはそれを案山子とは知らなかった―があり、悍ましさを覚えた。微動だにせず佇んでいるその人物は、肩に不吉な烏をとめて、じっと、施設の方を向いている。風に靡く襤褸布のような服の、なんと汚らわしいことだろうか。


 そして、田園風景に気を取られていたアイテスが、ようやく使命を思い出した時、満天の星空の下に、佇む人影を目にした。


 数瞬前の自分と同じように目をキラキラと輝かせた少年の顔には、首筋まである長いもみあげを風に靡かせ、光の中で佇んでいる。


 月光の当たる場所、そこまでは確かに穢土ではない・・・。施設とは、跳ね橋を超えたその先のことを言う。ノゼンダはあくまで月光に身を晒しながら、施設の荷卸し場ぎりぎりに立って、空を見上げていた。


 彼が手に持つ何かを空へと向ける。それが光に晒されて、古い四分儀と分かった時、アイテスはノゼンダに本当に未知の恐怖心を抱いた。


 『間近に迫る穢土に、物怖じすることが無いほど冒されているのか』


 彼の確信は明確な証拠を得た。それがどれほど辛く、抗い難い苦しみであったことか。

 彼は目の前の罪人に恐怖を抱きながら、震える体に発破をかけて立ち上がった。


 月明かりが髪にほのかにかかり、思わず悲鳴を上げたくなるのを抑え込む。そして、ゆっくりと、慎重に木造の扉の前へと歩み寄り、乾ききった喉に唾を押し込んだ。


「ノゼンダ」


 低い声は震えていた。声を掛けられたノゼンダが動揺しながら振り返る。前髪のかかる視線の先にあったのは、今にも自分を刺殺しそうな形相のアイテスの姿があった。


 アイテスの抱く動揺が彼へと伝播する。それは悲哀よりは恐怖が勝っていたが。


「なぜ、ここに?」

「夜風に当たりたくて・・・。君こそ」


 そう言って歩み寄ろうとしたその刹那。


「穢を持ち寄るな」


 突き放すような冷たい言葉が、鋭い声で発せられた。ノゼンダがここが穢土ではないと訴えようと身振りを振るおうとした時、アイテスは背後にある木製の扉を開け放った。


 背後には、複数人の警備員と、二名の近衛兵を引き連れた、近衛中将の姿があった。

 警備員の通報を受け、アイテスの言葉の真偽を確かめるために警戒を続けていた人々である。ノゼンダは瞳を揺らす。咄嗟に穢土の方へと後退りした。


 即座に、近衛兵が弓弦を張る。警備員二人がさすまたを突き出し、二方向からノゼンダを押さえつける。そのまま地面に押し倒されたノゼンダは、首筋ぎりぎりにつがえられた矢が二本突き刺さると、言葉にならない悲鳴を上げた。


 ノゼンダの体を地面に押さえつけたまま、警備員は近づき、彼を影の中へと引き摺り戻した。

 ノゼンダを睥睨したアイテスは踵を返し、扉の向こう側へと消えていく。悲痛な喘ぎ声を上げ逃れようとするノゼンダを、手袋を嵌めた警備員が袋叩きにした。


「ノゼンダ・・・」


 アイテスはむかついてじんじんと熱くなる胸を祈り石と共に掴み、なるべく後ろを見ないようにその場を立ち去る。


 去り際に、彼はふと中庭から夜空を見上げる。学術棟の建物で額縁のように切り取られた星々が散りばめられ、青々とした月が眩く照る夜であった。

 その足で自室に戻るなり、ひどく窮屈なベッドの上へと倒れ込んだ彼は、日が昇るその時まで、とめどなく溢れ出す涙をシーツに擦り付けながらもがいていた。


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