黒曜鉱
裕の治療を行った白華と星の精霊は廊下を歩いていた。いや、正確には星の精霊が白華の首根っこを持って歩いていた。
治療を終えた白華が裕の元から動こうとしなかったために、こうして彼女が連行しているのだ。しばらくは絶対安静の所有者と違って武器である白華にはやらなければならない事があるからだ。ソレは鞘の制作であり、戦力の底上げをしたい自分たちとしては早めにやっておきたい事だ。
「それにしても……仔猫ちゃんは侵食し過ぎじゃない?」
「仔猫じゃないし……しょうがないじゃん。今のユウじゃあれくらい侵食しないと死んじゃうよ」
裕の体は魔力路から筋肉の繊維に至るまで白華の魔力路によって浸食されている。ソレは一重に裕の基礎能力がこの世界で生き抜くにはあまりにも低いからだ。そのため、白華が侵食して能力を底上げする事で戦えるレベルまで持って行っている。
それ以外にも、裕の体事情は複雑であり白華の補助なしでは心臓を動かす事さえ出来ないという理由もあった。コレは魔王と初めて戦った際に刀となった美咲によって心臓を貫かれた事が原因であり、今までは凍華がこっそりと補っていたものを白華が受け継いだ形になっている。
まぁ、そこら辺の事情を自分の首根っこを掴んで猫のように連行している女性に言う気はさらさらないが。
「まぁ、確かに……今のあの人はビックリするほど弱いわね」
星の精霊の記憶にある“彼”は戦場に出れば敵なしと言える程に強かった。一騎当千――そう表現するのがあれほどに似合う男も居ないだろうというくらいにだ。
二本の直剣を両手に持ち、戦場を駆ける姿に何度心を焦がれたかわからない。当時の彼に比べて今の裕はあまりにも若いが、それでも戦闘力は遥かに下回っている。
「精霊の誓約って面倒だよね。気になっても聞くことも出来ないんだから」
「仕方ないでしょ? 私たちは全てを知っているんだから」
星の精霊の発言で白華が気になる点はいくつもあった。
だが、それらを聞く事は出来ない。いや、聞いたとしても答えが返ってくる事はないとわかっているから質問する事がないと言った方が正しいか。
彼女達精霊はこの世の自然であり、理に近しい存在でもある。それ故に全てを知っている。だから、神は彼女達に『話せる事の制限』という制約を掛けた。そうしなければ、精霊と話せる存在が神に近づいてしまうからだ。
「それに、いつかはわかる事だわ」
「ユウが思い出せればね。私の知識では失った記憶を取り戻すのはそう簡単な事じゃないけど。努力とかで思い出せるなら――」
――私も昔の事を思い出したいよ。
そう内心で呟いてから、言っても仕方がないと白華は口を紡ぐ。
魔刀はある程度は自分が死ぬ前の事を覚えているが、白華はそれらの事を一切何一つ覚えていなかった。唯一記憶にあるのは、この世の“知識”だけだ。自分がどういう風に生きて、どういう風に死んだのかはわからない。
「でも、思い出してもらわないと困るわ。そうじゃないと意味がないもの」
星の精霊がそう呟いた所で二人は工房の前に辿り着いた。
扉を開けて中に入ると、ブワリと窯で燃え盛る炎によって生まれた熱風が全身を叩く。だが、二人はそもそも暑さだとか寒さを感じない存在だったために特に気にせずに中央へと歩みを進める。
中央には大きな窯が設置されており、その前に置かれている長テーブルには裕が倒した黒騎士の大剣が置かれている。そして、ソレをどうしたものかと眉間に皺を寄せて睨んでいる老人の姿がある。
「鍛冶屋さん、どうですか?」
星の精霊が声を掛けると、老人は目線を上げてから首を振った。
「ダメだ。儂も長年鍛冶をやってきたが、この大剣が何で出来ているのかさっぱりわからん……そもそも、コレを加工して鞘を作るなんて本当に出来るのかさえわからん」
老人はそう言って再度大剣を見つめた。
ちなみに、老人が名乗りたくないと言ったために『鍛冶屋さん』と二人には呼ばれている。名乗りたくない理由は老人の種族がドワーフであり、氷の国では種族差別はないが他の国ではそうではないためだ。
「コレは熱で溶ける金属なのか?」
大剣は黒塗りの鉱石で打たれており、軽く叩いてみると恐ろしい程の強度を持っている事がわかる。そのため、老人はコレが溶けるのかが謎だった。
加工する目処が立っていないのに、目の前に居る存在はコレを鞘にすると言い出したのだ。そりゃ、鍛冶を生業とする者にとっては心が躍らないわけがないが、加工する術がわからないとなるとそれ以前の問題だ。
「コレは黒曜鉱だよ」
床に下ろされた白華が当然のように言う。
「黒曜鉱は知ってる?」
「確か魔王領の方で獲れる希少金属だったか……だが、儂も一度だけ黒曜鉱で打たれた剣を見たことがあるがこんなに黒くも無ければ、ここまでの強度を持ってはいなかったぞ」
「純度の差だね。この大剣は不純物がほぼ含まれてないから。ただ、コレを溶かすのは骨が折れるとは思うよ……普通ならね」
「何か手があるみたいだな?」
老人に目を向けられた白華は隣に立っている星の精霊を見る。見られた星の精霊はにっこりと微笑むだけであり、その態度に何故か白華はイラッとした。
「誓約があるとはいえ、火の精霊くらいは使役出来るでしょ?」
星の精霊とは精霊の中でも最上位の存在だ。星とは魔素の源であり、精霊とは魔素から生まれた自然現象だからだ。親と子のような関係だと考えればわかりやすいか。
「ええ、勿論です。私も鞘は必要だと思っているから協力は惜しまないわよ?」
「ほら、コレで加工は出来るでしょ? 後はどういう風に作るかを考えるだけだよ」
目の前の存在が改めて自分の常識からかけ離れた者だと認識した老人は溜息を吐いた。
「こりゃ、儂の鍛冶人生で最大の仕事になりそうだ……」
だが、心がかつてない程に踊っても居る老人だった。
『黒曜鉱』
魔王領の極一部で少量のみ採れる希少金属。
加工前は銀色だが、加工すると何故か黒く染まる事から名前が付いた。
強度は純度によって変動するが、低純度でも他の鉱石と比べて高くなる。




