第三玄義:善意4
アイテスを中心に整備されたグッズの部屋は、その夜もひどく気まずい空気が流れていた。グッズは努めて平静な様子を装ったが、日中のこと、下校後のこと、それらを考えればぎこちない所作が出るのは無理からぬことであった。
消灯後も心のわだかまりが消えることはなく、グッズの心にも『悶々とした』感情が残る。布団に入り、闇の中で感情を整えるグッズは、周りの音が静まるのと共に眠りに落ちる。
やがて空が星々を抱え、月満ちる夜の頃になると、室内でほんの微かな物音が立ったのである。布団の中に包まっていたグッズは、普段であれば目覚めることのないような、この些細な物音に気が付くと、そっと瞼を開き、いつの間にか放り出された左足で布団をかきあげた。彼はサイドレールに乱暴に持ち上げた足を掛け、その姿勢で扉側を覗き見る。
扉の側には特段の変化はない。彼は寝返りを打ち、窓側を覗き込んだ。
窓際には、月光を頼りに古い本を捲るアイテスの姿がある。古い親友の姿を見て安堵したグッズは、緊張の糸が解け、一気に眠気がぶり返した。
ただ、月光に映えるアイテスの眼差しは真剣そのもので、余裕のある表情には見られない。どことなく覚悟をした風にも見えるが、一方で、物憂げでもある。
「ふぁぁ・・・アイテスぅ・・・?」
「あ、ごめん、起こしちゃって・・・」
アイテスは誤魔化すように笑う。ぎこちない表情の動きを本能的に読み取ったグッズは、上体を起こした。
勉学に励むにはさすがに闇が深すぎる。些細な違和感を拾い上げたグッズは、眠気はそのままに、不安の赴くままにベッドから降りていく。アイテスは彼に眠るように催促する。それが却って、グッズの不安をあおった。
「・・・悩みごと、俺でいいなら聞くよ・・・?」
問いかけると、アイテスは少し戸惑った様子を見せる。月明りの逆光の中で、整った眉と、艶やかな頬に乗った血色が際立って美しい。しばらく懊悩した末、苦しそうに眉間にしわを寄せたアイテスは、絞り出すように答えた。
「ノゼンダ君が穢に触れてしまった」
瞬間、室内を凍てついた空気が流れ始める。言葉の意味を解しかねて固まったグッズを見て、アイテスは取り繕うようにあれこれと言葉を繋げる。大袈裟なジェスチャーで取り繕う間に、徐々に言葉の意味を解き明かしたグッズは、ようやく事の重大性を理解した。
一気に体中の血管が委縮する。体中を穢土の空気を巡り、胃袋の中身が一気にせり上がってくる。その後もアイテスはグッズを労わりながらフォローしたが、グッズの体から噴き出した脂汗が止まることはなかった。
それでも、少しずつ冷静さを取り戻すと、グッズは慌てふためくアイテスを元気づけなければならないという意気が沸き上がってくる。これまでに散々かけた迷惑のことも、日中の出来事のことも、彼に対して何か力を貸さなければ、という使命感をかりたてた。
まずは、自らの困惑を抑えるために、円卓の前に座る。アイテスもそれを見て、向かい合う形で座り込んだ。
少年が背中に背負っていた月光が円卓の上を照らし出す。隅に置かれた手製のカードの束が、日常の延長線にある出来事であることを示している。
そうすると、アイテスの表情が先ほどよりも視認しやすくなり、グッズはそこで、アイテスの表情は彼の凛々しさよりはむしろ強い苦悩を感じさせることに気づいたのである。少年の中にある、そうすると、親友の力になりたいという真摯な思いはいっそう強くなった。
彼は平気な風を装い、「ノゼンダと関わらないからいーよな」と快活に答える。
即座に、アイテスが切り返した。
「そういう訳にはいかない、この場所に穢れを留めるわけにはいかないよ」
重い沈黙がその場を支配する。彼の言葉には強い責任感が伴っていた。何を照らすでもない月が円卓の中央へ向かって漂う埃の柱を照らし出している。穢とは、ちょうどそのような目に見えない汚らわしさを秘めているように感じられた。
そう思うと、グッズはもうノゼンダに対して暢気な対応をすることは出来ないのだということに気づいてしまった。一層重苦しくなる空気の中、アイテスは決意を秘めた瞳に涙をためながら続けた。
「ノゼンダをここには置いておけない。証拠を押さえて、この場所を清める」
自然と、グッズは同調の意を示したのである。




