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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第一玄義:正義1

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第一玄義:正義6

 深夜の共有部に、人の気配はない。寮母さえも寝静まる中、段々と低くなる天井の下で、アイテスとグッズは施設内の案内地図を広げていた。


 皿の上に油を挿して紙に火を灯しただけの簡素な明かり―彼らは大殿油などというものは知る由もない―で地図の端を照らしながら、自分達の現在地に犬の文鎮を置いた。


 アイテスは地図の端をしっかと広げ、丸まらないようにさらに四方に重石を乗せた。それらは様々な文房具で、例えばペン先を取り除いた自分のペン、羊皮紙を削るための、先の丸いナイフ、手製カードの束などである。


 アイテスが丸眼鏡をかけると、首筋に余ったチェーンがかかる。友人の鎖骨の上を撫でるチェーンに、グッズは僅かな高揚感を覚え、唾を飲み込んだ。


「ノゼンダ君の部屋はそこ。僕たちの部屋はここで、今いるのはここね」


 一つの建物の中に強引に駒を重ねる。グッズは相槌を打つだけである。


「でも分からない・・・何の目的で穢に触れた?天体観測は中庭でもできるのに・・・」

「衝動って抑えられないもんだよ」

 率直な疑問に、グッズは即座に答える。アイテスがはっとしたのは、愚鈍でないから消してしまった発想だったからかもしれない。彼は窓の向きを地図の上でなぞり、その流れに合わせて自分で視線を動かした。階段下にある共有部には、牧歌的な外の世界を描いた絵画が、額縁を窓代わりにして飾られている。アイテスは二人分の犬の文鎮をついに持ち上げる。アイテスは寮の外、学士棟学術区と学士棟居住区の間にある広い中庭に一つを運ぶ。


「天体観測を出来そうな場所はここ。あと、ここと・・・」

「ここも穴場」


 文鎮を二つ置いた脇から、グッズが指し示す。そこは学士棟から離れた共有部の出入り口、すなわち搬入口であり、人通りの多い場所であった。アイテスは怪訝そうに眉を顰める。しかし、覗き込んだグッズの顔には、ふざけた様子はなかった。


「直接穢に触れる場所で、深夜は用事もないから人通りが少ないんだよ」


 グッズはそう答えると、手近にあった大理石製の馬の文鎮をそこに置いた。それはアイテスの私物であったが、白馬を象った最高級品である。更にアイテスの表情が曇ったのは言うまでもない。


「じゃあ・・・ここは?」


 アイテスは、学士棟の資料室に、グッズの黒い半円型をした文鎮を置く。

「俺のコクヨーセキ!」

 外の世界へ出られない彼らが触れる自然石もまた、エキゾチックな高級品である。

 グッズが黒曜石の文鎮を回収しようと手を伸ばすと、アイテスはすかさず人差し指に力を込めた。

「僕の白馬も自慢の品なんだけど?」


 片や歯をむき出して、片や苛立ちの籠った作り笑いで睨み合う。お互いがゆっくりと手を離したのは、時計の分針が一つ数字を進めた後だ。

 互いに自分の自慢の品を丁寧に拭う。アイテスは絹製の白手袋をした手で白馬を地図の上に戻す。そして、唇を尖らせて、手袋の片方をグッズに差し出した。


「僕も右手で触るから、君も左手で触ること」

「・・・わかった」


 拗ねたように答えたグッズが白手袋を嵌める。二人は再び地図の上を覗き込み、ぽつり、と言葉を零した。


「うーん・・・人員不足」

「先生に言えばいいじゃん」

「ダメだよ、確証が持ててない!証拠がないんだから!」

「えぇー・・・」


 二人はしばらく、ただ唸り声を上げた。そして、互いに自分の自慢の文鎮を、手袋を嵌めた手でつまんだ。


「総当たり・・・」

「そう、あたり・・・」


 二人はそう呟いて、顔を見合わせる。難しそうに眉間にしわを寄せたまま、ゆっくりと、頷いた。


「じゃあ・・・まずは自分の文鎮の位置を・・・それから、交代でそれぞれの場所を調べよう」

「分かった!じゃあ、俺は最初、資料室だな」

「僕は搬入口ね・・・」


 二人は監視場所を確認した後、それぞれに体を解した。グッズは中天に差し掛かった月に向かって両手を思い切り伸ばして肩を解し、アイテスは肩に込めた力を抜いて両腕をだらんと椅子の下に下ろした。

 アイテスの肩を、グッズが楽しそうに揉みしだく。


「うーい、なで肩ー」

「ちょ、もう、やめてよ・・・」


 アイテスは呆れながら苦笑をこぼす。小さな灯火の明かりが持ち上がる口角を移した時、グッズは一層嬉しそうに歯を見せて笑った。


「落ち着いた?」


 アイテスは言葉もなく、満足げな溜息を返す。グッズは乱雑に椅子から立ち上がると、廊下を無邪気に駆け戻り、「早く寝よー!」と階段を昇っていく。追従を促すグッズが手摺から顔を覗かせてアイテスの名を呼ぶ。それに答えて立ち上がった彼は、生返事の後で小さな声で、「ありがとう」とこぼした。

 その後の彼は、先ほどまでの逡巡が嘘のように、驚くほど快眠であったという。


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