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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第五玄義:無垢

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イントロダクション:File: nocenta

 もし世界が構造的に完璧な構成で作られているとしたら、この施設の中にある歪な人間関係について、世界は僕が知るよりもはるかに馬鹿馬鹿しいものだと一蹴してしまうのだろう。


 この施設のきわめて潔癖な社会システム、その構造は、御子や巫女達※1の無垢な魂から無価値な庸・・・そう、労役。労役を徴取し、その恩恵を行政官と男性の神職が効率的に収穫するものだ。つまりは神権を老師へ、神事を御子と巫女達 へ、御子と巫女達の養育を全て女官、つまり女性教官と聖職者へあてがい、外部から得られる租庸調を行政区で折半する、そういう仕組みになっている。

 この行政区による搾取構造をさらに解剖していくと、その中枢にある権力の輪形構造・・・えー、つまりは宮王という実体のない権威の周縁部にある左右両大臣と宮大臣が実益を一旦すべて掌握し、これを行政官たちにそれぞれの権力の範疇で分配する、そういう仕組みが見えてくる。


 あまり頭の回転が速くない観測者のために、わかりやすく解説するならば、宮王はお飾りの王で、彼が御子を産むことで孫を得る側の左右両大臣、あるいは彼を養育する側の宮大臣に権力を集約させ、彼らの希望通りに行政記録を改竄する最終決定権を持つ筆頭書記長や、彼らに徴取した租税を奏上し、うまく中抜きをしつつ大臣たちに恩恵をもたらす大蔵卿が権威を独占する仕組みが形成される。

 これらを神権がどのように牽制するのか。そこが、この政治構造の面白いところで、神権を司る長が老師、その下部組織の中に菩提三官と呼ばれる老師の補佐役がいる。そして三官が専門とする三分野、菩提三官の名の通り、兵部菩提(ひょうぶぼだい)浄財菩提(じょうざいぼだい)陰陽菩提(おんみょうぼだい)による行政区への牽制がなされる。つまりは、警備兵や近衛大将などの近衛兵達など警察権を直接行使できる兵部、貨幣の鋳造と寄進額の策定、反物の相場などを調整して、文字通り市場を支配する浄財部、御子達や巫女達の教育と神事の日程を司る陰陽部、これらが行政区の持つ物質的な権力と立法による権力を牽制する構造だ。

 たとえば、歴史的事象として、租税の過剰接収は浄財菩薩による行政区への寄進額の増額で対抗したし、行政区の除目※2 、えーっと。人事。そう、人事・・・に納得がいかなければ、除目にあわせて婚礼の神籤や慈悲の巡礼などの重要な神事をあてがって牽制した。そうでなくても、大臣格の横暴に対しては、兵部菩提がその御子に触穢などの罪を着せて追放し、神権の権威が保たれるように調整を図ろうとした例もある。


 この権力構造は、神権と世俗権力の対立関係を、それぞれの互恵的システムに合わせて調整させるもので、この神権が持つ、都合のいい人質が、僕達御子や巫女達という仕組みになっている。行政区に行ってしまえば、学士区に入ることは出来ないので、その内実を知るためには神官と文官の中間的な存在である聴罪師からのわずかな情報だけが頼りとなる。何か不穏な動きがあれば、無垢な子供が聴罪師に相談に来て、問答集に記録されたものが宮王から毎日参議院※3 に報告される形で、大臣格の高級官僚たちへ伝達される。

 ここから読み取れることは、聴罪師が世俗官僚から出たか神官から出たかによって、学士区への影響力が大きく変化するという点だ。今の聴罪師がどちらから出たのか、これが極めて重要で、神権が強くなるのか、それとも行政官僚が強くなるのか、大きな分岐点になる。


 地位としては非常に低いはずの聴罪師が権力構造に大きな影響を与えるというのは興味深い。聴罪師は匿名性を約束されているから・・・学士からは知ることのできないところなのだけど。


 ・・・え?考え事をしてたらもう講義が終わっちゃうの!?えー、僕、全然聞いてなかった・・・。ま、ま、いいよ。三分も教書読めば覚えられる程度の内容でしょ。その程度しか、御子や巫女には真実を伝えようとしないんだから。



 窓の外にあるきらきらとした照る星の瞬きと、ふわりと風に踊るカーテンが織りなす純白のコントラストは、この世界の虚飾的な輝きを象徴するものだ。例えば、僕が今首にかけている祈り石が、照る星を動かす青い天幕の色に似せているように、人間の視認しうる『色』という概念は、文化的に極めて象徴的な、あるいは空虚な信仰ないしは妄想を育んでいる。

 花の色、蝶の羽根の瞬き、尊き祈り石の輝きがそうであるように、そこにある自然に形成された万物万象は、全てが計測しうる物理的事象に過ぎないというのに。


 ただ、そう言って想像する僕の心すら、いわば白の民が世界に産んだ精神的な障壁と何ら変わりないのかもしれない。すべては青の星の下で等しく不浄であり、そして揉み洗いした靴下から汚れが濯がれるように、すべては等しく青の星の下で清浄となり得る。信仰の象徴が物理的事象に過ぎないとしても、信仰そのものは清廉なる意志として存続しうる。これは極めて重要な概念で・・・。つまりは信仰そのものよりも世界に信仰を告白することが信仰の肝なのであり、清浄とは他者によって認識しうる限りにおいて清浄であるということだ。


 子供達の雑踏。煩わしいほどの喧騒と、あえて言語化すればそれこそ『汚らわしいほどの』純粋さ。それらが、大人たちが単に信仰する・・・えーっと、つまり。求めるものであるわけだけど、実態は僕や、少し前に成人したピウスのような、バグが存在する。そうしたバグは、例えばピウスであれば権力欲に任せて後の権力闘争のために権威を持つ御子らを匿名性のある小さな監獄から探っていたし、僕であれば沈黙を守って世界が求める清浄性を演出した。

 それでも、過去の婚礼の神籤の結果や図書室にある歴史的系図から、ある程度の家族関係を推察しうる。だから、大人たちが軽んじて、子供達に与えた不要な諸資料が、こうした悪意あるバグによって解析されるリスクがある。


 あ・・・、ここでいう悪意というのはつまり、善意に対する悪意であり、つまり・・・辞書的な意味ではなく法的な意味での悪意で、あることについて知っていることを示す。

 だからピウスの悪意というのは辞書的な意味での悪意でなく、また僕も辞書的な意味では悪意でないが、法的な意味では悪意が推定される可能性がある。そのための防護幕が沈黙であり、純朴であるとは思うけれど・・・。


 鐘の音・・・。鐘の音!?もう次の講義始まっちゃうの!?準備、準備してない、どうしよう、ちょ・・・鞄開かな・・・!!もぅ、はやく出てこいって・・・!



 本当に世の中は煩わしいことに満ちている!講義なんてしなくても読んでればすぐ頭に入ってくるのに!どうして周りに合わせなきゃいけないのか。非合理的だ。まぁ、それらしく振舞っている以上は外観上そう見られるものだろうけれど・・・。そういう人間は疎ましがられるのも世の常だけれども・・・。


 鞄の中に順序正しく積み重ねた教書を確認し、そっと鞄を閉ざす。周囲では騒がしく御子や巫女達が世俗的な娯楽に耽っている。平和で微笑ましい光景だ。僕は完璧に鞄に荷物をしまい、煩わしいもみあげを耳にかけた。そして、彼らの間を縫って進み・・・。というか、どうして人が通るときに彼らは椅子を引かないのだろう。人間とは案外視野の狭いものだ。避ける側にとっては非常に煩わしい。


 とはいえ、狭い通路を抜け、すばやく学士棟の階段を降りる。すれ違う人々は自分の爪先を見ない。僕だけが、爪先にある革靴のつやを見ている。

 そして、渡り廊下を早足で進み、図書館へ至る。

 引き戸を開けた先に広がる、膨大な本の山。図書館には、程よい高さの椅子と机、そして膨大な資料がある完璧な環境がある。僕は鞄から教書を取り出し、2,3分だけ講義内容を流し読みすると、すぐに教書をしまい込んで、さっさと目的の資料を探す。天文学や信仰の資料、社会や歴史に関する資料などから、好みの資料をかき集める。バランスを崩しそうになるほど重たい書籍の山・・・腰の高さから前髪くらいまでの高さがある・・・これを、自分の鞄がある方へと運ぶ。周りの司書がハラハラしながら僕を見守っているのを知りつつも、僕はふらふらと大股で歩きながら、ようやく、書籍の山を机まで運んだ。


 これだけの苦労をしたのだから、必要な資料は有益に違いない。もちろん、ごみ箱の隅に残った弁当の食べかすのような本もたまにはあるが、ここにいる人間全員と話すよりはずっと有意義なものが多い。そういう意味では、薄っぺらい文章をただ長大なサーガにした書き物にも、気を紛らわせるくらいの価値はある。まぁ、僕は読まないけれど・・・。


 図書館という特別な空間では、絶対静寂が規律として定められている。これがとてもいい。無駄な言葉を発して他者から嫌われることも無いし、話さないことが不自然に思われないからだ。この前、アイテス君という・・・僕の次くらいには賢いと思う御子に声を掛けられて、うっかり口が滑らないかと本当に緊張した。どうせ嫌われるなら他人を不快にしないようにしたいものだ。


 まぁそんなことはどうでもいいんだ。黄金よりも温い、黴臭い表紙を解放しよう。無限の知的好奇心への旅立ちの瞬間だ。


 深い思考、深い思索。深い示唆、深い信仰、深い洗脳。なんであれ濃密な時間は、この薄っぺらい紙面の中に集約されている。そこにほかの物事の付け入る隙などないし、こんな薄っぺらい紙きれの中に無限に可能性を仄めかす白紙の文集はどれほど奥行きがあると言えるだろう。今後ろを通り過ぎていったうっすいロマンスを語らうバカップルどもとは大違いだ。

 というか図書館でしゃべるなよ。気が紛れるだろ、文字が読めないのか。


 文章に熱狂するこの静謐な時間だけが、集団行動を是とするこの共有空間の一匙の安らぎである。例えば、祈り石を握りしめて青の星へ届けようとするあの異様すぎる祝詞の瞬間の気持ちの悪さは耐え難いというほかない。そもそも、青の民なる上位者がいるとしたら、白の民というこちら側の低劣な存在をわざわざ牽き上げるだろうか?アイなどと言う不完全で薄っぺらい、本当にこの漉き紙※4 よりうっすい人間性しか持ち合わせていないきわめて非合理的で不完全極まりない存在にわざわざ関心など示さないだろう。もし示すとするならば、ちょうど御子と巫女と老師や穢土と行政区の関係性のような、搾取構造の中でしか利用しないに違いない。だってせっかく不完全なんだから、搾れるだけ搾った方が有益だ。


 ・・・ともあれ、世界はこの薄い紙きれの集合体よりはるかに不完全であり、浅いものだ。深層への深掘りを困難たらしめる肉体的制約が憎らしくてたまらない。


 ふと、顔を持ち上げると、既に机の上には油に浸した紙が置かれていた。僕は目を擦り、これに火を移す。手元だけがほんのり明るくなる中、漉き紙で作られた覆いを灯りに被せた。


 何気なく視界に空が入った時、思わず顔を持ち上げる。


 ・・・いや、違うな。

 この世界は不完全で馬鹿馬鹿しいと言った。ただ、あの時のことを思えば、それほど悪くないのだと思えるのだ。



※1御子および巫女・・・成人前の男性を御子、成人前の女性を巫女と呼称している。これは、子供が神事を司る老師の管轄下にある学士区に置かれるため、神事を行う聖職者の基本職としての役職名で呼ばれるためである。


※2除目・・・宮王を主催とし、宮大臣以下全大臣と各部局の卿(長官)が列席し、各年の行政区での人事を行う会議(儀式)。筆頭書記長に代わって全書記長が議事録を作成して『名目上は』不正を防ぐ。除目の時期になると各卿や大臣への献上品が増加する傾向がある。


※3参議院・・・現代の我が国における参議院とは異なり、参議、大臣、筆頭書記長・大蔵卿ほか中納言以上の上級官僚(大抵が朝臣以上の上級家格)が、各位の陣座に座って行う会議(儀式)。行政区の政策や予算、各神事に携わる担当官の任免などを行う、実質的な行政の最高決定機関。


※4漉き紙・・・この施設において、雁皮製の和紙のことを指す。この施設においては、主に公文書や巻子本の制作の際に多用される。高価な品なため、日常的には穢土製のいわゆる洋紙や書き換えの容易な羊皮紙などが使われる。

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