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【本編完結】君のために繰り返す~前世から続く物語を終わらせます~  作者: 夜桜詩乃
第九章 未来へのメッセージ
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氷の国②

目を覚ますと、狐の顔があった。


「ーー!」


いや、狐のお面か……

痛む体を起こしてみれば、暗い部屋の入口にガンダルの一人娘が居た。

なんで見えるのかって? 俺の目は夜目が効くからだ。


「あー……看病してくれてたのか?」

「……」


包帯で巻かれた右腕を上げて聞いてみれば、少女は小さく頷いた。


「そうか、ありがとな」

「ーー!? 見えっ……!」


暗い室内で見えている事に驚いた少女が更に一歩引いた。

正座しながら高速で下がるとは……。


「……灯りとかってある?」

「ひ、火よ……」


少女が呟くと、枕元に置いてあった蝋燭に火がつく。


「魔術……?」

『アレは魔法だよ』


白華《しろか》の声が聞こえてくる。

どうやら、俺よりも早く起きていたらしい。


「魔法……魔法だって!?」

「……!?」

「あ、すまん……」


白華の声が聞こえていない少女にとって、突然独り言で大声を出した俺は変に写っただろう。

それに謝りながら白華にもう一度聞く。


『そ、アレは魔法……というよりも、ここに居る人……ううん。この世界にいる人は魔術じゃなくて魔法を使ってるはずだよ』

「待ってくれ。魔法は生まれた時から持ってる才能で……それもかなり希少なんじゃないのか?」

『ユウの認識は合ってるよ……未来ではね』

「未来……? まさか……」

『そ。何の因果かわからないけど、私たち過去に来ちゃったみたい。それも……1500年前のね』


白華の言葉に頭を抱える。

言われてみれば、不審な点はあった。だが、まさか……。


『最初におかしいと思ったのはあのスケルトン。アレは未来のスケルトンに比べてかなり強いよ。それこそ、人間の軍が全滅を覚悟するくらいにね』


だが、ソレはスケルトンを使役していたネクロマンサーの力で変わるんじゃないのか?


『そうとも言えないんだよね。まず、あそこまで強いスケルトンをあれだけの数揃えようとしたら膨大な魔力を消費するの』


膨大な魔力ーーなら、その魔力はどこから来るのか?


『いい? 魔物は“大気中の魔素を吸収して”魔力を生み出すの。つまり、魔素が濃ければ濃いほど強さを増す……そして、私達が知ってる世界の人類圏にここまで魔素が濃い場所はないよ』

「そうか……じゃあ、本当に……」

『間違いなく、過去だろうね』


ふと、そこで疑問が生じた。

過去なのは何とか理解出来たが……


「なんで年代までわかったんだ?」

『心剣とアイスガルド。この二つが出てくるのは1500年前の文献なの。まぁ、心剣は嘘だって言われてたけどね』

「時代と共に失伝したのか」

『いや……』


と、そこで入口の襖が勢い良く開いた。


「祐!目が覚めたんだね!」

「あ、ああ……おはよう」

「よかった……目が覚めなかったらどうしようかと……」

「心配かけた……な……?」


襖が勢い良く開いたことで俺の方に転がってきた少女も気になるが……それよりも、まずは聞かなきゃいけないことがある。


「なぁ、沙織……」

「ん? なに?」

「なんで、白い三角頭巾に割烹着?」


しかも妙に似合ってるし。


「あぁ、コレ? 二人が意識不明になった時に人型になってどうしようか悩んでたら、その子に見つかっちゃって……」

「それで?」

「お城の中を案内してもらってたら、厨房を見つけてつい……」

「手伝ってたのか?」


俺の問いに答えたのは、沙織ではなくいつの間にか俺の背後に隠れていた少女だった。


「今では、厨房を仕切ってます……」

「えぇ……」

「ち、違うの! ちょーっと、味を変えたり、効率の良い料理の仕方とかを教えたら……」

「料理長が泣いて感謝してました……」

「マジかよ、沙織凄いな」

「こんな事になるなんて私も予想外だよ……」


てか、この子普通に会話出来たのかよ。

チラリと背後を見てみると、少女は機敏な動きで死角へと潜り込んだ。


「やるな……」

「何やってるの……あ、お腹すいてる? おにぎりならすぐに作れるよ」

「あぁ……貰おうか……な……」


あまりに自然に言われたせいで、頭が理解するのに時間がかかった。


「おにぎり!? 米があるのか!!?」

「この国の特産らしいよ」

「マジかよ……」


久しく食べていない米の味を思い出し、早速沙織におにぎりを頼もうとした所で少女が待ったを掛けた。


「目が覚めたら来るようにと父上が……」

「……すぐに?」

「はい……」


ここは城の一室。

ガンダルとの戦いで負った傷だが、手当もしてもらった。


「なにより……行かなかったら乗り込んできそうだ」

「父上なら、間違いなく……」

「行くか」


米は後でも食えると心に言い聞かせて立ち上がる。

ズボンはそのまま履いていたが、上半身は裸で沙織が顔を真っ赤にして逸らした。

だが、足元に座っている少女はジッと見ている。


「なんだ?」

「なんだか、私の一部の残滓を感じる気がします……」

『やっぱり……』

「そりゃ、お前が治療してくれたからじゃないか?」

「上手く言葉に出来ません……」


言葉にしたいけど、出来ない。そんな雰囲気の少女に首を傾げていると、急に服が降ってきた。


「ほら、あのお爺さんに会いに行くんでしょ? 早く着替えないと」

「白華……人型になるのは良いけど、服は投げないでくれ」

「ごめんごめん。次は気をつけるね」

「ああ、そうしてくれ」


黒いシャツを着て、体を軽く解す。

感覚的にそんなに寝ていたわけじゃ無さそうだ。


「コートはどうする?」


顔がまだ若干赤い沙織がコートを手に聞いてくる。

金髪で遊んでそうな空気がある沙織だが、その実、かなり初心らしい。


「置いていこう。戦いにはならない……よな?」


立ち上がった少女に聞いてみるが、少女は何も言わずに顔を逸らした。


「あー……どうする?」

「着ていこうかな……」


こうして、フル装備で俺達は少女の案内でガンダルが待っているらしい大広間へと移動した。


どデカい襖が開いた先の光景は圧巻の一言だった。


「目が覚めたか」


そう言ってくるのは上座に座ったガンダル。

その両脇に息子達。

まぁ、そこまではいい。


「ドラマみたい」

「そうだな……」


そう、時代劇でよく見る重鎮が左右に入口へと向かって並んでいるのだ。

しかも、全員が武闘派っぽい雰囲気を醸し出している。


そんな光景を眺めていると、少女がコートを軽く引っ張った。

どうやら、ここからは俺が先に行けと言いたいらしい。


「はぁ……」


渋々、歩き……中央でドカりと座る。

その行動にピクリと眉を動かす人も居たが……知ったことではない。

そもそも、俺はこういう作法とか知らないんだよ。


「ユキも案内ご苦労」

「……」


少女ーーユキというらしいーーはペコリと頭を下げて兄達の隣りに座った。

因みに、白華は俺の左側に座り、沙織は誰かに連れられて行ったのでココには入っていない。


「傷の具合はどうじゃ?」

「まぁ、お陰様で……そう言うアンタこそ腹の調子はどうだ?」


俺の言葉に何人かが立ち上がろうとしたがーー


「ガッハッハッ! お陰で腹が減って仕方がない!」


ーーガンダルの豪快な笑い声で座ることになっていた。


「結構深かっただろ……人外かよ」

「む? 急に褒められても何も出んぞ」


どうやら、人外は褒め言葉らしい。


「褒めてねーよ……」


と、そこで我慢の限界が来たのか立ち上がる男が居た。

そう、ガンダルの長男だ。


「貴様! 父上は王だぞ!! それなのに、その喋り方と態度はなんだ!」


周りのお偉いさん達も数人頷いている。

まぁ、気持ちは理解出来る。流石の俺も一国の王に向かってこの喋り方はどうかとは思う。

だが……隣に座る白華から感じるのだ。「こんな奴に畏まった態度を取って欲しくない」という強い意志が。


「おい」

「なっ……俺はガンダルの息子、それも長男だぞ!? それを……」

「戦場で、一番頼りになって最期まで自分を裏切らないのはなんだ?」


長男の言葉を遮って質問してみれば、長男は鼻で笑った。

ちなみに、ガンダルは腕を組んで目を閉じている。寝てるんじゃないだろうな?


「そんなの、共に戦う仲間に決まっているだろう」


その答えを聞いて、左目を閉じる。

周りの重鎮何人かは頷いている。


なるほど、仲間……か。


「違うな」

「なっ……! では、何だと言うんだ!」


今にも掴みかかって来そうな勢いで長男が立ち上がって一歩踏み出した。

それを見た白華がピクリと反応するのを横目に見つつ口を開く。


「どんな戦場、どんな状況、どんな場面でも一番頼りになって、最期のその時まで自分を裏切らないのは……自分の得物だ」


白華の頭に左手を置く。

流石に、ここで長男を殺すのは不味い。


「得物……だと?」

「そうだ。だから、俺は何よりも愛武器を優先する。例え……無礼だと言われてもな」


長男は顔を真っ赤にして震えたと思ったら二歩、踏み込んだ。

警告してやったのに、馬鹿なヤツ……。


「なら、お前は武器に王族を殺せと言われたら殺すのか!!」

「ああーー」


白華の手を握って素早く立ち上がり、左腕を伸ばす。


「ーー迷わず、殺すね」

「ぁ……」


白銀の剣先を喉元に突き付けられた長男は動けないが、周りは流石に反応が早かった。

全員ではないが、半分くらいの人間が剣を抜いて俺を取り囲んでいた。


『ユウはたまに嬉しい事言ってくれるよね』


白華の嬉しそうな声が脳内に響く。

この部屋に案内された時は不機嫌だったのに、一気に上機嫌になったらしい。


『それで、どうする? コイツら、あの勇者に毛が生えたくらいだから一瞬で終わるよ?』

「その必要は無さそうだ」

『ちぇー』


ガンダルが息を吸い込むのが既に見えてるし、この状況は長く続かないだろう。


「静まれぇい!」


予想通り、ガンダルが叫んだ。

だが、今回はそうすんなり終わらなかった。


「王よ! この者はあろう事かご子息様に刃を向けました!」

「そうです! この者は逆賊ですぞ!」

「ここで始末すべきです!」


と、いった感じの言葉が出る出る。

てか、よく見てみたら声を出してるのは若いのが多いな……若いと言っても俺よりは年上だけど。


「……儂は静まれ、と言ったのじゃが?」

「「「ーーッ!」」」


ガンダルの威圧が解き放たれ、俺に剣を向けていた男達が一斉にその場にひざまずく。


『ユウも威圧しておいたら?』

「……」


厄介なことになりそうな気がするから却下。


「ユウよ、お主も剣を下ろしてはくれまいか」

「……」


白華も満足しただろうと判断して刀を下ろすと、長男はその場で尻餅を付いた。


「あ、あぁ……」

「ほら、言った通りだろ?」

「は……?」


俺を見上げて震えている長男と目線を合わせるようにしゃがむ。


「お前の仲間は全員、自分より強いヤツに平伏して使い物にならなくなった」

「……」

「仲間が大事、大いに結構。だが、最期まで自分を裏切らないのは愛武器だ。ここが戦場じゃなくてよかったな」


そう言ってガンダルに目線を向けると、ヤツはため息を吐いてから、剣を向けてきた奴ら全員に命じて長男を連れて退出した。

次男と三男も、兄が心配だとか言って退出して行った。


「随分とスッキリしたな」


周りを見てみれば、残ってる人は半分だ。

ガンダルの子供に関してはユキしか居ない。


「彼奴には、お主と関わる事で学んで欲しかったのじゃがな……」

「俺は、反面教師にしかならんな」


元の場所に戻って胡座をかいて、白華を隣に置くとすぐに人型になった。

珍しいと思っていると、白華は俺の背後に回り込んでから首に抱きついてくる。

もはや、定番ポジだ。


「しかし、まさかその様な少女があの剣先だったとはのぅ……」


そう言ってガンダルが白華を見るが、当の本人はツーンと顔を背けていた。


「……」

「あー……コイツはちょっと特別な武器でさ。ソレを妖剣と一緒にされた事を怒ってるんだよ」


ガンダルに困り顔で見られて説明すると、目の前の大男は目をパチクリさせたあとに大笑いした。


「ガッハッハッ! なるほど、儂は武具の誇りを気付かずに踏みにじっておったのか!」

「そうだよ。ユウが止めてなきゃ、三枚に下ろしてやってるんだからね」

「それは怖いのぅ……よし、ならば儂からお主に詫びの品を送らせてもらおう」


詫びの品ーーそれに興味があるのか、白華が少しだけガンダルの方を見た。

ちなみに、俺はガンダルが武具自身が欲しがるものがわかるのか疑問を持っていた。


「何をくれるの?」

「うむ。鞘を贈らせてはくれまいか」

「!!」


白華が凄い勢いでガンダルを見た。

どうやら、正解だったらしい。


「生半可な鞘は嫌だよ?」

「完璧な物を作らせよう」

「材料の問題じゃないよ?」

「勿論、我が国一番の鍛冶師に作らせるとも」


そんなやり取りを見て、孫とおじいちゃんみたいだなと思いつつユキがいつの間にか用意してくれた緑茶を啜る。


「美味い」

「ありがとうございます……」


だが……この緑茶、どっかで飲んだような……。


「ユウ! 鞘だって!」

「おっと! それは、俺も嬉しいが……なんで鞘なんだ?」

「うむ。儂はあの戦いの後にずっと考えておった。お主が放ったあの一撃は見事じゃったが……不完全じゃ。しかも、技量ではない部分でそう感じたのじゃ」

「それで、鞘に辿り着いたと?」

「うむ。お主は左手をこう、輪っかにしてそこに件を差し込んだじゃろ?」

「刀、ね! おじいちゃん、間違えないでよ」


白華の中でガンダルがおじいちゃんになっていた。


「カタナ? 聞いたことがない武具じゃ……まぁ、その構えから鞘が無いことに気づいたのじゃよ」

「なるほどな」


本人は白華への詫びと言っているが、説明を聞いて確信に至った事がある……それは、ガンダルは最初から俺に鞘を贈るつもりだったということだ。

だって、ガンダルの目が「完成したあの技がみたい!」と語っているから。


「……」


さて、話が一段落した所で周りに視線を向ける。


「ここに居るのは、儂が王に即位した時からずっと支えてくれている戦友じゃ」

「あぁ、道理で……」


コイツら、白華を見ても眉ひとつ動かさない。

何だったら、白華よりも俺に興味があるという目をしている。

要は、ガンダルと同類だ。


「若い者に経験を積ませたいのじゃがな」

「息子達は戦場に出さないのか?」

「出ておるよ……ただ、まだ後方で指揮しか取らせておらん」

「前線の経験がないのか」

「うむ……ここ数年は魔族の強さが上がり続けておってな。大事な我が子と過保護にし過ぎたツケが回ってきてしもうた」


ガンダルは溜息を吐いてから、ユキの頭に手を置いた。


「彼奴らは、自らに采配の才があるといい始めてのう……前線には意地でも出たがらん」

「ふぅん……」

「そして、今回の一件じゃ」


そこで、ガンダルの纏う空気が変わった。

鋭く重い。並の人間ならばそれだけでしに至りそうなほどだ。


「随分と頭に来てるみたいだけど、なにかあったの?」

「彼奴らは、儂が命じた任務をあろことかユキに押し付けおった! まだ初陣も済んでおらん実の妹にだ!」

「あぁ、ソレは……」


白華が同情の眼差しをユキへと向ける。


「儂が気づいた時には既に衝突する間際じゃったがーーお主のお陰で事なきを得た」

「俺のおかげ?」

「うむ。兵からは空からお主が降ってきて、瞬く間に敵を討ち滅ぼしたと聞いている」

「押し付けた戦場ってアレかよ!」


だとしたら、ユキにとっては強烈な初陣となった事だろう。

てか、ガンダルと戦ってた時に目が合って震えていたのはそういう事だったのか。


「敵のスケルトンは報告の三倍だったと聞いておる。お主が居なければ我が軍は全滅しておった……礼を言う」


そう言ってガンダルが頭を下げると、周りの人間も一斉に頭を下げた。

なんというか……居心地が悪いな。


「頭を上げてくれ。別に善意で助けたわけじゃない……火の粉を振り払ったら、たまたまそうなっただけだ」

「じゃが……」

「わかった。礼は受けった! これでいいだろ」


コレでダメだったら諦めよう。

そう思っていると、ガンダルは手を二回叩いた。

その音を聞いて襖が開き、料理を持った人達が入室してくる。


「ならば、せめて料理を振る舞わせてくれ」

「それは、ありがたいな」


料理が並べられていく中で、俺の前におにぎりが三つ乗った皿が置かれる。


「お、ありがとう」

「どういたしまして」


礼を言ったら、沙織の声が返ってきた。

目線を上げてみれば、割烹着を着込んだ沙織がほほ笑んでいる。

馴染みすぎでは?


「サオリ、私のはー?」

「もちろん、用意してあるよ。今持ってくるね」

「わーい!」


沙織は去り際に身をかがめて、耳打ちしてきた。


「そのおにぎり、私のお手製だから」

「あ、あぁ……」


そのままウインクをして去っていく沙織を見送り、視線を戻すとガンダルが髭を触ってニヤニヤしていた。


「彼女がお主の妻か?」


沙織とは想いを通じ合わせたが、妻ではない。


「妻じゃない……大切な人だ」

「奥手じゃなぁ……良いか? 恋愛とは戦じゃ。我が妻もそれはもう素晴らしい武人じゃったが儂は諦めずに何度もーー」


そこからは、ガンダルの惚気話を延々と聞かされることになった。

あ、用意された料理は全部美味しかった。久々の和食は涙が出そうになった。



△

▽



「アイツ、話長すぎるだろ」

『ずっと、奥さんについて話してたね』


ガンダルから解放ーーというか、酔い潰れた所でお開きとなったが、時刻は既に深夜に差し掛かっている。

夜空に浮かぶ月を見ながら廊下を歩き、用意された部屋へと向かう。


『あ、ユウ。今晩はコート貸して』

「その状態で寝るのか」


襖に手を掛けた所で急にそんな事を言ってくる。

白華は基本、人型で寝るのだがたまに刀状態で寝る時がある。そんな時は俺のコートを鞘代わりにする。


白華にコートを巻き付けて、再度襖に手を掛ける。


『楽しんでね』

「……?」


意味深な言葉に首を傾げつつ襖を開くと、暗闇に月明かりだけが差し込む室内に天使が居た。


「あっ……」


天使かと思ったら、寝巻きを着た沙織だった。

何故か一組しか用意されていない布団の上に座った沙織は、俺が来た事に頬を赤くしながら嬉しそうに笑う。


「ガンダルの仕業か……?」


沙織は髪を下ろしていて、その髪が月の光に照らされて輝いている。


「えっと……似合ってない?」


入口で立ち尽くしている俺に不安げに聞いてくるが、決してそんな事は無い。


「いや、似合ってるよ」


襖を閉じて、白華を壁際に立て掛ける。

コイツ、入口で勘づいてたな?


「よかった……こういうの着るの初めてだから緊張しちゃった。コレ、凄くいい布だよ」

「そうなのか?」


言われて、左目を開けて見てみるが……よくわからない。

紺色に白い花の刺繍が入っているのはわかるが、生地の善し悪しは素人の俺に理解出来るはずが無かった。

むしろ、左目を開いた事で沙織の事が良く見えてしまって、顔が熱くなった。


「おやおや? もしかして、照れてる? もっと近付いてくれてもいいんだよ?」

「そういう色仕掛けには、靡かないようにしてるんだ」


左眼を閉じて言うと、沙織は「ふぅん」と言った後に布団へ横向きに寝そべった。

金色の髪が布団へと広がり、体勢が変わっただけなのに色気が増した気がする。


「一緒に寝よ?」

「なにを……」

「ほら、おいで」


横になったまま、両腕が広げられる。

アホな事言うなと一蹴する事は簡単だった。


「……」


だが、俺の体は沙織に導かれるままに向かい合うように横になっていた。


「色仕掛けには靡かないんじゃ無かったの?」

「疲れただけだ……」

「そっか」


吐き出した言葉が強がりだとバレているんだろう。沙織は笑いながら呟くと、ズルズルと体を上に少しだけ移動させた。


「お疲れ様」


そして、俺の頭をその胸に抱きかかえた。

甘い匂いに包まれると、ここ最近は緊張状態だった気持ちが落ち着いていく……。


「沙織……大事な話があるんだ」

「うん? なーに?」


俺の髪を弄りながら返事をする声は、底なしの優しさを感じさせた。

だからだろう。

俺はそっと両目を閉じた。真実を告げる事にあった不安は既にもう無い。


「実は……ここ、過去の世界なんだ」

「んー、そっか……それは大変だね」


大変、と言う割には穏やかな声色だ。

穏やかで、波ひとつない水面のようだ。


「驚かないのか?」

「驚いてるよ? いきなり過去に来ちゃったなんて驚かない人いないでしょ。でも……私は、祐と居れるなら過去でも未来でもいいからさ」

「そうか……」


無条件に向けられる愛情……それに対して申し訳ない気持ちになる。

沙織の事は大切だが、俺の目的は美咲を魔王の手から奪還する事だ。自分の好きな人が別の女のために命を掛けるのは、見ていて気持ちがいいものではないだろう。


「これから、どうするの?」

「元の時間に帰る方法を探す、かな」

「そっか、祐の目的は美咲ちゃんを救う事だもんね」

「……沙織、俺はーー…」


ギュッと頭を強く抱かれる。


「わかってるよ……最初から、全部わかってる。横入りしたのは私なんだから、祐には美咲ちゃんを優先して欲しい」

「……」

「でも、たまにでいいから……私の事も相手にしてね」

「ああ……」


返事をすると優しく頭を撫でられる。

まるで、子供を寝かしつけるように優しく動くソレに俺はゆっくりと意識を手放した。



△

▽



横入りする気はなかった。

腕の中で静かに眠る最愛の人に対する感情を自覚した時、この想いは墓場まで持っていこうと決めていた。


だって、この人には心に決めた人がいるとわかっていたから。


「欲が……出ちゃったな」


でも、ダメだった。

自分の命が……蝋燭に灯った火がゆっくりと消えていく中で、この人の顔を見てしまったら、気持ちを伝えずには居られなかった。


「……酷い女だよね。祐、あの時の私は……貴方に傷をつけたかったんだよ」


報われない気持ちだとしても、せめて死んだ後に少しでも思い出して欲しいと、そのために傷をつけたいと思った。

だから、気持ちを伝えた。


「ソレが人なんじゃないの?」

「……白華ちゃん」


声がした方を見てみれば、白華ちゃんが入口の柱に寄りかかって立っていた。


「ユウを起こしたくないから、そのままで居て。こんなに、穏やかに寝てるユウは初めてだから……」

「うん……」


白華ちゃんは、紅い瞳で祐を見つめている。

何かを言わなければならない気がして言葉を探すけど、何も思いつかなかった。


「サオリは、人が死ぬ瞬間ってどこだと思う?」

「心臓が止まった時、かな」

「まぁ、普通はそうだよね。でも、私はーー誰からも忘れられた時だと思うんだ」


記憶の中で生き続ける、という言葉があるように、白華ちゃんの生死観念はソレらしい。


「人も物も、忘れられる事を怖がるの。だから、忘れられないように本能的に必死になる……忘れられたら、どうしようも出来ないから」


まるで、経験があるように重い言葉だった。


「だから、サオリが取った行動は何も間違ってないよ」

「……ありがと」


誰かに肯定されたからか、心にあった重荷がほんの少しだけ軽くなった気がした。


「それに、ユウには沢山子供を作ってほしいから、私が認めた人なら何人でもいいんだよねー」

「こどっ……!?」

「だって、ユウもいつかは寿命が来るでしょ? そうなった後に、私を使ってくれる人を作ってもらわないとね。だから、サオリには期待してるからね」


白華ちゃんはそれだけ言うと、その場で刀になって何も言わなくなってしまった。


「え、えぇぇ……」


対する私は、しばらく寝付けそうに無かった。

祐「そういえば、魔刀にとって鞘は服だったよな」

白華「突然どうしたの?」

祐「白華は鞘がないわけだが……もしかして、ずっと全ーー」

白華「ユウ? 突然何を言い出すのかな?」

祐「……なんでもないです」


沙織「白華ちゃんは怒らせないようにしよう……」

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