ひらめき
煌々と照り付ける夜の星々は、数多ある世々の真理を体現するかのようだ。そうした輝きに対して、その運行プロセスから青の星へ至るまでの数理的計算を行うことは、僕にとって極めて重要な課題の一つだった。
もし仮に・・・精神だけが青の星に至れるのであれば、この世に用意されたきわめて物理的な楽園である青の星の存在意義とは何であろう。
つまり、精神だけが青の星へと至れるというその教義の本質は、絶対に至ることのできないはずの場所に至る為には、『物理的障害という理の外に出なければならない』という、一種の諦観から生じた次善策であると理解し得る。この、不完全な理屈に基づく信仰のプロセスを飛び抜けることができれば・・・つまり肉体を擁したまま物理的に青の星へと降り立つことが可能であれば、遍く信仰の意義を解体して、施設という権威自体も解体しうるということだ。
もっとも、僕が本当に興味があるのは、その先にあること。青の星とは実際どういうものなのか。あるいはその後の統治機構はどのように変遷するのか、という、きわめて実務的な関心事項の方である。施設の根幹をなす信仰が崩壊すれば、新たな統治方法が生じるだろうし、青の星の実態を見ればその豊かさの根源を解析することができる。すべては探求の欲望の入り口に過ぎない。
そう、あの事件も、探求の入り口に過ぎないのだ。
青の星は視認することができない。それ程遠く遥かなる場所にあるという。それに到達するための方法を探るのが、その時の関心事項だった。もちろん、いまでもそれは調べるが、それよりはもっと現実的な関心事項にシフトしたともいえるだろう。そのきっかけの事件でもある。
青い星について資料を積み上げていると、ふとした瞬間に、頭の上に丸めた紙きれが飛んでくることがある。左右にあるベッドから投げ込まれるごみで、悪気がなく、単にだらしないから投じられるものもあり、悪意、えー、ここでいう悪意は法的な悪意ではなくて辞書的な意味での悪意だけど、そういう悪意で投じられるごみもある。そういう時は頭上から、「ごめん、暗くて見えなかったわ」と嘲笑気味に声を掛けられる。それを無視して書籍を読んでいると舌打ちを打たれたので、最近は「はぁ」などとてきとうに答えるようにしている。
まぁ、それは、いいとして、そういう下らない御子らの純粋な悪意など気に留めずに、本を読み漁っていたところ、周囲から寝息だけが聞こえてくるようになって久しい頃に、喉が渇いて水差しを近くに寄せようとした。まさにその、ほんの少し顔を前方に向けた瞬間、それは視界に飛び込んできたのである。
星月の間を点滅しながら流れていく、星のような何か。それは、過去から白の民が特別に関心を抱いてきた、尾を引きながら流れる流星ではない。点滅し、星の巡りの中を白と赤に点滅する『星のようなもの』だ。
驚き、思わずそのままの姿勢で硬直する。衝動的に円卓の上に足を掛け、棚の上に昇った。
窓に貼り付きながらそれを見つめていると、点滅するそれは星の巡るよりはるかに速い速度で弧を描き、空へと消えて行こうとする。
僕は慌てて窓を開け放ち、空を超えゆくその面影に向けて手を伸ばした。
刹那、夜風が部屋に流れ込み、カーテンがふわりと膨らむ。僕が手を伸ばした矢先に、点滅する何かは空の彼方へと消えてしまった。
伸ばした手をゆっくりと下ろし、しばらく空を見上げながら硬直していた。カーテンが穢れから逃れようと、内へ内へと膨らんでいる。我に返って思わず身を翻す。目下には穢土があった。慌てて窓を閉ざすと、カーテンが安堵したようにその身を壁に預けて萎んでいく。その静謐な安堵に反して、僕の心は興奮と高鳴りを隠すことができなかった。
瞳が揺れるほどの衝撃。そして、点と点が線に繋がるような、圧倒的なひらめき。そして何より、静謐さを凌駕する、驚愕が齎した激しい心音。眼裏にある瞬きが激しく点滅して、僕の世界に新たな概念が齎された。
『知りたい』を知ってしまった。もう、逃れることは出来ない。これは呪いだ。もう逃れられない。
僕は慌てて水を飲み干し、手あかのついた窓を丁寧に拭きとる。そして、鍵を閉め直し、静寂の円卓の前に逃げ込んだ。
ただ、あの、頭の中を何度も殴るような明滅が、ずっと脳内から離れない。その衝撃は、まさに『新たな物質を発見した』興奮と共に、強烈な知的好奇心が沸々と腹の中から沸き立ってくるのを感じる。僕は即座に机上の書籍をどかし、安い紙を引っ張り出し、この衝動を文字として書き出した。
これはあくまで仮説だが、これまでの信仰が覆るような衝撃ではなかったか。それをどうしても『確かめたい』と思った。
僕は衝撃に眩暈がする中、強烈な衝動に任せてあらゆる計算と考え得る可能性を紙に書きだした。そして、その紙を書籍と共に自分のヘッドボードを持ち込み、布団の中に潜り込むと、そのままの姿勢で書き物を続ける。そのまま眠りにつくこともできないまま、ただ、ただ、真実を求めて紙をしばき続けた。




