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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第四玄義:敬虔

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第四玄義:敬虔3

 懺悔室に来る学士のほとんどは、巫女の方である。そういう意味では御子というのは珍しい来客であったが、無論全く来ないわけではない。ただ、御子の方が懺悔の内容は公私を問わず重篤で、暴力や性的倒錯に至るまで、様々な罪障が絡んでいることが多い。ピウスは問答集を纏めるにあたって、特別に御子の告解により重きを置くように試みているのはそのためである。


 さて、放課後となり、巫女などから恋煩いから陰口まで色々な告白を受けていると、そのうちに、文字通り「珍しい来客」が彼を訪問してきた。


 懺悔室に足を踏み入れた人影の所作一つで、その高貴さをにおわせる御子の影は、落ち着かない様子で窓の付近へと近づいてくる。

 壁伝いに慎重に近づいてくる影が、ただならぬ男であることを感じ取ったピウスは、丸椅子に腰かけ、二枚の紙を用意する。少年の影が席につくと、ピウスは威厳ある厳かな声を演じて問いかけた。


「迷える子羊よ・・・ここにはどのような用事でいらっしゃったのですか」


 手元にあるスイッチを引き、扉の錠を落とす。その音を耳にした影が、驚いて身を竦ませる。戸惑って扉の方に振り返った。そのままじっと扉を見つめて硬直している影に対し、ピウスは穏やかに声を掛けた。


「大丈夫ですよ、あなたの秘密を守るための措置ですので」

「あ、あぁ・・・そっか。そうですよね」


 カーテン越しでもすぐに分かる、紳士的な所作。所々幼げなところも、かえってピウスの警戒心を強める。

 身構えていると、影は手を膝の上に揃えて、囁くように答えた。


「友人のことでご相談が・・・」

「友人、と言いますと・・・?」

「えぇ。友人、です・・・。友人が罪を犯したのではないかと疑っているのです。部屋の窓の外に身を乗り出して、つまりは『穢』に触れたのではないかと・・・」


 ピウスは飛び上がりそうになった。『穢』に触れたとなれば、それは重篤な罪である。高貴な人影が何者であるのか、ピウスはすぐにでも確かめなければならないと判断した。彼はわざとカーテンの裾に燭台の取っ手がかかるように肘を置き、問答集に記録を残すふりをして、ゆっくりと肘を動かした。

 僅かに持ち上がったカーテンの裾から、格子窓の向こう側にある御子の姿を窺う。姿勢があまりにも良く、隙間からはほとんど顔も望めなかったが、彼の規律正しさを物語る、年不相応に思える制服のズボン、またそこから伸びる白く傷一つない美しい腿が覗かれた。

 人こそ特定はできそうになかったが、推測だけは十分にできる。ピウスは御子であった時に少年の身辺調査をしたことがあるからだ。頑なに指定の制服を着続ける折り目正しさ、また背は低いが際立って端正な風貌などから、彼がアイテスであろうことは簡単に推測できた。

 そうであれば、この事件は『使える』。彼は直感的にそう確信した。

 笑い声をあげないように慎重に、真摯に相手に向き合っている風を装って、格子窓のごく近くまで顔を近づける。振動で蝋燭の灯が揺らぎ、カーテンに映る影が思い切り歪んだ。


「なるほど。あなたは友人を疑い、また、それを確かめようとして懊悩しているのですね」

「えぇ、ただ・・・。もし通報してしまったら、彼は最早以前のように友人ではいられなくなるでしょう。しかし、友人がそうしたという確たる証拠は、僕の視覚しかないというのは・・・」


 うっかり高笑いがこぼれてしまいそうになるのを、わざとらしく腕にある祈り石を擦って天を仰ぐ仕草で誤魔化す。天井に向けてこぼれた僅かな笑い声は、格子窓の向こう側にはほとんど届かなかった。


「よろしい。確かに告解は聞き入れました。聞くところによると、あなたの罪は友人を疑ったこと、その事実を即座に通報しなかったこと。そして、あなた自身を偽ったことです」

「僕自身を、ですか?」


 すかさずアイテスが不安そうに聞き返してくる。政敵を排除するまたとない機会である。ピウスは彼を諭すように、本当に心の底から慰めるような優しい口調を偽って、彼に語り掛けた。


「そう。あなたが本当に疑ったのは、あなた自身の瞳ではございませんか。青の民は全て、透き通った心を持っている存在。自らを偽ることはございません。それは、あなたが白の民であるが故の迷い。それを拭うことも、あなたに課された試練なのでしょう」


 蝋燭の灯が俄かに揺れ動く。人影が揺らぎ、狼狽え、動揺したようにきょろきょろと辺りを見回している。手をそっと持ち上げ、胸の辺りにある祈り石を不安げに掴んでいる。


「あの、それは、どうやって・・・!」


「本当であれば、通報をするのが一番よろしい。師があなたのご友人を正しい手順で調べてくれますからね。ですが、もし、あなたが、あなたの別の罪を拭いたいと思うのであれば、友人への疑心と自身への偽りを拭うために、ご友人への疑いに対する確信を抱くべきでありましょう」

「つまり・・・?」


 度重なる質問に、ピウスは流暢に、かつ回りくどく答える。相手は明確な答えを求めて何度も尋ねてくるが、決して、明確な方法を教えてはならない。それは、ピウスが『教唆した』ことになってしまうからである。相手は子供ながらに対談の機微を理解しているのではないかと思え、ますますこれを排除したい欲望が腹から込み上げてくる。

 前のめりで聞き入る相手の影を、優しげな声音とは一転して言葉でつけ放すようにしながら、彼は続く質疑を軽やかに煙に巻いた。

 長い問答の末、影は少し俯きがちになったかと思うと、再び顔を持ち上げて彼に視線を合わせた。

「考えて、みます・・・」


 絞り出すようなその声は、儚げで美しくさえ感じられる。物憂げに立ち上がる所作に至るまで、人を虜にする不気味な魅力がある。

 ピウスは祈り石を構えたが、カーテン越しの影は少しずつ遠ざかっていく。やがて扉ががんがんと開かれようとする音が聞こえてきた。

 そこで微かに残った影が振り向き、何かに気が付くと、自らの胸元にある祈り石をそっと掴んだ。

 互いに儀式めいた祈りの口上を述べる。ピウスは手元のボタンを操作し、錠を持ち上げた。


(何としても、彼がアイテスであるという確証を得たい・・・)


 咄嗟にそう閃いたピウスの行動は早かった。アイテスに明かりが届くようにカーテンを掲げ、格子窓から寄進箱を懺悔室に差し出す。これに気づいた人影は、律儀に格子窓の方へと戻ってくると、財布の中から安価な硬貨を寄進箱へと投じた。

 ピウスは屈み込み、寄進箱を支えとしてわずかに持ち上がったカーテンの隙間から格子窓を覗き見る。息を呑むような端正な風貌の少年が、目を少し赤くして、鼻を啜りながらコインを投じている。


 間違いなくアイテスである。ピウスは思わず歓喜のガッツポーズをした。

 寄進箱に投じられた硬貨の高い音が止むと同時に、格子窓を開き、カーテンを窓に擦り付けるように寄進箱を引き摺って回収する。カーテンが完全に閉ざされ、格子窓が閉じてから暫くして、ピウスは先程よりも激しいガッツポーズを何度も繰り返し、机に駆け寄り、新たな情報と進展を、問答集に書き込んだ。オブラートに包まれた問答の内容は、もちろん完全な現実の再現ではない。わずかに内容を変え、健全な少年同士の喧嘩の仲裁をしたかのように、公的記録として残す。それは、『筆頭書記長』が会議において絶大な権力を振るう力の源泉である。

 成人して間もないピウスは、この権力の一端を肌身で感じ取り、父が彼を書記官に推薦せず、懺悔室に推薦した意味を理解した。


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