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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第三玄義:善意

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第三玄義:善意5

 夜の中庭を渡る時、御子達の心は非日常の興奮に満たされていた。

 闇は深く、煌めく星々が落ちんばかりに(そら)の天幕に張り巡らされ、余すことなく瞬きに満たされている。草木の靡く音はどこか空恐ろしげで、悪魔のささやきのような音は彼らの興奮を掻き立てた。


 アイテスが共有区へと向かうのを見送ったグッズは、自分一人がぽつんと残された中庭で、学術棟の方へと振り返る。彼を囲む三階建ての建物は、それ自体が巨大な怪物のようであり、彼は心を奮い立たせて、大股で建物へと向かって行った。


 昨夜の作戦会議の通りに、彼が赴く場所は資料室である。我々で言えば博物館めいた巨大な展示室は、無防備にも建物の鍵が開け放たれたまま、また成人した男性は、共有区の警備員を除き全て行政区の居住棟にあるために、警備の者もない。学士区の無防備さは考えられないものであるが、奇跡的に誰もこの場所を侵すことはしない。グッズはカーテンが閉まった受付の方を気にしながら、資料室の中へと入った。


 夜空を抱く中庭とは異なり、資料室の中には明かり1つない。展示物の図像にびくびくとしながら、グッズは天文に関わる室内まで一気に進んでいく。


 剥製を展示する区域では、彼は周りにある声なき置物に言いようのない恐怖を覚えた。硝子製の目玉が一つ一つ歩くたびにかすかな光を受けてぼんやりと闇の中に浮かび上がる。グッズはなるべく早足でその場を立ち去り、天文の展示区域へと至る。

 深夜の展示室には星の光はなく、中央にぽつんと燭台が置かれたプラネタリウムがあるだけである。室内に光の気配がないことに困惑したグッズは、部屋中をきょろきょろと見回して、展示室にあった星を探す。それが一つも見られないと観念すると、グッズはとぼとぼと先へ歩いていった。


 星が無ければ見る人などいるはずはない。グッズはここにノゼンダが来ないだろうことを既にしっかりと認知していたが、彼の極めて健康な好奇心を抑えることはできず、彼は展示室を進む。


「これ、今も動いてるんだ・・・」


 思わずぽつりと呟く。展示室の三分の一を占めるほどの、巨大で精巧なアストラリウムは、止めれば時刻がずれてしまうこともあって、深夜でも休みなく動かされ、規則的に駆動している。グッズはその様子をじっと見つめ、以前できなかった時計の一周を見届ける。じっくりと、しかし正確に駆動する天文時計は、微かにゼンマイの音を立てながら、ゆっくりと『天を巡らせている』。グッズは、ほんの小さな球体として表現されている地を、半分口を開けたまま追いかける。そして、元の位置へと自分と地が戻ってくると、大きな音を立てて唾を飲み込み、最後の展示室へと歩み出した。


 暗黒の中に佇む「信仰の箱」は、寂し気に闇の中を漂っているように見えた。彼はどこか寂しそうな信仰の箱に近づき、そっと手を伸ばす。

 触れればひんやりとした感触が掌に触れ、心まで憐みで満たされる。ただ一人、この場所に取り残されたようにして留まっている彼の心は、どのようなものだろう。


 あるいは、どれほど、『寂しい』と思うのだろう。

 黄金色の板に描かれた自分達によく似た存在が、手を挙げてこちらに何かを告げようとしている。それが、「何を示す仕草なのか」は、彼には分らなかったが、今、この闇の中に在っては、同志を見つけて喜んでいるようにも、助けを呼んでいるようにも見えた。

 そして、その隣。彼は意識的に視界に触れないようにしていたが、無意識にそれへと目が行ってしまう。彼女の姿が一度視界に入ってしまえば、その理性が壊れてしまいそうになった。


 訳の分からない感情と心の不調が襲い掛かる。彼の体が火照り、うまくろれつが回らないような、頭が回らないような、激しい緊張感に見舞われた。

 彼はそちらにも、恐る恐る近づいて手に触れる。


 何という事はない。ただの黄金色の板である。それを確かめるために、掘り出された溝に沿って指を擦りつけた。

 不思議な高揚感は収まることはなく、彼は泣き出しそうになる。おかしくなってしまった自分が、恐ろしく思えたのである。


 そのままその場に塞ぎ込んだ彼は、一頻り泣いた後、夜明けが訪れる前に顔を起こし、鼻先を赤くしたまま立ち上がる。そして、順路通りに通路を進み、資料室の受付がある正面玄関から射し込む微かな光を見て救われた気持ちになった。彼が一歩を踏み出すと、深い闇の中に薄墨色の影が伸びる。貼り付いた影を乱暴にはがすような大股で、彼は出口を潜ったのである。



 とぼとぼと朝焼けの中を歩いたグッズは、共有区の方から疲れた様子で戻ってくる人影に気づく。自分の徒労感も構わず、アイテスに辛い思いをさせまいとグッズは急いで彼のもとへと駆けて行った。


「アイテスー!どうだった?」


 大きく手を振るグッズに気が付くと、アイテスはやはり少し疲れた様子で、口の端で笑う。


「うん。ちょっと怒られちゃった」

「えぇ、なんでえ!?」


 アイテスは「危ないよーって・・・」と、困ったように笑う。反論の余地はなかったが、大きな罵声ではなさそうで、グッズは安堵した。親友を元気づけようと、彼は親友の肩に抱きついてじゃれつく。


「俺なんて真っ暗だったんだぞー!」

「でも、事情を話したら分かってくれたから・・・。これからは安心して共有区に行けるよ」

「大進展じゃん、さすがアイテス!」


 背側から髪をくしゃくしゃとかき撫でられ、アイテスは困ったように「やめてよ、グッズゥ」と言う。言葉には刺々しさは全くなかった。

 それが嬉しくなり、グッズはさらにぼさぼさになるまで激しく髪を掻き回す。アイテスも困ったように笑いながら、寮へと戻っていく。


 朝焼けに空の色が染まり出し、山際まで追い立てられた夜の中に、星々が閉じ込められていく。朝焼けに染まったアイテスの横顔が、大きな口を開けて欠伸をする。

 グッズは、その様子に強い安堵感を覚え、寮の受付を早足で渡ると、アイテスと共にすぐにベッドに昇った。体を布団に投げ出し、全身で柔らかさを感じ取ると、複雑に絡まった感情が続々と解けていく。向かいのベッドから愛らしい寝息が聞こえてくると、彼はそれに合わせるように、瞼を閉ざして眠りについた。


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