新家成婚の儀
晴れの日に相応しい高い青空の中に、白い照る星が嫌らしいほどに瞬いている。学士区の渡り廊下に白いローブを身に纏った学士達が花道を作って待機していた。僕は廊下の最前列、共有区へ続く扉の前にいる。正面には厚化粧をしたいかにも遊び人という風貌の巫女が、つんとした鋭い瞳で渡り廊下の向こう側を見据えている。視線の先には遥かに続くようにみえる花道が、居住棟へ続く突き当りまで続いている。
僕はブーケを両手で抱えながら、ひたすらホローさんが曲がって来るのを待った。
「アイテス、だっけ?」
鋭い声で頭上から声を掛けられ、顔をあげる。向かいの巫女が、遠い目をしながらホローさんが来るはずの花道を見つめている。
「はい」
「あんたは、この結婚、どう見る?」
「どう、と言いますと?」
鋭い視線と高い鼻先が浮足立った御子と巫女達のそわそわとした様子へと険しい表情を向けている。
「ホロは幸せになると思うか、ってこと」
「新家成婚の儀は愛を前提にした制度ですから、幸せになるのではないですか?」
巫女はぎろりと僕の方を睨む。思わず身を竦ませ、ブーケを持つ手に力が入った。
「ウチは急すぎると思うけどね・・・」
「そう、ですか・・・?」
人が人を愛することに、急とか、そういうこともあるのだろうか。彼女は何事もなかったかのように黙り込み、視線を元に戻す。僕もそっとブーケを持つ手の力を緩めて、同じように視線を動かした。
十分は待っただろうか、純白のヴェールに身を包んだホローさんが、少しはにかみがちな笑顔で廊下の角を曲がってくる。ゆっくりと、ヒールを教科書に乗るような見事な足さばきで運びながら、ゆっくりと、巫女と御子の囲む花道を渡っていく。
それに見惚れる人、興奮気味に爛々と目を輝かせる人などが、それぞれに羨望の視線を新婦へと送っている。学士達はまず手にかけた籠から色鮮やかな花弁を少しだけ撒いて、彼女の前途を祝福している。彼女は最前列までやってくると、まず同室人である厚化粧の巫女から大きな祈り石のティアラを被せられ、そして僕の方を向いた。
僕は手に持つブーケを、彼女が持ちやすいように手渡す。僕より一回り高い身長を少し屈めて、彼女は「ごめんね、アイテスくん」と僕にだけ聞こえるように声を掛けた。
準備が整った彼女の前にある、閉ざされた扉が厳かに開かれる。全開された扉の方を向き、彼女は静かに歩み出し、共有区の眩い空の下へと踏み出した。
踏み込んだ地面に、ヒールの音が高く鳴る。思わず目を細めてしまうほどの強い日差しの中を、輝くばかりの白いヴェールに身を包んだホローさんが踏み出していく。
本当に美しい光景だった。僕はその後に続いて共有区へと歩み出す。僕に続いて御子達が、件の巫女に続いて巫女達が、ホローさんに続いて進んでいく。
老師塔の前には行政区の重鎮たち、そして、菩提三官を含めたすべての聖俗高官たちが待ち構えている。菩提三官の手には金属製の振り香炉があり、それを揺することで、あたりに乳香の良い香りが溢れてくる。そして、老師塔の前、その中心に、白い服に身を包んだ年若い男性と、その父親らしい人物が立っていた。
ホローさんが老師塔の真正面に立ち止まると、白い服の男性が振り返る。そして、巫女達が先行して左側の花道を形成し、大人たちの座る老師塔への道を作る。僕に先導された御子達が、右側の花道を形成し、最後尾の御子が彼女の右手で足を揃える。僕たちは一斉に籠の花弁に手を掛けた。
ホローさんは花道の中心を、堂々たる足の運びで進んでいく。左右から浴びせられる花弁のシャワーは、輝く白い衣装のホローさんの美しさを一層美しく飾り立てた。
彼女が花道を潜り終え、大人たちの世界へと引き渡されると、その手を、年若い男がそっと握り返す。二人は向かい合い、一人は彼女の後ろに控える新婦の父親らしい男性に視線を送り、ホローさんはただ年若い男に視線を向けた。
男が、そっと彼女を抱き寄せる。なされるがままに身を預けたホローさんは、瞳一杯に涙をためて、少し顔を紅潮させながら、男の唇に顔を近づけた。
僕たちは少し離れた場所に整列して、祝祭の祝詞を口ずさむ。それは自然とリズムを持つ合唱となって二人に届けられ、二人は大きな祝福に包まれながら、互いの唇を重ねた。
胸元にある互いの祈り石に手を掛け合い、静かに瞳を閉じて、恍惚とした表情で唇を預け合う。何故だかぽかぽかと体が暖かくなって、急に名残惜しいような、そんな気持ちが芽生えてきた。
不思議な感覚のまま、式は進行する。ホローさんは大人たちの世界へ入った証として、改めて新郎によって髪をヴェールの中へ納められ、そして、大人たちに深い礼をした。
二人は老師塔へと向き直り、誓いの祝詞を唱える。二人の成人女性が、二人が老師へと捧げた贈り物を献上する。一つは立派な反物で、もう一つは見事な藤の花をあしらった文官用の石帯※11であった。それらが浄財菩提へと手渡され、そして、老師塔へと収められる。老師は拡声器越しに、厳かな声で祝詞を捧げた。
「青の民よ、遥かなる清浄の星へと、彼らの愛を届けたまえ。不朽の愛は白の祝福を超え、霊体となってかの地へと導かれるだろう」
大人たちによって割れんばかりの拍手が起こる。全員が席を立ち、羽目を外したような奇声まで浴びせられる。その声に戸惑いながらも、真っすぐに男の方を見るホローさん。紅潮した頬に乗った紅色が、自然な美しさを際立たせている。二人を取り巻くものすべてが、きらきらと輝いて見えた。
やがて大人たちに連れられて、若い二人は共有区にある御子と巫女が入ることを禁じられた『嬌声の聖域』と呼ばれる施設へと向かって行く。僕たちは整列を崩さないまま、老師塔の前から学士区へと戻っていった。
「ホロも大人の仲間入りかぁ・・・」
「寂しくなりますね」
巫女達の中に混ざって話す声が聞こえる。
最後尾について無言で歩く僕と厚化粧の巫女は、その声を耳にして同じような表情で顔を顰めた。
まずそれに驚き、次にはたまらず声が漏れた。
「一つ個室ができてしまうんですね」
「夜遊びはしやすくなるけどね」
続く言葉を考えると、何故だか親近感が湧く。僕は慰めようと続けた。
「大人になっても、ホローさんは学士区にいるわけですから」
「でも、うちらとは違う役割になっちゃうんでしょ?」
「そうですけど、会えなくなるわけじゃありませんよ。大丈夫」
婚礼の神籤の場合も、新家成婚の儀の場合も、巫女が成人した場合は聖職者か講師、あるいは寮母などとして施設の運営に携わるので、ホローさんは変わらず学士区に住み、勤めることになる。会えなくなることはない。ただ、彼女の言葉の通り、ホローさんの住居は寮の中にある成人女性用の部屋にになる。以前よりは疎遠になるのだろう。
そうしてふと、僕の周りからまた人が消えてしまった、という切ない感情が込み上げてきた。
思わず立ち止まり、拳を強く握る。共に歩く巫女は、僕に一瞥をくれただけで、深く追及はしないで列の中に戻ってくれた。その冷たさが、その時の僕にはありがたかった。
頬を撫でる風が、中庭の木を揺さぶる。爽やかな碧の香りが鼻へと運ばれてくる。行く当てのない感情を撫で回すような風に苛立ちを覚えて、意味もなく渡り廊下の壁を蹴る。
気持ちは収まらず、誰にも諫められることも無いまま、僕は壁にかかった足をゆっくりと下ろした。
「苛立ってる?」
「えぇ、最近は色々とあって・・・」
ほとんど面識のない厚化粧の彼女に、不思議と本音をうちあけてしまった。彼女は興味なさげに僕を睥睨し、「ふぅん・・・」とだけ答えた。
前進する行列は随分と離れてしまった。僕は早歩きで行列の最後尾へと戻ると、彼らの後を追って食堂へと向かって行った。
※11 石帯・・・せきたい。石で飾り付けた牛革製のベルト。ここでは、白の民など、高位の成人男性が身に着ける正装。




