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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第三玄義:善意

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第三玄義:善意8

 講義室へと向かう時間の沈黙は、グッズにはひどく耐え難かった。隣を歩く親友の表情はすっかり疲れ果てており、普段つむじの流れに沿って、綺麗に右に流している髪の毛も、その先端が枝分かれしている。一部が跳ね上がって、しかしそれが却って何とも言えないくだけた魅力を放っていた。


 講義室に入り、まず窓際の席に視線が動く。アイテスの視線を遮るように彼が先行して彼の視界に入ると、力のない笑顔と静かなお礼の言葉が向けられた。


 アイテスが自分の席につき、グッズがその机に顎を乗せる。言葉もないままに、第一限の講義の支度をはじめるアイテスに、グッズは普段通りに声を掛けた。


「あー、宿題忘れたー・・・」

「ノート見せるよ」


 頭上にノートの影が伸びてくるのを、敢えて彼は断って、自分のノートと教書を、アイテスの机の上に開いた。そうして、自分で課題を説く様子を見せていると、アイテスは「それも、それも間違ってるよ」と声を掛ける。それが何となく嬉しく思えて、グッズは机にぐったりと顔を伏せて、「教えてぇー!」と叫ぶ。頭上から降り注ぐ穏やかな笑い声は慈雨のように降り注いで、グッズはがばりと顔を持ち上げて歯を見せて笑った。


 宿題を時間内に何とか終えると、遠く高らかにベルの音が響き渡る。

 グッズは慌てて自分の席へと駆け戻っていき、ノートと教書を乱暴に自席の隅に置いた。


 雲の子を散らすように解散する御子達や巫女達が席につき、しばらく静寂が戻ったかと思うと、講義室には第一限の講義をする講師ではなく、学士区の区長である初老の女性が入室してくる。


 教室が俄かに騒がしくなった。騒めきの声をはっきりとした注意でぴしゃり、と止めてしまった区長は、一つ咳払いをしたかと思うと、滔々と語り始めた。


「講義をはじめる前に、残念なお知らせをしなければなりません」


 ざわつく声が先程より大きくなる。動揺した教室の中で、グッズとアイテスだけが、苦々しくも言葉の先を待っていた。


「昨日、あなた方の仲間の一人が、穢に触れた疑いで、穢土へと流されました」


 誰もが空席を見つめる。視線の先では、カーテンが普段より勢いよく膨らむ。わざとらしい咳払いの声に、再び視線が教壇へと集まった。


「触穢は重大な罪であるだけでなく、穢を白の民の住む清浄な施設へと運ぶ重篤な被害を生みます。まずはこの講義室を余すところなく洗浄し直さなければなりません。そののちに講義をはじめます。皆様は講義室を出て待機していなさい」


 それを聞き、御子の一人が席を立とうとした時、それを諫めるように区長は「さらに」と語気を強めた。


「昨日、資料室にある信仰の箱を『汚した』ものがいます」


 さらに大きなざわめきが起こった。動揺する御子達や巫女達が、ひそひそと犯人探しを始める。

 グッズは目の前が真っ暗になり、自然と体がガタガタと震えだした。目を見開き、ぎこちない動きで首をあちこちに向ける。


 アイテスが驚愕した様子でグッズを見つめている。区長の「心当たりのある者は・・・」という言葉を待たずして、殆ど泣きそうな声で、「グッズ・・・?」とアイテスが口を開いた。


 不幸なことに、誰よりも信望を得ていたアイテスが、鮮明に犯人を暴き出してしまった。彼の本心ではなかったが、驚きと絶望を隠しきれるほど、回復してもおらず、また大人でもなかった。アイテスの視線に気づいてしまった区長が、グッズの様子を確かめる。そして、納得したように何度も頷くと、講義室の扉の方へ目配せをした。


「待っ・・・!」


 そう声を荒げて立ち上がるアイテスの懇願も空しく、講義室の扉が荒々しく開け放たれる。警備兵と近衛兵がぞろぞろと入室してきたかと思うと、グッズは逃れようと慌てて席を立った。


「動くな!」


 どすの効いた低い声が講義室内に響く。さすまたで地面に押さえつけられたグッズの小さな体を警備兵が無理矢理引き立たせる。野次馬たちが阿鼻叫喚の声を上げ、動揺のあまり硬直したアイテスの手が力なく下がっていく。


「待って・・・。そんな・・・だって・・・」


「待って、許して!ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・!!」


 二人の声が重なる。近衛兵が懐からナイフを取り出し、その鞘を抜いた。

 鈍色に輝く刀身は、あまりにも穢れを嫌い、ぎらぎらと白く光を映している。グッズは講義室から引っ張り出され、命乞いの声ごと遠ざかっていく。そして、近衛兵が一人講義室に残って、ナイフの刃先を御子達や巫女達に向けた。

「動かれぬように。審判を拒むものはもれなく同罪である」


 誰もが悲鳴を上げ、慌てて席に座る。アイテスだけが中腰のまま、半端に持ち上げていた手をゆっくりと下ろした。


 廊下から甲高い命乞いの声が響いてくる。それがもれなく、薄い壁越しに聞こえてくる。聞くに堪えない激しい抵抗の声の後、耳をつんざく悲鳴が棟内に響き渡った。


「ぁ・・・ぁ・・・」


 アイテスが瞳を揺らし、その場にへたりこむ。近衛兵はナイフを鞘へ仕舞うと、懐へと戻し、恭しく区長に頭を下げて退出した。区長は事務的に挨拶を返すと、今度は御子達や巫女達に向かって話しかける。


「では、これより棟内の浄化を行います。全員、ここから出るように」


 放心状態のアイテスを残して、全員が席を立った。講義室を出るなり、短い悲鳴が聞こえてくる。そして、彼らの最後に区長に促されるままにアイテスが講義室を出た。


 その視界に広がっていたのは、床に飛び散った小さな血痕の跡と、その場に放り出された子供の目玉だった。


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