男と女の正念場
「分かりました。直ぐに援護に向かわせます」
「ありがとうございます」
ルイズ’ス・ターバンの店番をする女性は詳しい事情を伝えたミカの話を聞き困った顔をする。
「それにしてもこの国に特例型だなんて、どうしましょう。腕の立つ人もオーナーも今いなくて……手あたり次第に声をかける形になると思います」
「どんな形でもいいので出来るだけ早くお願いします」
ミカの心中には焦りと不安が溜まりこんでいた。
噂にしか聞いたことのない疎通体と呼ばれる魔物があの妙な爬虫類だとは思いもしなかったのだ。
討伐依頼の規模は大きく5つの型に分類される。
小型、中型、大型の3種に非戦闘依頼の補助型。そして討伐規模が未知数の特例型が存在する。
新たに発見した魔物だったり、似たような魔物の変異体等、特殊な個体の事を指す。
特に人語を理解し、意思疎通を図ることのできる魔物なんて生きていて出会うことさえ珍しいくらいだ。
こういった害になるような魔物の討伐依頼など、魔王登場以前では10年に一度あるかないかの話だ。
そんな化け物と無茶をして戦ってくれている。一刻も早く助けに向かわないとと焦りも強くなる。
(私が強かったら……)
そう思うことしか出来ず、深刻な顔で俯いた。
脳裏にふと一海の言葉を思い出す。
役に立たないなりの意地があるだなんて言ってたかな。
(私にだって役に立たないなりの意地がある。でも……私は剣士じゃなくて魔法使い。おまけに魔法も碌に使えないダメダメ魔導士だ)
ネガティブな思考に至っては頭を大きく横に振り雑念を振り払う。
(ダメダメダメ! そんな弱気じゃいつまでたってもポンコツ魔導士のまま! でも何をすれば私は力になれる?)
自問自答の繰り返しを続け何度も自分に何か出来ることはないかと尋ね続ける。
答えに迷っている中彼女は酒場の中に併設されている旅の道具屋が目に止まった。
その中の商品を見て脳中がざわついた。
頭の中に浮かんだ一つの出来事と無謀すぎる賭け。でも悪い気はしなかった。
だって、今動かないよりはずっと良いから。
誰かに委ねることは簡単だけど、それに甘えるのは今後の旅で重しになるから。
死んでしまうかもしれないけど、でも行かなければ心が死んでしまうから。
「多分今が、女の正念場なんですね」
ミカは呟いて道具屋に足を寄せる。
「ミカさーーん!何組かいらっしゃいましたよーーー!……あれ?」
先程対応した店員がミカと会話した場所まで探しに戻ってきた。
しかしそこにはもう彼女の姿はなかった。
「……まさか?!早く向かわせなきゃ!!」
ウェイターはまたいそいそと店内を駆ける。
――――――
俺は棒と剣で力比べをしている間にナナミの安否を確認する。
彼女の悲痛な叫びで嫌な予感がしていたが、遠めから見てもかなり容体が酷い。
まず殴打による出血量にしては多い。
全体を何度も叩きつけられているからというのもあるがそれでも周囲の草の翠を鮮血に染め上げている。
3メートル程の巨体による力ですりつぶされてよくあれだけ原型をとどめていると思っている。
それに左腕の損傷もかなりのものだ。
打ち所が悪かったのか一部あり得ない方向に曲がっている。
こんな戦場に飛び込んでおいてこう思うのもなんだが、一気に恐怖と緊張感が噴火した。
「随分酷い事するじゃないか」
「戦に酷いも何もないですよ!」
激しい鍔迫り合いを棒による力強い払いのけで奴は俺を弾いた。
直ぐ態勢を整える。
戦場に不思議と訪れた静寂が緊迫感を助長する。
今か今かと相手に一手加えるかのせめぎ合い。相手の動きをお互い観察し思考を巡らせている。
しばらくの睨み合いの後、そんな緊張の糸は突如相手の爬虫類の「おや?」という間の抜けた言葉により突如解けた。
「あなた……フフフフフ!」
奇妙な笑い声に俺は奇妙な感情を抱く。
恐怖にも近いが、戦場にふさわしくない笑い方に戸惑いを感じる方が強いと言えばいいのか。
気は抜けないが、俺はその笑いに疑問をぶつけざるをえなかった。
「なんだその変な笑い方は」
「いえいえ、あなた天然なのですね。そんな鈍を戦場に持ってきて。初心者でもそんな凡ミスしませんよ」
「……成程。舐められてるって所か。だが生憎、この剣の錆びになるのはお前なんだよ」
相手は更に高笑う。
「いえいえ恥ずかしがることはありませんよ。あなたもこの子達を助けたかったんでしょう? それで急いで来て間違えてたと。初心者のイージーミスにしては面白い物を見せてもらいました」
まあ強がりに聞こえるよな。仕方ない。
そもの話、剣が立派な物かどうかの問題より俺の技量でどこまでやれるのか不安という方が強いのは心に秘めておくがな。
「ああ、良いものを見せてもらったからにはそれ相応のお返しをしないと。見るからに動きが駆け出しなあなたを稽古してあげましょう」
「舐めるのも体外にしろよ」
「安心してください。気分が済めばあなたのお仲間と一緒に屠ってあげますから」
余裕綽々の様だな。まあ、事実だから否定はしないが。
相手の言葉に怒りは覚えるが、俺にしか与えられていないチャンスでもある。
だとすれば、やることは一つ。
「いいよ。その挑発買ってやる」
小声で小さく決心する。
「ふざけるのもいい加減にしやがれーーー!!」
あえて怒りを露わにし、突撃をする。
相手は意気揚々と俺の攻撃を楽しみに臨戦態勢に入る。
良い感じだ。怒りに身を任せるなんて戦闘ではやってはいけない行動選択だ。
だがそれは本当に振り回されればの話だ。演技ならまた別である。
相手の油断により透明化をあまり使わせず、距離を放されない様に感情に委ねたフリをする。
そうでもしなければ可能性さえなくなるから。
俺が弱者だということは俺が一番理解している。だからごまめをされようが何だろうが関係ない。
光の剣に賭けて一撃必殺を狙うだけだ。
愉悦に浸らせ死神の鎌に気づかせぬよう。
剣を振るい棒でいなす。また振っては弾きの連続。
攻防は激しく続く。利で言えば圧倒的こちら側の不利。
時間稼ぎしか俺に役目なんて存在しない。
だがそれだけではいけない気がした。それだけでは俺は時間稼ぎにさえなれないと思った。
なら最大限祈るしかない。確率の神に。
いつ来るか分かりもしない〘致命招来―クリティカル・コール―〙の発動の為に殴り続けるしか勝機はない。
無謀だって分かってる。どれくらい手痛い一撃を与えれるかも不明瞭な物に頼るなんてしたくない。
でもそれでも、可能性があるのならやるしかない。
「非力非力! その程度の力と雑な振り方で私を倒せると思いですか?!」
何度もあの魔物は攻撃を受け流し続ける。それも態勢を崩させるように棒の上を滑降させるようにした。
その隙を突いて棒を盾に回転させ上から叩く。
「グアァ!?」
激痛が走る。
痛いだなんて思ったのはドッチボールの時に当たったボールやこけた時くらいしかない。
それとスライムの攻撃とさっきのミカに杖で殴られた時くらいか。
だが体が分かっている。そんなものと比にならないほどの痛みということに。
たとえ適応魔法で体格が出来上がっていても痛みは直に訴えてくる。
死の予感というものが身に染みるような痛みだ。
だがこんな所で屈していられない。
『―――一海!! 大丈夫ですか?!』
「まだ何とか」
那由多が心配そうに声をかける。それに少し強がりつつも伝える。
「さあどうしたのです? 早く立ち上がらないと仲間皆ぺしゃんこですよ?」
まだ体はおかしくなっているような場所はない様だ。こんな痛みに負けてられない。
「言われずとも!!」
もう一度切りかかる。何度も。何度も。
「悪あがきと呼ぶにも無様です。こういうのを馬鹿の一つ覚えというのでしょうねえ!」
悪あがきに見えるかもしれない。間抜けに見えるかもしれない。
だがそれも俺の信じる勝利の為。
その為には馬鹿にでもピエロにでもなって可能性に繋げるしかない。
今度は伸縮させた棒を横から振り回す。
何とか対応し飛んで避ける。
『―――今です一海!』
「……ああ!!」
飛び込んだのは左手側。そして敵の武器の振り終わりは右手。
これは滅多にないチャンスだ。勢いよく飛び出した。
「はああああああああ!!」
頼む。届いてくれ。
祈りにも似た決死の踏み込みに全力を込める。
しかし届いたのは届くはずのない敵の武器だった。
伸びた持ち手側の頂点が俺の足を射止める。
「ガッ?!」
衝撃で態勢が崩れる。
そのまま飛び込み続けるがメレオニダスの胴体には少し遠い。
本当の意味で悪あがきの為剣を振るうが空を斬った。
「?!」
そのまま体は草場を滑る。
「あの回避と判断は褒めましょう。ですがそれに対応できないとでも思いましたか?」
くそ。折角の機会を無駄にした。
悔しく俺はあいつを睨む。
あれ?
思わず目を疑った。あいつの体、何が起こってる?
もしかして。
「那由多、あれもしかして」
『―――はい、悪あがきが繋いでくれましたね!』
少しだけ見えた勝機に俺は直ぐ立ち上がり詰め寄った。
「イキが良いのは好きですよ! さあ、かかってらっしゃい……何?!」
敵は自分の体を見る。驚きで隠せない表情をしている。
あいつと俺の目に映ったのは誰も傷をつける事が出来なかったはずの左わき腹に裂傷ができて血が滴っている。
まあ、その答えについては俺は分かっている。
「くっ、少し落ち着きましょうか!」
そう言い放つとメレオニダスは風景に溶け込んだ。
だが、それを逃す訳がない。逃してたまるものか。
「はあああああ!!」
振り払ったその一撃は光を纏う。
そう、あの届くはずのなかった一撃は俺の力が少し回復していて届いていた。
ならここからやり合うしかない。長物と長物のデスマッチを。
「何ですって?!」
擬態しながら奴は想定外の事態に対応しきれない。
俺の一振りはまた空を斬る。だが今回は確かに感じる。
空を斬ったと。
生物など存在する余地のない空白から血が噴き出す。
そして徐々にその場所から。胸部から血をあふれ出させながらのたまわるメレオニダスが現れた。
「ああああああ!!」
そう言って出てくると傷跡を触れる。
少し遠くて判断しにくいが、あいつが力を込めた関係か筋肉が伸縮して動いてる様に見える。
「完全に止血しきれない……?!」
何に焦っているのか分からないが、相手の有利な状況は脱したみたいだ。
よし、このまま一気に畳みかける!
剣を構え全力で俺は駆け出す。
相手も余裕がないのだろう。物凄い剣幕で棒を伸ばし攻撃してくる。
なんとか判断して軽く避けてみせる。
「よもやこのメレオニダス、こんな小僧に深手を負わされるとは……もう許さん!! 貴様の息の根を今すぐ止めてくれる!!」
そのまま駆け寄る俺に何度も棒を伸縮させ襲ってくる。
それにめげず俺も回避しながら近寄る。
ある程度距離を縮めた時、踏み込んで剣を振りかぶる。
光が剣を包みまた射程を長くした。
しかし何度も初見で当たってくれるほど敵も優しくはなかった。
しっかりと武器で防ぐ。
そして飛びついた俺を弾き返した。
「長物相手に空中で振るうなど笑止千万! だから未熟なのですよ!」
そして怒りのこもった袈裟切りにも近い斜めからの振りかぶり
、蠅叩きの要領で俺を狙う。
「ガアアアアッ!!」
宙に浮いている為避けもできず地面に落とされた。
あまりの衝撃に呻きながら横になる。
そして直後に地面が揺れる。
俺の近くにあいつが寄って来たみたいだ。
「目障りです……私の不覚とはいえ擬態を不可能にするほどの傷をつけたのは褒めて差し上げます。その名誉だけで充分でしょう? 今すぐ死になさい」
そう呟き相手は棒の先端をまた舐る。
くそ……あれだけは喰らうのは良くない。早く逃げないと。
何とか立ち上がろうとする。
しかしその時、右腕に強烈な痛みが走る。
右腕が言うことを聞かない。
「まさか……折れたか?!」
『こんなタイミングで?! 早く!!』
必死に立ち上がろうとする。だが痛みと右腕が使えないせいで立て直すのに時間がかかってしまった。
「これで終わりです!」
ああ、もうダメかもしれない。那由多を置いても回避が間に合わないだろう。
残念だけど、どうやらここで劔 一海の冒険譚が終わってしまうらしい。
「くそ……やっぱ世界なんて救えないか……」
せめて痛くないように祈りながら身構える。
一つ予想外な事があったとするなら、後ろから聞こえた衝撃音が何か分からなかった事だ。
「うあああああああ!!」
その悲鳴を聞き後ろを振り向くと土煙が上がっている。
隙をついて咄嗟に剣を手に取るが、何が起こったか分からない。
「何が起こった」
頭が追い付かないが俺を助太刀する何かがあったことだけは分かった。
『―――あれは?!ミカ?!』
「何だって?!」
その言葉に思わず辺りを見回す。
そして少し遠い距離にポツリと立っているのが見えたのは、草よりも少し深い緑のローブ、白のシャツ、赤のスカート。
少し目立つトリコロールで彩られた服を着た少女、ミカの姿だった。
何故彼女は魔法を使えているのか……?!次回!!
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