第三玄義:善意1
グッズの周りにはいつも人がいた。彼は必要以上に誰かを意識することなく、誰かと話すことができた。それについて、誰かが羨んでも、彼はそれを卑下することも相手を蔑むことも無かった。というよりも、そういう発想自体が無かった。
ただ、グッズは羨む人がどうして羨むのか、話を聞いてみたいと思った。そうして、また一人、彼の周りの人が増えた。
その朝も、しっかり者の同室人、アイテスに起こされたのである。
「グッズ・・・!朝だよ、グッズ・・・!」
「んんぅー・・・。あとちょっとー・・・」
「ご飯食べ損ねるよ!ほら、起きて・・・!」
アイテスがそう言ってグッズを揺すると、グッズは飛び起きる。アイテスは呆れた顔でグッズを見つめ、急いで階段を降りてくるグッズにもう一言注意をする。
「もう、布団はちゃんと直して畳む!」
「やっといて!やばいやばい」
駆け出していくグッズの背中に、「寝癖も!」ともう一つ諫めるアイテスの声に構わず、部屋を飛び出していく。
彼が食堂に到着する直前に、布団を整えてから遅れて部屋を出たアイテスが到着した。
グッズは息一つ上げていなかったが、さすがにアイテスは息を荒げていた。グッズが食堂に入った時、彼らはそれほど遅い時間に到着したわけではないと分かった。
グッズは先んじて食堂に入り、疎らに空いた席の中の、巫女席に近い位置にある御子席へと座った。アイテスは「もぉー」と呆れながら、彼の向かいの席に座る。アイテスの到着と同時に、女たちは俄かに活気立つ。その騒めきに気にも留めずに、グッズは給仕係の少年が運んでくれる朝食の献立を確認する。
「えぇー、鯵?朝はベーコンだろ」
「文句言わないの。ごめんね、ノゼンダくん」
アイテスは自分のところに食事が配膳されると、ノゼンダに短い礼をした。ノゼンダは少し紅潮した頬を隠すように、無言で頷く。彼が水差しに持ち替えて周囲を回るまでの間に、続々と御子達が食堂へ集まってくる。
規定通りにやって来るものが食べ始めるころになると、遅れてくる御子達や巫女達が急に食堂に駆けてくるので、朝特有の忙しない雰囲気がある食堂は更に騒がしくなった。それにもかかわらず、グッズは周りに気にかけることも無く、目を輝かせながら食事をはじめる。
「朝はベーコンじゃなかったの?」
「鯵は鯵でうまいの!」
「そうだね」
二人は同室人を交えて他愛のない会話を続ける。朝から滔々とグッズに講義内容を確認するアイテスは、相手が全く話を聞いていないことは分かっていた。しかし、彼は構わずに続ける。目の前の少年は食事に夢中だ。
一足先に食事を終えたグッズは、コップ一杯に注がれた水を一気に飲み干すと、満足げにため息をこぼす。アイテスは丁寧に骨をより分け、ぜいごを優しく取り除いているところである。その瞳の輝き具合を見れば、彼の好みは一目瞭然である。少なくとも周囲の御子たちはそう思っていた。
丁寧に骨を処理して食べるアイテスの皿を見るともなしに見つめながら、グッズは椅子の足を浮かして遊び始める。そこにノゼンダがそっと近づいてきて、グッズの前にある空になったコップに水を入れた。グッズはコップの縁を一度なぞってから、手持ち無沙汰の手でコップを持ち上げて少し水を飲む。
アイテスが一部始終をじっとりとした目つきで見つめていることに気づき、グッズは少し椅子で遊ぶのを中断した。
一同の食事が終わると、着替えの時間を経てから登校の時間がやってくる。アイテスは既に制服に着替えているので、円卓で予習などをしているが、グッズはそうではない。やっとこさ着替えの身支度を整え、同室人と大わらわで準備をしている。先ほどベッドメイクしたばかりの、アイテスの苦労は見事に水の泡である。
ただ、それに怒るようなアイテスではない(呆れてはいたが)。グッズはいつも彼を信頼していたし、その信頼をアイテスも裏切ったことはなかった。二人は長らくそうして過ごしてきたのである。
だから、年頃になり、周りの御子達がズボンの丈が少し恥ずかしいと感じるようになっても、アイテスが『制服』を重んじていることに何の疑いも持たずに、彼も律儀に丈の短い制服を履いている。ただ、アイテスのものより成長を期待しているきらいはあるが。
ともあれ、支度が済むまで気長に待っているアイテスは、ベッドがどんどんと鳴るほど飛び跳ねてズボンをはき替える音や、祈り石を腰に括り付けるためにするジャラジャラという音など、実に様々な音を見逃して、勉学に精を出した。
ようやくグッズが同居人と共に支度を済ませると、アイテスは素早く教書を鞄に仕舞い、グッズの鞄を指差して講義に必要な教書類があることを確認する。その後、三人は急ぎ部屋を出る。
駆け足でなければ間に合わないということも無いが、アイテスにとっては、始業の五分前にはすでにいなければならないという使命感が勝った。そのため、グッズは彼に合わせて駆け足で行くのだが、アイテスよりもずっと足が速いので、徐々に彼を追い抜いていく。
結構な距離が離れて、中庭へと先んじて繰り出したグッズは、見慣れた女の後ろ姿を見つけた。それが何となく嬉しく思えて、ただ、少しばかり気恥ずかしくも思えたグッズは、嬉しさを優先して女に駆け寄り、背後から飛びついた。
突然のことに声を上げた女の反応が面白く思えたグッズは、それをそのまま表情として露わにして、仕返しをされる前に女から距離を置く。
幼馴染の女、ホロが、グッズに怒りを露にすると、その様が一層面白く思えて、グッズは楽しさに任せて彼女に笑いかけて逃げていく。
彼の後ろから、遠くアイテスが名前を呼ぶ声がするのも構わず、彼はご機嫌な様子で講義室へ向かう長い階段を駆け上っていった。




