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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第二玄義:追従

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10/23

第二玄義:追従1

「はい、はい。それは素晴らしいことをされましたね。あなたには善き恩寵があることでしょう」

「本当ですか!嬉しいです!今日もお話を聞いて下さり、ありがとうございます!」


 懺悔室の中からははきはきとした女性の声と、少し怠そうな聴罪師の声がした。その声は既に日課になっていて、良く響く女性の声が漏れ出てくることを、他の住民が不思議に思うことも無かった。


 懺悔室の格子窓に向かう彼女の名はホローと言う。皆は簡略化してホロと呼ぶが、由来を考えれば正確ではなかった。

 カーテンに映った聴罪師の影がくつろいだ様子であるのを、ホロは全く気に掛けることはなかった。懺悔室の生み出す信仰上の権威が、揺らぐ後光に特別な力を与えて、彼女には特別な価値を生み出したのである。


「では、そろそろ・・・」

「はい!」


 カーテン越しの影が姿勢を正して大きな祈り石を手に取るのを合図に、ホロは右耳につけているイヤリングを取り外した。

 イヤリングには小さな祈り石が取り付けてある。装飾は絡みつく枝葉の形をした金製の逸品で、青と草葉の緑を思わせる非常に高貴な工芸品であった。


 二人はそれぞれの祈り石を手に握りしめ、祈りの口上を唱えた。

「「青の星へ縋らんと欲す。もっとも尊き青の民よ、その弘誓(ぐせい)を以て我らを牽きて昇らし給え」」


 唱え終えたホロは聴罪師に礼を言うと、意気揚々とその場を後にする。その背中を見送った聴罪師のかげは、首を横に振って蝋燭の灯を消した。


 共有区の隅にある懺悔室から外に出ると、ホロは気持ちよさそうに天へと向けて伸びをした。彼女の日課が滞りなく終わったことを、青の民へと感謝しながら。


 日中のこの時間は、政務をこなす行政棟からやってきた成人男性と、学士棟から聖務をこなすために共有区中央の師棟へと群がる成人女性の姿が極めて多い。明け方から朝方にかけてであれば、荷卸場に穢土の民などを含めた人々が殺到することもあるのだが、今はどちらかと言えば賑わいより忙しなさが感じられる。


 ホロは髪を完全にヴェールに隠した成人女性たちの様子を見て、自分の僅かに出した金髪を構う。それに気づいた中年女性が、良く響く喧しい声を響かせた。


「あ、ホロちゃん、若いっていいわぁ。おしゃれねぇ」


 中年女性は綺麗に前髪をヴェールの中に収めており、どこか羨ましそうな口調で言う。一方、ホロは不服そうに前髪を構いながら答えた。


「おば様、こんにちは。私もはやく前髪を隠したいのですけれど」

「そんなこと言って!すぐにおばさんになっちゃうんだからね!いまのうちに楽しまないと!」


 周りにいた女性たちも彼女の意見に賛同し、口々に人生は短いのと彼女を持て囃す。内心複雑な思いを抱えながら、苦笑いで応じるホロに、拡声器越しに老人が声を掛けた。


「ホロさん、今日も敬虔な素晴らしい善行を積んでいるようですね。こうして教唆集会にもご足労いただき、本当にありがとうございます」

「いえ、白の民として当然の務めにございます」


 細長い師棟から覗く簡素な拡声器から、感嘆の声と共に、他の若者へ対する愚痴が少しばかり漏れる。それに賛同して井戸端会議をする女性たちの会話を、ホロは苦笑いを貼り付けたままで聞いていた。


 彼女の揃えた手の中には、今日の集会で行われる予定の、説教の該当部分がある。それは数ある教典の中でも比較的難解とされる内容であるため、彼女には井戸端会議がますます冗長に感じた。


「あの・・・そろそろ・・・」


 そう彼女が声を掛けたのをきっかけに、拡声器越しの声も咳払いをし、聴衆たちも声を潜めた。


「では、今日の教唆集会をはじめます。内容は前回の続き、穢土と漂白施設、即ち『施設』の成立のお話です」


 粛々と説教が始まると、師の声はとても甘やかで魅力的に響いた。師の声が蕩けるような滑らかさで教典の内容を語り始めると、自然と人々は声を抑えて耳を傾けるのであった。



 メダイの時からは遠い時間が過ぎ去り、白の民がまだ穢土の中に囚われていた頃のこと。世界は混沌と苦痛に満ちていた。

 人は奪わなければ生きることができず、それは白の民とて例外ではなかった。それでは罪を重ねることになるが、どうする術もなかったのである。


 そのような時代に、血で血を洗う争いから世界を救ったのが、聖ステラス師であった。当時はまだ師を中心とした信者の信仰形態が整っては居らず、勝手気ままに信仰を告白し、やはり罪を犯すような者も多かったのである。


 ステラス師は、各所にある支配者、大王などへと説教を重ねた。青の民へと続くための施設の必要性を訴えると、ある者は賛同、またある者は拒絶し、多大な土地の寄付を得たのである。その地に設けられたのが現在の施設であり、はじめは内陸にある大ロザリウムと呼ばれる施設である。その地を拠点として、白の民は争いと穢土から隔絶された安住の地へと移り住んだ。


 やがて、聖ステラス師没後三世代を経て、世界が青の星への信仰を失っていた頃、かつて支配者、大王であったものたちが次々に勢力を失って分裂、滅亡し、我ら白の民が築いた施設を中心とした統治、法と正義に依る統治が始まったのである。



「というのが、教典の要約でございます。皆様、支配者たちと白の民の違いは何でありましたか?それは、穢土に長く留まっていたことと、施設で聖務に励んでいたことです。この頃はまだ棟を二つに分けるという、現在の施設の体裁、つまり政務と聖務の分離という形式が為されていませんでしたが、私達白の民が信仰を守っている間、彼らは醜い争いに身を投じたのです。それが、破滅へとつながったことは、明らかなことでございますね。聖ステラス師のご英断が無ければ、私達もそのように滅んでいたことは自明のことでありますから、先達への感謝と、穢土に触れぬようにすることは、絶対に守ってくださいね。そして、そのように、学士棟の御子や巫女にも、どうかお伝えくださいね」


 師の説教は一時間続いた。ホロは全てを聞き終えると、多くの者が早々に席を立つ中、外したイヤリングを握りしめて祈りの口上を暗唱した。


 三十回の暗唱の間に、声が遠くなり、肌に触れる空気の動きが感じられなくなり、あたりが静けさに満ちた。数々の足音が、彼女の耳には神秘性を帯びて聞こえてきた。


 目を開くと、美しい塔がそこに聳えている。扉の上部に備え付けられたラッパの形をした拡声器は、天に向かうトンネルのように見えた。彼女は足取りも心も軽やかに、共有部から学士棟へと戻っていった。


 彼女はスキップをしながら連絡通路を潜る。その時、気の弱そうな猫背の少年とすれ違った。彼女が上機嫌に挨拶をすると、少年は恥ずかしそうにはにかんで通り過ぎていく。傍から見れば彼の仕草はどこかよそよそしくも思えたが、ホロは全く気にならなかった。


 少年のことは良く知らなかったが、寮で給仕係を務めることは知っていた。確かノゼンダと言ったが、挨拶を返してくれた彼に対して、彼女はもう少し仲良くなれるだろうと感じた。それがさらに、彼女の足取りを軽くしたのである。


 中庭に辿り着いたホロは、葉擦れの音が心地よく耳に届き、思い切り天へと伸びをする。胸の中は青の民への感謝で満たされていた。

 ふぅ、と深呼吸をつくのと同時に、背中に重い衝撃を受けたホロは、驚き目を丸くする。しばらくして横を通り過ぎる幼馴染の髪の毛が目線の横を通り過ぎると、全てを察した彼女はその少年を諫めた。


「ちょっと、グッズ!」

「へへーっ、変な歩き方ー!」

「もぉ、最悪!!」


 ホロが地団太を踏む姿を、いたずらな笑顔で振り返ったグッズは、ホロが動き出すより先に駆け出していく。気分を害されたホロが「もぉぉ」と苛立ちを露わにすると、後からグッズを追ってきたアイテスが追い越しざまに彼女に声を掛ける。


「ごめんなさい、ホローさん!」

「アイテスくんは悪くないよ。全くバカグズはぁ!」

「・・・ははは、あんまり酷いことは言わないであげてね!じゃあ、注意しておくから・・・!」


 アイテスは「もぉ、グッズゥ・・・!」と逃げ足の速いグッズを諫めながら追いかける。


 生温い風が吹き、ホロを撫でる。それはきらめきとは縁遠いものだったが、澄んだ空は不思議と眩しく高かった。


「興ざめ。帰ろー」


 彼女は満更でもないという雰囲気でそう零して、自室へと戻っていった。


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