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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第三玄義:善意

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第三玄義:善意7

 爽やかな朝の日差しを全身で受け、起き上がったグッズは、しばらく自分の右手をぼんやりと見つめている。向かいで背を向けて眠るアイテスは、すんすんと鼻を鳴らして鳴き明かすばかりで、言葉も、グッズの起床にも気づかない。


 朝日が彼を起こしたのではない。ただ、ぼんやりとした頭が、通り過ぎた出来事を自覚してしまって眠りが浅くなったのだ。


 食事の時間を告げるベルの音が鳴り響く。我に返ったグッズが眺めた手を強く握り、いまだ起きる様子のないアイテスの背中に声を掛ける。


「アイテス、メシ!」


 暫くして、か細い声で「ごめん、先に行ってて・・・」という言葉が返ってきた。グッズは右手で乱暴にベッドの床を叩き、勢いよく立ち上がる。そして、苛立ちながら一人で朝食へと向かって行った。


「なんだよ・・・なんだよ・・・なんだよ・・・!」


 アイテスに怒りを抱いていたわけではない。ただ、一夜を過ごしたことで増した不安が、彼を苛立たせた。自分に言い聞かせるように、「なんだよ」とだけ繰り返す・・・。その様子を、誰も見ないということはない。


 食事は簡素なものであった。茹でた卵と干し鰯、それに柔らかい白パンがある。それでも、大昔の記録にある、穢土の人々に関する記録を見れば、ずっと上質なものだと分かる。脂が摂取できるし、調味料も塩を贅沢に使用している。グッズは知る由もないが、知識豊かな白の民であれば心得ていることである。


 グッズは食卓に並んだ硬い干し鰯を乱暴に噛み砕き、卵の殻が粉々になるまで机の角で卵を叩いた。ついに当たる対象が目の前から消えると、柔らかい白パンに人差し指を突き立て、それを貫いた。

 その感触は柔肌に似ていた。驚き、困惑するグッズは、一瞬手を止める。砕けたパンの切れ端が、パラパラと木皿の上に零れ落ちる。


 人差し指を突き刺したまま硬直するグッズを不審に思った同室人が、グッズに声を掛ける。我に返ったグッズはかぶりを振って、冷静に貫いたパンをつまみ上げた。


 トレンチャーと共に給仕されるものと違って、それはとても食べやすいものであった。油や水でふやかしたとしても、所詮は硬いパンであるから、トレンチャーを千切るひもじさを思えば、労力のない幸福な時間と言える。微かな炭水化物の甘みも、幸福感を感じるには充分である。


「アイテスくんがいない」

「あの給仕係の子もいない。なんだか寮母さんが忙しそう・・・」


 色々な言葉が耳に届いてくる。グッズはその声を聞き、居心地の悪さを感じて席を立った。


 すると、出ようとした矢先に、ふらふらとした様子で、額を抑えながら食堂へ入っていくアイテスとすれ違う。グッズは慌てて振り返り、アイテスを追いかけて隣に座った。


 黄色い声が煩わしく耳に響く。アイテスもそれが堪えるようで、頭痛でも堪えるかのように重い額を手で支えている。


 アイテスのもとに食事が運ばれてくる。消え入りそうな声で礼を言う声も、急遽欠員が出てしまった大人たちには返事をする余裕がない。そのまま踵を返し、食器を回収して早歩きで立ち去ってしまう。


 アイテスが額を支えていた手で目元を擦る。鼻を啜る音がした後、少し掠れたような声で「ごめん」と呟いた。グッズは首を振る。言葉は出なかった。


 アイテスは目前にあるご馳走、つまりは高尚な色味をした青魚である鰯を見ても、喜ぶ素振りが無い。表情の明るくなることが無い。ただ、それを丁寧にとって、一口ずつ口へ運んでいく。


「アイテス」

「・・・はは、おいしいね」


 絞り出すような声を、木皿に向けて出す。その様子が痛々しく、グッズは視線を逸らして伝えた。


「アイテスのせいじゃないよ」

「・・・うん」

「全部、ノゼンダが悪いんだよ」

「・・・うん。ありがとう」


 抑揚のない声で答えると、前髪の内側から覗く湿った瞳から雫が零れ落ちる。鼻を啜る音。固い物を咀嚼する時の、ざらりとした耳に残る音。そして、苦しそうに喉仏が上下した。


「グッズは・・・」


 絞り出すような声ははっきりと、グッズに向けられた。言葉もなく頷くグッズに、アイテスは続ける。


「グッズはいなくならないよね?」

「悪いことしてないもん」


 アイテスが少しだけ微笑む。グッズはただ真っすぐに彼を見つめ、しっかりと頷いた。

 食事の時間を終えるように促すチャイムが鳴ると、あちこちの御子達や巫女達が立ち上がる。食卓に放置された空の木皿や飲み残しの入ったコップを、急いで片付ける寮母たちは、幾つも皿を重ねては、カチャカチャと危なげな音を立ててそれを厨房へと運んでいく。


 アイテスが少し遅れて食事を食べ終えると、そっと木皿を手に持って、直接厨房に返した。そして、少しだけ明るくなった声音で、「ご馳走様でした」と声を掛けて、グッズと並んで食堂を後にした。


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