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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第五玄義:無垢

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37/43

穢土とは、施設とは。

 あの衝動的な出会いから間もなく、僕は今こうして施設の外にいる。つい先刻、跳ね橋の向こう側で期待に胸を膨らませて明滅する光を探して空を見ていた僕の前に、アイテスが突如として現れたのだ。


 即座に、してやられた、と思った。彼の言葉はあまり頭に入ってこなかったが、言い訳をしようとしたが彼には無駄だったようだ。さすがに賢明さにおいて僕に次ぐと言って差し支えない御子、彼が正義と信仰の中にいるのがどれほど口惜しいと思っただろうか。


 その後、次々に僕の前に駆けつけてきた兵士達が、僕を押さえつける。力任せにさすまたで地面に押さえつけられ、話だけでも聞いてくれと声を掛けたが、自分の顔のすぐ横に、矢が放たれた。さすがに声が出たが、その恐怖心よりずっと恐怖をかりたてたのは、近衛兵が懐から取り出した鋭利なナイフのためだ。


 そのナイフは、老師と三菩提の掩祝を受けて、特別な加護を与えられたもの。青白い刀身が夜空の星月に輝いた。


 その刃は触穢を取り去るために、目玉を抉り出すためのもの。いびつに反った刀身は綺麗に目玉の形を刈り取り、清浄な魂の似姿である真円を崩さないためのもの。近衛兵が僕に馬乗りになり、そして、ナイフを高く掲げた。


 強烈な痛みと共に、視界が損なわれる。言葉にできない声が空に響き渡り、綺麗に抉り取られた目玉が地面にぼとりと落ちた。


 激しい殴打の痛みが麻痺するほど、強烈な痛みが目玉のあった場所から溢れ出す。血とも涙とも分からない液体が自分の目からどろどろと流れ、頬を伝って落ちていくのが分かる。


 地面から体を持ち上げられたかと思うと、跳ね橋の向こうまで思い切り放り投げられる。

 体中を走る強烈な痛みに加えて、土の上に落ちた肉体が繊細な傷跡に衝撃を伝える。何とか体を起こすと、ぎぎぎ、と鎖が巻き上げられて、跳ね橋が持ち上がる。真っ白な外壁の中に不釣り合いな材木の色がぴったりと嵌った時、僕は自分に起こった出来事をようやく理解した。


 悔しかった。体中の痛みよりもずっと、ずっしりと重たい痛みが心に圧し掛かった。あと一歩で世界の真理を書き換えられるほどの仮説を打ち立てられると思ったのに。僕は一頻り身悶えした後、失った目を抑えながら、田園風景の中を彷徨い始めた。


 穢土。施設がかたくなに接触を拒み続けてきた開かれた禁域。歩けば歩くほどに、視界よりも先に思考が鮮明になる。

 夜風に靡く小麦畑が眼前に広がり、はるか向こうまでひたすら緑の園が続いていく。この遥か先にある防壁の向こう側に、『都市』と呼ばれる黄の民、茶の民、赤の民が済む居住区がある。そして、その先についての記録は・・・施設にはない。


 思考が明瞭になるにつれ、まずは目の治療をしなければならないという事実へと関心事項が移った。緑の民は農民であるから、専門知識はないだろう。僕は動くたびに全身に走る強烈な痛みに苛まれながら、片目を抑えて都市へ向かって歩き出した。


 長い長い田園風景を歩くうちに、夜明けが訪れ、空を曙の星 が渡る。ちらほらと視界に農民たちの姿が見られるようになると、彼らは僕を見て、農具を捨て去ってこちらへ駆け寄ってきた。


「vvdsjdlkxckvんhkfjldcvkfdfjvslsrvだえbfdkv、cwこd!?」


 意味の分からない言葉をかけられる。僕は口を開くたびに激痛が走ることに耐えながら、何とか言葉で彼らに状況を伝えた。


「医師はいませんか?目玉を抉り出されてしまったのです」


 どうにもうまく伝わっている様子がなく、パニックになった様子で辺りを見回しては、訳の分からない言葉ばかり話すので、僕は思い切って目を覆っていた手を離して見せた。農民たちの悲嘆と憐みの表情。触穢のために施設を放り出されてしまった例は、必ずしも珍しいものではないのだろう。彼らは慣れた様子で僕の手を引き、農場の広がる中にある木製の質素な住居へと導いてきた。


 洞穴のような暗い室内に入ると、僕を見るなり彼らは飛び上がって肩を貸してくる。そして、ほとんど土がむき出しになった一角にある、藁を敷いただけのベッドに横にさせられる。すると、彼らは色々な器具を持ってきて、丁寧に眼の周りを拭き取り、流血を止め、そして傷口に薬を塗布した。


 良く沁みる薬だったが、塗り終わった後には不思議と目の周りに爽快感があり、何となく効果を実感しうるものだった。僕を運んでくれた農民が仕事へ向かったのか外へ出ていくと、看病をする二人の家族が、次に薬湯を差し出してくる。


 僕はこれを一息に飲み干す。すると、強烈な苦みと、舌の痺れるような刺激が走り、思わずえずいてしまった。

 彼らは献身的に看病をしてくれるつもりらしく、薬湯を与えた後、藁を指差して途轍もない早口の言葉で何かを伝えてくれた。


「ありがとうございます・・・何とお礼を申し上げればよいか・・・」


 すこし微睡に重たくなる瞼を何とか持ち上げたまま、彼らにそう伝える。僕の言葉は通じているらしく、彼らは安堵したように黄ばんだ歯を見せて笑いかけてきた。


 彼らは炊事や藁細工をしながら、早口の言葉を話している。はじめよく聞き取れなかったものの、言葉の端々に「施ん設」とか、「御ん子」とか、聞きなれたような言葉を耳にして、徐々に言語が異なっているわけではないことを理解した。彼らは僕たちと同じ言葉を話しているが、そこに強烈な訛りや語り口の素早さのために、全く聞き取ることができない言葉のように思えてしまったのだろう。やることも無いので、混濁する意識の中で、彼らの言葉に耳を傾ける。


「・・・おかず・・・塩が切れ・・・粥・・・」

「塩屋・・・藁帽子・・・う・・・」


 聞き取れた言葉だけを並べ、丁寧に咀嚼する。これはこれで楽しい作業である。そうしているうちに、徐々に(麻痺したかのように)目の痛みが引いていることに気づく。先ほどの薬湯の正体は、どうやら鎮痛剤だったようだ。


 僕はついに睡魔に敗れて眠りの中に沈む。体中をチクチクと刺す藁の痛みを感じながらも、不思議とクリアなままの快適な睡眠を享受することができた。



 目が覚めると、僕の視界に映ったのは面長の顔をした、変わった服装の男である。白い服を羽織り、白いボタン付きの肌着に袖なしの服を重ね着※6 している。彼は僕の目を覗き込みながら何かをしているらしく、目が覚めて真っ先に感じたのは「強烈な目の痛み」であった。


「おはよう。ちょっと傷口を消毒しますからねー。沁みるよー」


 彼はそう言いながら綿で丁寧に薬品を塗布してくる。その薬品がこれまた強烈に沁みる。一通り作業を終えたらしい男は、医薬品を全て箱に仕舞う。


「よく我慢したねー。穢土送りになったけど、我慢強いいい子だから、きっと大丈夫だよー」


 猫なで声が煩わしい。何かきわめて個人へ対する侮蔑を感じる。僕は少し不機嫌になりつつも、『礼儀をわきまえた』感謝の意を伝える。


「ありがとうございます。痛みは健在ですが、少しは楽になりましたよ」


 相手は少し不思議そうに僕を見つめていたが、能天気な笑顔を取り戻して「どういたしまして」と切り出した。


「穢土はどう?やっていけそう?どんな勉強をしてたの?」

「右も左も分かりません。言葉も早口で覚えられないし・・・。それに、施設での教育はレベルの低いものですから・・・」

「うーん、ハイレベルな教育水準だって聞くけどなぁ。言葉遣いも丁寧だし。あと言葉ね、言葉はね、緑の人々はみんな施設との関わりが薄いから、言葉遣いになれていないんだよ。ほら、僕らのは聞きやすいでしょ?」

「まぁ・・・はぁ・・・」


 馬鹿にされてるような気もするが。


「そう。だから治ったら僕と都市に行って、先ずは仕事を探そうね。下働きなら溢れるくらいあるからね」


 労働というのは辛いと聞く。星を見たり、考える時間も全部奪われてしまうのではないか。僕という知性が生かせないのは世界の喪失である。そう思うと、途端に泣けてきた。

 男はそれを怯えや不安の涙と勘違いしたのであろう。僕の頭を優しく撫で、子供をあやすように接してくる。


 ・・・ように、というか、子供か。


「・・・が見たい」

「ん?」

「星が見たいです・・・」


 僕の言葉を聞き、男は安堵したような溜息をこぼす。そして、「見れるよ、満天の奴が」と僕に伝えて、泣きじゃくる僕を優しく抱き寄せた。


 この男は恐らく優しい男なのだろう。ただちょっと、人を小ばかにしてる感じはするが。

 一頻り泣き終えた後、しばらく藁から身を起こしたままぼんやりとしていると、農民が家へと駆け込んできた。どたどたと慌ただしく無遠慮な足取りでやって来たかと思うと、息も絶え絶えに男に対して訴えてくる。


「もう一人穢土送りの御ん子がおるぞ!」

「あらぁ~、どーなってんだぁ?」


 農民の慌て具合に対して、男のおっとりとした言葉遣いは随分と余裕がある。鞄を手に取り、のっそりと立ち上がると、男は僕に手を振って「・・・じゃ、また」と声を掛けてくる。僕が会釈を返すのも見ずに、のんびりとした歩調で農民について行く。農民の急かす声が妙に空回りしていて面白かった。


 男が去ってしまうと、閑居の中で新たな関心事項が浮かび上がってくる。脳髄の隅々までいきわたる思考の神籤を手繰り寄せていく、素晴らしい静寂に満たされたのだ。


 もう一人の『穢土送り』。何らかの政治的意図を感じずにはいられない。仮説はいくつかある。一つ、僕を穢土送りにした報復として、誰かが穢土送りにされたというもの。一つ、僕と誰かを陥れて権力を掌握しようとする誰かが二人を政敵として穢土送りにしたというもの。一つ、全くの偶然で、予期しないエラーであること。


 仮説を紐解いていこう。

 一つ目。これは仮説としても有力で、というのも僕は老師の御子であるということを、直接、共有区で聞いたことがあるからである。基本的に親子が交流することはない施設空間ではあるが、男女の交わりや取引、神事のために設けられた共有区で、親子がそうした会話をすることは戒められていない。

 もっとも、親は名前しか知らず、子は親の名前すら知らないので、誰がどの子だったのかを理解するのは行政区住まいになる成人後の、しかも御子に限られることになる。その点、老師の御子という例外的な立ち位置にいた僕の場合は、はじめて参加した神事の際、きわめてスムーズに、その出自を知るところとなったのである。

 つまり、行政官の陰謀による僕の追放へ対する行政官への報復である可能性は極めて高い。この場合、アイテスが報復として穢土送りにされている可能性が高い。


 二つ目。僕は一つ目になったけれど。・・・そうではなく、この説も有力だ。もう一人の権力者の御子を調べることは、ある程度知恵の働く御子であれば不可能ではない。図書館や資料室にある大量の蔵書の中から、家系図や神籤の結果を遡って調べて行けば、誰がどの高官の御子であるのかを知ることができるわけだ。僕は興味ないけど。

 この場合、穢土送りにされたのはアイテス以外の御子の誰か、である。


 そして最後に三つ目。うん、まぁ、そういう事もあるよね・・・としか言えない。いずれにせよ、施設における穢土送りというのは、実質的には施設における「死刑」に等しい。相当の罪人である可能性が高いので、この場合はあまり関わらない方がいいだろう。


 などと、思考を巡らせている間に、外の喧騒が近づいてくる。泣きじゃくる子供の声と、それをあやす大人たちの声が混ざり合って、きわめて喧しく、きわめて・・・うっっさい。


 それが近づいてくるとストレスによって頭ががんがんと揺れる。特に子供の泣き声が、本当に喧しいのだ。これは三つ目の仮説も視野に入る。


 喧しい声が近づいてきたかと思うと、面長の男が朗らかに鼻歌を歌いながら、家の中へと入ってきた。騒然とした緑の民たちが彼の後ろで不安そうに家の中を覗き込んでいる。彼の後ろから、肩に担がれた少年が、脚をばたつかせながら泣き喚いていた。


 アイテスよりは少し筋肉質に見える太腿を晒した、快活な印象の少年は、僕の隣に寝かせられた。

 耳元で壊れたベルのようなけたたましい喚き声が発せられる。せっかく静寂の中にあった室内に、異常なまでの騒音が訪れ、しかもそれが自分の真横に据え置かれたのだ。うんざりするようなことだと、容易に想像できるだろう。男はその長い顔を少年に顔を近づけ、先ほどと同じように人を小ばかにしたような言葉遣いで、少年に施術を施す。自分が寝ている間にされたであろうことを真横でまざまざと見せつけられると、さすがに背筋が凍り付いた。


 先ず、薬湯を飲ませ、彼の意識を混濁させる。彼が大人しくなったところで、目玉をくり抜かれた部分を止血し、消毒をする。そして、空間となった眼球部分を、丁寧に縫合して、血液の流出や傷口の化膿を防ぐ。最期に、瞼を優しく閉ざし、綿で丁寧に眼の周りを拭い、そっと新しい綿をあてて保護する。


 これらの作業を、何の迷いもなく、まるで生活の中で当たり前に行われてきた掃除でもするように、スムーズに行う。その軽薄な姿勢から目の前の男を軽んじていたが、考えを改めなければならないようだ。


 処置を終えた手を丁寧に洗浄し、パン、と一つ手を叩いた男は、くるりと体を入り口の方に向き直る。そして、緑の民に対して一礼をする。緑の民たちも胸をなでおろして、一同が持っている様々な贈り物、小麦畑の者は小麦、野菜、保存の効く手作りの糠漬けなどを男に送る。最後に、長がくすんだ銅貨を数枚男に渡すと、安堵した様子で解散していった。


 建物の外から賑やかな話し声が聞こえる。それが遠ざかっていき、抱えきれないほどの大量の贈り物をまとめて外の荷車に乗せていった彼は、再び僕のもとへと戻ってきて語り掛けた。


「緑の民は素朴な人々だ。出世や欲望の入る余地が少ない生活を続けているから、かえって純粋に人の幸福を願える」


 それは白の民には伝えられないことであった。比較的高い地位にありながら、何故が記述の少ない緑の民。紙の上では出会えない存在に、僕は非常に強い興味を抱いた。


「では、黄の民や茶の民、赤の民、黒の民はどうなのですか」


「都市の人々は、彼らほど素朴ではない。生活を支えるために、同業者と競争をする必要があるからね。でも、白の民をそれほど憎んでもいない。彼らは白の民が青魚や雑魚を好み、権力者と言うには質素な生活、節制を重んじていることを知っているからね」


 その言葉にいまいち実感が湧かなかったのは、彼らが言う『雑魚』や『青魚』が、僕達にとっての高級品だったからである。ただ、野菜も近郊部のものを使い、都市部の商品に依存しているため高額でこれを買い取っていることを思えば、これまでの政治的権威と比べてはるかに御しやすい存在であったと言えるだろう。確かに、『贅沢に溺れた貴族』としては見られる要素が少ないようである。

 男はのんびりと言葉を付け加える。


「黒の民っていうのは、はじめに来ていた衣服から、都市部ではそう呼ぶ習わしになったんだ。白の民の解釈とも遠からず、ということになると思うけど」

「つまり・・・?」


 僕は自分を指差した。黒いローブと黒いズボンを身に纏った少年を前にして、男は嬉しそうに頷く。僕は少し言葉を考えて、やはりいい言葉は見つからないが、一旦ありのままの言葉で確かめた。


「では、僕らは棄民として生活することになるのでしょうか・・・?」

「白の民が思っているほど、都市部の市民は潔癖じゃないよ。安心して。彼らは肉も食べれば、酒も飲む。穢土に触れ続けて罪を負い続けている。だから、今更潔癖になろうともしないんだよ」


 僕は圧倒されながら頷いた。確かに、彼らの理屈はあまりに的を射ている。白の民は穢れを恐れるが、そもそも穢土にいる住民は初めから穢れの中にいるのだから、それを気にする必要がない。ただ、黒の民の中でも役に立つ存在だけが、うまく都市社会で生きていけるというだけだ。これは希望の言葉でもあるが、同時に残酷な言葉とも読み取れる。


 つまりは、「黒の民は生活の術をほとんどすべて施設に置いてきている」という点である。

 穢土送りにされれば手元に財産はないし、白の民の教育は生活の糧になるものではない。純粋な個人の能力一つで、自分の生活が一気に転落していくということを、ただまざまざと見せつけられた形だ。


 そうなると、僕は・・・。嫌な予感が脳裏をよぎった。いや、僕はまだいいかもしれない。隣で眠る少年は、グッズは、どうなるのか。


 彼は基礎学習も積んでいない。憐れと言うには自業自得だが、それを単純に見捨てるというのは、ちょっと後味が悪すぎる。


 思考を巡らせていると、男が突然僕の顔に鼻先を近づけてくる。驚き硬直する表情を楽しむかのように、男は暢気な笑顔を浮かべて言った。


「君は、見所があるように思う」

「えっ・・・?」


「だから、僕が育てようかなぁー、と思うんだけど。どうかな」

「えっ、えっ・・・」


 困惑しながらも、体は素直に首を縦に振った。思考より先にうっかり言葉が漏れてしまうと、トラブルになるから、言葉の方は置いていった形だ。僕の反応を男は喜び、表情を一層柔らかいものにした。そして、ふにゃふにゃとした体を思い切り伸ばして(やはりふにゃふにゃとしているが)、荷物の片づけに戻る。

 思考の方にようやく言葉が追いついたとき、彼はすでに荷車の中の大量の贈り物を整理していた。


「あ、あの!」

「ん?」

「あの、あの!この子!この子はどうなるんですか!?」

「んー・・・その子はあんまり僕の仕事には向いてないと思うなぁ」


 ここで引き下がるわけにはいかないと思った。特別にグッズに思い入れはないが、彼は何だかんだで嫌われるような存在でもない。それが飢餓に苦しむという可能性を少しでも感じた以上は、何としても救い出しておきたい。

 そうすれば、要らない罪悪感に苛まれなくても済むし、何より見捨てなかったという免罪符も得られる。それだけで、多少罪悪感は拭えるというものだ。


「んー・・・。でも、なぁ・・・。うーん・・・。どっちの仕事でも」

「だったら僕が二人分働けばいいですか!?」

「えぇ!?う、うん?まぁ、別に、良いけど・・・」


 男は目を白黒させている。僕は自分の手元にある薄い麻布をグッズの体に放り出して、男のところへと駆け寄った。

 そして、思考より先に出る言葉を相手にぶつけた。


「多分、多分ですけど!あなたの仕事は頭を使う仕事でしょう?だから僕に見込みがあるって思ったんでしょう?だったら見込みはあっていて、それで役不足なくらいです!」


 この頭脳をしょうもない生活の糧に使うという傲慢さを思えば。

 男は目を白黒させて、縋り付く僕を見おろしている。状況としては極めて純粋な場面であるのに、僕が思考より先にある言葉を使うばかりに妙に高飛車な言葉が彼に投げつけられる。


「なんならあなたをもっと贅沢な暮らしにしてやることだってできる!だって周りの御子達と比べればはるかに僕の方が頭がいいから!この子はそうじゃないけど・・・二人分になれるのは間違いないと思います!」


 やはり、きちんと考えないとひどい問題発言をしてしまう。こういうところが、僕の生きにくさの原因なんだろうな。

 グッズの道だけでなく、自分の道も途絶えたかもしれない言葉を言い切って、僕は、子供だけが持つ特権的な方法で、男にグッズとの同行を求める。男は頭を掻き、困ったように唸った末、ついに、「まぁ、いいかなぁ・・・」と口の中で小さく呟いた。


 驚きに硬直した僕の頭上に、男の角ばった手が乗った。さわさわと髪を撫でながら、男はうん、うんと自分で納得している。まるで言い聞かせるような仕草であり、彼なりに葛藤したらしいことを窺い知ることができた。


「また、準備ができたら迎えに来るよ。それまでは治療に専念すること。いいね?」


 彼はそう言って僕の背中を押し、家の中で休むように促した。彼は荷物を纏めた荷車の手を持ち上げる。そして、僕に片手を挙げて別れを告げながら、荷車を引いて都市へと戻っていった。

 彼を見送った後、茜色に染まる空は施設にいた頃より心地よい景色に思える。赤色のグラデーションを作る鱗雲を見上げていると、外の冷たい空気が目に沁みて耐え難くなってくる。僕は踵を返し、藁の上に身を預ける。


 チクチクとした感触も、その日は妙に心地よく感じられた。隣にある子供のすすり泣く声を聞きながら、世界が暗がりの中に沈んでいくのを待った。


※6白いボタン付きの肌着に袖なしの服を重ね着・・・ワイシャツにベストを着ているということ。施設内の服装は全て規定品なので、ノゼンダにはそれらの知識が極めて乏しい。

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