最悪の目覚め
目覚めは最悪だった。
全身は痛いし、吐き気はするし、目を開けているのに視界はグルグルと回っている感覚さえする。
「おえ……」
そんな感覚を味わうくらいならばと目を閉じてみてるが、結局は他の部分でダメージを負う。というか、ずっと考えないようにしてきたけど戦う度に気絶しているような気がする。何故、こうも限界ギリギリを生きて行かないといけないのか……。
「やめよう。どうせ考えても意味がない……」
考えたところで結論が出ない事は考えない方がいい。このまま考え続けた所で出る結論は神の悪戯とかそういう物だろうし。
だが、思考は止めない。
この最悪な体調を誤魔化すには少しでも頭を回していた方が気が楽だからだ。コレを人は現実逃避とも言う。
「裕、起きた?」
襖が開く音がしてから沙織の声が聞こえて来た。
「ああ……体調は最悪だけどな……」
薄っすらと目を開いてみれば、そこには相変わらず割烹着を着こんだ沙織が居た。
俺の答えに苦笑いを浮かべながらも自然な動作で俺が寝ている布団の隣に座る。そして、左腕があった場所を見た。
「治すのには時間が掛かるよ」
「その……壊す気はなかったんだ。本当に。ただ、相手が思ったよりも強敵で自爆覚悟の攻撃をするしかなかったというか……」
まるで、浮気がバレた夫みたいな言い訳をしつつ目を逸らそうとするが、顔を両手でガッチリとホールドされてそうする事は叶わなかった。
笑顔を浮かべているはずなのに目が完全に笑っていない沙織の表情に冷や汗が流れる。もしかしたら、黒騎士と戦った時以上の緊張感があるかもしれない。
「はぁ……」
数秒見つめ合ってから、沙織の溜息でホールドされた顔が解放された。
「裕が戦う事に関して何かを言うつもりはないよ。こんな世界だから……戦わなきゃどうしようもない事も多いからね。だから、戦わないで! なんて言うつもりはないよ。ただ、あまり無茶はしないでほしいかな」
「その……すまん……」
「いいよ。事情は白華ちゃんに聞いてるしね」
白華がなんて説明したかはわからないが、恐らくユキを助けるために戦場に出向いた事を言ったんだろう。
「そういえば、その白華はどこに行ったんだ?」
こういう時、大体傍に居るはずの白華が居ない事に今更ながらに気付いて聞いてみると、沙織はどこか言いにくそうに目を逸らした。
「あー……白華ちゃんなら、今頃工房に居ると思うよ? 裕が倒したって言う黒騎士? の大剣を鞘に加工するって言ってたよ。ただ……」
「ただ?」
「裕が連れて帰って来たプラチナブロンドの人と色々言い合ってるよ。ガンダルさんでも止められないみたい」
「俺が連れて帰って来たプラチナブロンドの人……?」
記憶を探ってみるが、そもそも最後に見た光景は仁王立ちする黒騎士の下半身だ。だから、そのあとに何がどうあってここまで帰って来たのかなんて記憶にない。
つまり、そのプラチナブロンドの人も記憶になかった。
そんな事を考えていると、ドタドタと廊下を走る音が床を伝って聞こえて来る。何事かと思っていると、部屋の襖が勢いよく開かれた。
「ユウ! 私、この人キライ!!」
「あらあら……自分の所有者に泣きつくなんて武器として恥ずかしいわよ?」
「ムキー!! そういう貴女こそ、なんでいつまでも居るの!?」
「契約者と共に在るのは精霊として当たり前でしょう? そんな事も忘れてしまったの?」
顔を動かして入口の方を見てみれば、白華がプラチナブロンドの長い髪を持った女性と言い合いをしていた。
年齢は恐らく俺より少し上くらい。
服装はワンピースのような服にヒラヒラが大量に付いている。正直、女性の服にはそこまで詳しくないからなんて言う名前なのかはわからない。
「ん……? その声、まさか……」
未だにずっと言い争いをしている白華と女性を見ていて、ふとその声に聞き覚えがある事に気付いた。
「もしかして、星の精霊なのか……?」
「あら? 今更気付いたの? 私はずっと気付いているものだと思っていたのだけれど……それにしても、随分と記憶が欠落しているようね? 私との思い出も消えてしまっていると考えると悲しくてこれから安眠できそうにないわ」
そう言ってウソ泣きの真似をする女性を白華がジト目で見て、沙織が何とも言えない表情で笑っていた。
「君は、俺の事を知っているのか?」
「逆に貴方の事で知らないことはないわよ? そして、貴方も私の事で知らないことはないわ」
「……すまん、やっぱり思い出せない。そもそも、星の精霊なんて存在したのか?」
「記憶がないのだから覚えてないのも無理はないわ。そこはあの優男に後で文句を言うから貴方は気にしなくていいわよ。それと、星の精霊なら目の前にこうして存在しているじゃない」
そう言って微笑む女性は確かにこの世の者とは思えない程に美しい。
ただ、俺が知る限りでは精霊とは火・水・風・土・闇・光の魔術にある6属性しか存在しないはずだ。どれだけ記憶を探っても星の精霊なんてものは登場しない。
「そこら辺は仔猫ちゃんが詳しいんじゃないかしら? 私から話すには誓約が邪魔をするから難しいの」
「仔猫ちゃんじゃないし……はぁ、一般的にはユウが思っている事で間違ってないよ。精霊とは魔術の属性である6種類しか存在しない。でも、何事にも例外はあるように人が観測出来ないだけで存在している者も居るの。その一つが星の精霊――原初であり起源である魔素そのものを司る神秘の精霊だよ」
認めたくないけどね、と白華は付け加えてジト目で女性を見る。
「なんだかスケールがデカいな……」
「そんな精霊と契約しているユウの方が世界から見たらよっぽどスケールが大きいよ……そもそも、いつの間に契約したの? あの瞬間まで気配なんて感じなかったのに」
「俺が聞きたいくらいだな。なぁ、俺が君と契約したのはいつなんだ?」
ニコニコと笑顔を浮かべている星の精霊に聞いてみると、彼女は少しだけ考える仕草をした。どうやら、俺と契約した時の事を思い出しているようだがその時間がやけに長い気がする。それこそ、1年とか2年とかそういう次元ではないくらいだ。
「そうねぇ……大体5000年くらい前じゃないかしら?」
「ごせっ……!? 待て待て、俺はまだ18年しか生きてないんだぞ!? 前世がどれくらいで死んだかはわからないが、ソレを含めても5000年はあり得ないだろ!」
「でも、本当の事よ?」
「ユウ、精霊は嘘を吐かないからコレは本当の事だよ。ただ、どうやって5000年前に契約したかは謎だけど……もしかしたら、今みたいに5000年前に飛ばされたりするのかも」
確かに、白華の言う事が起こる可能性は0じゃない。
現状、こうして過去の世界に居るわけだし、この先に何かが起こって更に過去へ飛ばされる事もあるかもしれない。ただ、年月があまりにもスケールがおかしい。
「ちなみに、5000年前ってどんな感じなんだ?」
「うーん……流石にそこまで昔になると文献は残ってないから全然わからないね。そこら辺はこの人に聞いてみたら? 時代について言う分には誓約にも引っかからないでしょ?」
「そうねぇ……あの時代はとてもいい時代だったとだけ言っておくわ」
「平和な時代だったのかな?」
黙って聞いていた沙織が口を開いてそう言った。
「いいえ? 戦いが途絶えないとてもいい時代だったわ。強者が多くて見ていて飽きなかったもの」
「思ってたよりもこの人好戦的だ!」
沙織が星の精霊の見た目と性格のギャップに驚いている中で、俺も脳の処理限界を迎えていた。それと同時に誤魔化していた身体の不調が訴えかけて来る。
「とりあえず……白華、治療してくれないか……?」
また何やら星の精霊と騒いでいる白華に俺は懇願するのだった。




