第四玄義:敬虔1
蝋燭が灯るカーテンの向こう側には、退屈なほど深い闇がある。
いつもと変わらぬ告白を聞くピウスは、生返事を繰り返して敬虔な女性の影を軽くあしらっていた。
世の中の人知れぬ悩みに触れるピウスにとって、この女は一際退屈な来客である。間もなく成人を迎える巫女の一人であろうが、婚礼の神籤がこの女ではつまらぬだろうなどとぼんやりと考えていた。
ピウスは懺悔室を任された成人してすぐの男である。齢は十六、婚礼の神籤が為されるのは先程の14の巫女とほぼ同時と言うことになる。今でさえ薄い布切れ一枚の間柄とはいえ、諸々の体を重ね、唇を重ねると想像すると、とても、特別の色香もない儀礼になってしまって残念であろう。
変に有難がりながら祈り石を掴み、口上を述べる女に歩調を合わせてやりつつ、くだらないルーティーンをこなす。裏口から訪問する成人の男達を散々待たせた挙句に、女は意気揚々と懺悔室を去って行くのであった。
蝋燭の明かりを鋏で消し、椅子を回して背後の男性と向かい合うと、ピウスは浅いため息をこぼしつつ、次のように言った。
「朝臣殿、大変お待たせいたしました」
「いやいや、いつも来ている子ですね?」
男はそう言って嫌らしい目つきでピウスの顔を覗き込む。下心が上唇から漏れ出していた。
ピウスは懺悔室の問答の記録を男に渡し、新たな羊皮紙を受け取る。懺悔室などという末端の仕事は、はやく終わりにしたいと内心では思いつつも、問答の記録は仔細に記録されていた。これを見るなり、男は嬉々とした様子で鼻先をピウスに近づけた。
「まことに細やかな問答集、感服いたしました」
「いえ。懺悔室の問答と言うのは、ちょうど夜道を照らす灯篭のようなもの。されば、告白とは灯火が羽虫の集うのによく似ている。私もはやく朝臣に昇進したいものです」
本心の籠った非常に深いため息をこぼすと、男は問答の角を整えながら、和やかに答える。
「宿祢殿はまだお若いではありませんか。近いうちに内務官となって、すぐに朝臣ともなりましょう」
「そうは申しましても、長い道のりですよ。まだ婚礼の神籤も終えておりません」
ピウスはいじけたように机に身を預ける。指先で木目をなぞりながら、唇を尖らせる様子は、まだ幼げである。
剃り整えた髭を構いながら、朝臣は苦笑いをこぼす。続けて片手にもった問答集に目をやり、捲っていく。一枚一枚を流し読み、男はふぅん、と鼻で息をこぼすと、少し乱暴に問答集を閉じ、荷物の中にしまう。
「では、確かに。懺悔室の問答は我々のような行政官が御子らや巫女らの様子や声を知るための数少ない機会ゆえに、大事な仕事ですよ。宿祢殿の評価は高いので、きっと文官として宮仕えもできますからね。では、また明日」
「はい、何かとお心添えを深謝いたします」
そう言うと、男は懺悔室の裏口から革靴を履きなおし、外へと出ていく。見送りに立ち上がり、深々と頭を下げたピウスは、軋んだ扉が鈍い音を立てると同時に不貞腐れた顔を持ち上げて、扉に閂をかけた。
改めて机に戻り、新品の羊皮紙を閉じたカーテンの前へと放る。そのまま散らかった資料を次々にまとめて積み上げ、最後に今年の婚礼の神籤に関する資料を捲った。
長々とした老師の挨拶の後、小さな肖像画と共に今年成人となる巫女のプロフィールがごく簡素に記されている。
資料を捲りながら、ピウスはこの資料に果たして意味があるのかなどと考え込んでしまう。
老師が縁結びの絵が記された木札を選んで、絵に対応する巫女(彼女たちは婚礼の神籤を以て成人となる)と齢18となる官僚の婚姻が決められる。これが婚礼の神籤なのであって、つまりは、ピウス自身は知ったところで選べないわけである。よほど心の準備が必要な女でなければ、かえって実際に出会うまでは一喜一憂などしたくないものだ。
彼は今年の神籤の行く末など関心も持たぬまま、好みの肖像画や高位の巫女が記された頁の耳を折り、暇をつぶす。人々の休憩時間を告げるベルが高らかに響き渡ると、彼は背伸びをし、体を解してカーテンの前に腰かけ直す。これから次々に懺悔室を訪れる羽虫の群れどもに身構えるのであった。




