銀貨一枚の結末
「……子供?」
何故少年が一海を殴ってきたのか本人には理解できなかった。
まあ確かに大捕物の現場は虐めに見えなくもないかなどと殴られた本人は考える。
「その声もしかして……ガキンチョ?! 何バカなことしてるの?!」
「助けてるんだよ!」
もがく少年にミカは近づくと、屈んで同じ目線で話す。
「ごめんね僕。お姉ちゃん達この人と話があって」
「嘘だ! 話す時は相手を押さえつけないよ! それに姉ちゃんは悪くない!」
「あー、えと。そのー。……そうですね」
少年の真っ当な意見にミカは敗北した。
一海はそれを苦い顔で見ていた。
そして一つ思う。
(……悪くないとはどういうことだろう?)
別に自分達がゲスな集団に見えるなら仕方ないのだが女性混じりでそう見える訳でもない。
つまり少年にとってシスタークラリネッタは善人に見えているということだ。
「ミカ。悪いけど手塞ぐの代わってくれ。俺が聞く」
「わ、分かりました」
指示を出して交代する。
今度は一海が近づいて目の前で膝をついて話す。
「少年。聞きたいことがあるんだけど、あのベンチで話さないか?」
「……でも」
彼の目線はシスターの方を伺う。
「大丈夫、何もしないよ。それにあのベンチなら何かあっても見えるだろ?」
優しくかけたその言葉に彼はしばらく悩み続けるが、ようやく「うん」と言葉して納得してくれた。
そしてポツポツと指定の場所に向かい二人して座る。
「それで、何を聞くの?」
早く話を切り上げたかったのか本題から始める少年。それに対して一海は苦笑いをして質問をする。
「気になったら聞きたくなる性分でさ。……悪くないって何で思ったんだ? 知り合い?」
そう聞いてみると少年は弁明するように捲し立てる。
「姉ちゃんは良い人だから!」
「そうか……でも、良い人に見えて悪い人かも知れないよ? 俺にどうしてそう見えるのか教えてくれないか?」
「お金をくれたんだ! ぶつかって食べ物を落としちゃって。神様のおかげって言ってたけど多分姉ちゃんなんだ。……口は悪いけど、銀貨をくれた姉ちゃんがそんなことするわけない!」
「銀貨……500Eか」
俄には信じ難い事実に、落ち着いて呟きながらも一海の心中は穏やかではなかった。
何故なら自分の楽しか考えない女が子供にお金を。それも500Eの銀貨。
小市民にはあまり見かけない硬貨だ。
酒場でも利便性の関係で細かい硬貨で渡されるので、余程良い報酬だったり本人の希望じゃなけりゃ見かけない。
話の流れからするとこの少年は露店で買った何某を彼女とぶつかった時に落とし、それにお金を支払ったのだ。
シスターの金銭感覚など分からない。だが彼女の社会性を考えると、他人などどうでも良い。自分良ければ全てよしな自己中で、少しでも貰えるものならいくらでも値を吊り上げる程の守銭奴が子供に金を。
それも500E銀貨を渡すなんて考えられなかった。
露店で複数買うどころか、ランチで外食も複数回できる程の余裕の金額だ。素直に信じれない話なのだ。
だが事実はどうであれ、彼女が悪事をしたことには変わりない。少なくともシスターの良いところ等を説かれてもどうにもできない部分だ。
「そうだったのか、ありがとう。……実はお兄さん達、あの人のお父さんに頼まれてるんだ」
彼女をどうするか分からない。自分達にはどうにもできない罪だ。自分達で決めれる部分など少ないだろうと勇者は思う。
だから一海は伝えた。少年を安心させる為に、真実の上に嘘のスパイスをかけて。
ーーーーーー
ナナミは手に取った厚紙の内容を見て、口に手を当てながら青ざめている。
「この短期間で8万Eも奪ってるの……?!」
彼女が青ざめるのも無理はない。何故なら手に取り驚いているそれはクラリネッタ・ヴィトーの通帳。つまりこの世界の銀行の預金通帳である。
それに刻まれた額は今まで入金されても5000から20000Eが週一、隔週程で刻まれているのに対し、ギアの街に滞在しているであろう期間に20000程の金額が連日で記帳されているからだ。
それが8万分あるのだ。少なくとも25人は被害が確実に出てるということだ。
しかし、このネズミ講が如何にお手頃で残酷にも盗んでいくのかも恐ろしいが、もっと恐ろしいのは預金総額である。
「しかも一十百千万……三十、二百……こりゃ酷いな」
あまりの金額に後ろから覗き込んでいるガラテンも困惑する。
この通帳は詐欺の被害にあった金の入った口座。つまりは……そういう事である。
「ちょっと! あたしのお金に触らないでくれる!?」
「あなたのじゃないでしょ?!」
「ええ?! その中全部他人の金です?!」
状況の掴めていなかったミカもナナミの言葉に気付き、驚愕の声を出す。
「あたしのよ! あたしの通帳の中に入ったからあたしのもの!」
「……あなた本当にヴィトー様の娘?」
あまりにも非道徳的な論理にナナミは困惑する。
「すまない、待たせた」
駆け寄る一海に気づく二人。
しかし先程まで一緒にいた子供はいない。
その状況にミカは尋ねる。
「あの子は?」
「何とか帰ってくれた。伝言も預かってるぞシスター。『嫌なら断らなきゃダメだよ!』ってさ」
「あ? 何が?」
「気にするな。あの子には縁談から逃げたお偉いさんの娘って嘘ついたからさ」
「……中々強引ね」
「信じてくれりゃ良いのさ。それよりどうだ?」
捜査状況を伺い、質問に対し通帳を持ち駆け寄るナナミ。
「これなんだけど」
「……え?! 銀行あるの?!」
「そこから?」
「存在は知ってるのにあるのを知らないのか……」
この世界に到着してから酒場でのその場凌ぎの生活をし過ぎたせいでカナンナの環境に関して完全に理解できていない一海に対し、ナナミとガラテンからツッコミが入る。
そして預金の概念を理解した後、しっかりと内容を観察し全て理解する。
「なるほど……じゃあ返すのはこの期間の分で良いんだな」
呟きながら一海はクラリネッタのカバンに近づきゴソゴソと通帳を戻す。そして一通りの作業を終えると指示を出す。
「よし、じゃあ連行するか。俺が縛りつけるからそのまま押さえててくれ」
一海は紐を取り出しクラリネッタに寄り手首を結び拘束する。
「……ん?」
クラリネッタの疑問の声は誰にも届かない。
そして後は氷結による地面との癒着部分をナナミに解いてもらい立ち上がらせた。
直後走り出す銭ゲバシスター。
目掛けたのは己のリュック。手に取り背負い颯爽と逃亡する。縛られていた筈の手は自由を得ていた。
『なあ?!』
「アディオス馬鹿ども! 枕濡らして寝ることね!」
一海以外の全員が驚き声を上げ誰も動けない。
彼らはその場で手を振りながら逃げる女を眺めるしか出来なかった。
「くっ。何故逃げれた!?」
「一海、どうなってるんです?!」
ミカの問い詰めに一海は口を開いた。
「……悪い、結び方アマカッタワー」
わざとらしく言い訳をする一海に対し問い詰めたミカは察した。
「はっ?! その言い方は分かってて緩くしたんですね?! 全部洗いざらい吐いてください!!」
前のめりに尋問するミカに一海は白々しく話す。
「いやだってあれで逃げられると思わなかったからなー。ありゃもうシスターじゃなくて大泥棒だな」
「はぐらかさないでください! せめて理由だけでも教えてください!」
肩を掴み一海を揺らしながら問いかける。
「それは……直感?」
「ぇええ?!」
「はぁ……お前がいいならまあ良いけど、どうするんだ?」
「いや良くないんですが! どうしましょう……このままじゃ教会に報告出来ないんですけど……」
「それは心配ない」
錯乱するパーティメンバーに、勇者は一声で場を沈めた。
『……え?』
そう言いながら一海は懐から一枚の長方形の立派な用紙を二本の指で挟んで取り出した。
「神様ってのは罪には相応の罰を与えるものだ」
彼はそう言ってウィンクする。
一体何処が大丈夫だと言うのか……
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