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那由多の剣と魔導士の卵  作者: ナンプラー
1章 エルタージュ編
52/53

Biological Hazard

 ガラテンの体は動かない。

 触手が巻き付いたからというのもあるがそもそも呪いのせいで動けない。


 彼が逃げなければならないと急いでいるのは、ローブの内に秘めた悪魔を見たからでも物理的な攻撃が来るからでもない。

 拘束してきた触手と内に秘めた悪魔が何かを彼は理解しているからだ。

 これは攻撃ではない。捕食と吸収なのだ。


 だがそうと理解しても体は動きはしない。こんな時に限って逃げるという行動をしてくれない何とも不便な体だ。状況は内側の口が迫ってきて誰かの手を借りねばならぬほど切羽詰まっていてた。


「すまない……とんでもない化物が出来上がる」


 大男の懺悔が虚しく荒野で振動した。


 バッと現れたその影は剣を真上から振りかぶり、飛びついて斬りかかってきた一海の一撃だった。一閃は見事に五本の掴んでいた触手に命中。相手は二歩ほど後ろに退き「グオッ?!」と怯む。

 隙を逃すまいと一海は直ぐ魔物に向かい剣を横に振り払う。

 だが相手の戦闘経験が高かったのか攻撃に気づき揺らめいた体を流れのままにバックステップ。追撃は失敗する。


 強力な魔法を使う相手と分かっている以上、隙を与えず詰めたい一海はそのまま猛進して振り上げる準備をした。


『ーーーー離れて!』


 予想外にも行動を止めようとしたのは那由多だった。進める足にブレーキをかけるが少し遅く、目前の敵のローブから新たな触手が出るのに対応できなかった。


 だがそのピンチは事前に予防して腹部に巻き付けたクラリネッタの鎖によって回避できる。危険を察知して引っ張った鎖によって後方に飛ばされて地面を転がりシスターの足元まで転がった。


「……痛ってえ! もうちょっとどうにか出来ないのか?!」


「その痛みよりひどい目に遭うよかマシでしょ?」


「おやぁ、小賢しいですねぇ」


 想定外の回避だった為攻撃に転じようと魔物は手を伸ばす。手先には風が集まり始める。

 直後左方から衝撃が発生する。それは一海達の方向から約80度鋭角の位置から放たれたミカの魔力玉による物だった。光が弾けた後、想像以上の痛みに魔物は怯みながらその方向に注視した。


「すみませんが、そう易々と隙は与えません」


「この波瀾のピングボルトと魔法で勝負とは片腹痛いなぁ」


 魔術師と魔術師がぶつかり合う。疎通体・ピングボルトは三度「疾風一斬」と唱え初級風魔法[ウィル]を発射する。ミカは己の近くの足場に杖を向け魔力玉を飛ばし、同時に右側に跳ねた。

 衝撃とダッシュの力で走る以上の速度で迫り来る風を避ける。


 回避は成功。だが慣れない使い方をした為に地面を転がりながら着地。直ぐ立ち上がり態勢は立て直すがかなり無理な避け方をしている。


 そして杖を向け魔力玉を飛ばす。

 ピングボルトは[フローラ]と唱え地面を氷にし腹で滑り側方に回避する。



 撃ち合いが激しくなる中、立ち上がった一海に声をかけたのは那由多だった。


『ーーーー気をつけてください。あの触手はジェルマゼランの触手です』


「ジェルマゼラン? 何だそれ」


「独り言は感心しないけど丁度良いタイミングね。あれは船乗りが最も恐れる海洋魔生物『ジェルマゼラン』よ。……多分ね」


 思わず独り言のような会話を聞かれてしまった一海は驚きのあまり声も出ずに振り向いた。そして少しあやふやな答えに思わず口を出す。


「多分かよ」


「仕方ないじゃない。ちょっと話の違う部分もあるんだもん。でも十中八九そうよ。半透明の粘液に触手は間違いわ」


 彼女の言葉を聞いて一海の脳内で思い浮かべたのはクラゲだ。推測の域を出ないが、数本の触手と腹部の謎の口からそうなのだろうと大まかに理解していた。


「あれに刺されたら毒とか痺れたりするのか?」


「それの方が何千倍もマシね。そして今から凄く酷な事を伝えるから覚悟しなさい」


 勇者の瞳に映るのは出会った時の清楚を装った騙しの笑顔でもなく、平常時の無愛想なキツさでもなく。真面目に淡々と、眉間に(しわ)を寄せた真顔で敵を睨みながら話すシスターの顔だった。


「あいつの一番厄介なのは姿を変える事なの」


「だからウコッケに化けてたのか……でも、それだけなら何も変なことは」


「そこが問題じゃない。問題は変身の方法よ。姿を変えて変身する魔物はたまにいるんだけど、成った奴の力全部使えるやつはほぼいないわ」


「あいつ元からじゃないのか?」


「まともに戦ってたらそう思うでしょうね。でも腹部が見えて合点がいった。色々と相違点はあるけどジェルマゼランが意識を持ったなら納得がいくのよ。思考がないから出来ないだけで動かす知能があればできるからね」


「そうか……だったら丁度良い距離を保って戦わないといけないな」


 シスターはため息を吐いた。それもかなり大きめな物だ。不思議そうに一海は顔を眺めるがその理由はまだ分かっていない。


「やっぱ説明は苦手。肝心な事だけ言うわよ。希少な変身能力は条件が凄いの。例えば『()()()()()()()』とかね」


「……何だって?」


「さあ、これではっきり聞けるわね。あんた人殺せる?」


 頭が混乱して何を言ってるのか分からなかったと言うわけではない。理解は出来るがしたくなかったのだろう。何かの冗談であれば良いと一海の頭の中で良いように考える。

 だが早急に話を進めなければならない今聞かざるをえなかった。


「冗談……だよな?」


「あたし、金の為なら嘘をつくけど金の為にも真実を言うわ。それに今冗談かます余裕ありそうに見える?」


「待て待て、仮にそうだとしてウコッケを助ける方法はないのか?」


「あったとしても今はゼロよ。それに……食われた生物は生きた状態で混ざるし、あのチンピラの話通りならもうあいつだけの問題じゃない。同胞が巻き込まれていく様をなす術もなく己の体で築いた物を壊してく。彼らにしてあげられるのは早急に命を絶ってあげる事よ」


 いくら見続けても彼女の真剣な顔は変わらない。その内容が事実である情報しか集まらない。これには参ってしまう。

 突然の選択に本当に何も手立てはないかと考えても何も出ない。

 自分の手で人を切るという選択を取る重圧が一海の精神を乱した。


「んで、どっち。手をかけたことは?」


「……ない」


「そう。じゃあ罪悪感が濃くならないようにあの姿で倒すしかないわね」


 散々悩んだ末答えが出ず、本当の事を伝えるしかなかった。


 シスターは今までみたいに笑わず、凛として真っ直ぐピングボルトを睨み、空いた右手でポケットからソウルカードを取り出した。


迫られた一択


良ければ感想、評価、いいね、ブクマしていただけた時作者が天国まで召されます。

面白いと感じたら気楽にお願いします。

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