紅い刃の先
感情なんて抜け落ちたように存在していなかった。
憎いとか悲しいとか色々な感情がついさっきまで渦巻いていたはずなのに、そんな物は最初から存在していなかったのだと嘲笑うかの如く、心は波紋一つない水面のようだ。
「こ、殺せッ!!」
佐川が顔を引きつらせてそう叫ぶと、俺の近くにいた剣を持った少女二人が同時に口を開く。
「「付与」」
無機質で抑揚のない声で紡がれた呪文に沿って、彼女達が持つ剣に青い光が纏わりつく。以前見た剣聖の技に似ているが、その光はあの時見た物よりも弱い。
「……」
一歩踏み出す。
別に彼女達がどうしようと関係ない。何をしてきたとしても、やる事は一緒だから。
「バカが! この世界じゃ、近接戦は付与をしてから始めるのが常識だろうが! コイツを殺せ! 素人が僕の邪魔をした事を後悔させてやれ!!」
「「……」」
二人の少女が佐川の指示を受けて俺に突撃してくる。
付与がどういう効果を持ってるとかは知らないけど、ソレを使ってから戦い始めるのが常識だったのか。
あぁ、困ったな……俺は魔術が使えないのに。
「バカバカしい」
右手に持った白華を振るう。
挟撃の形を取って左右から同時に攻撃してきた二人の内、右側から迫って来た少女の剣に接触した白華は特に何の抵抗も感じさせずに剣を切り裂き、そのまま少女の首を刈り取った。
「へ……?」
白華を手放して左足を支点にしつつ身体を左側へと向ける。
「――」
少女と目が合った。
感情なんて感じさせない死んだ目をしているのに、不思議と恐怖心を抱いているのを感じた。
「……運が無かったな」
回転する勢いをそのままに硬く握りしめた拳を振るう。
嫌な感触を感じつつもそのまま右腕を地面へと振り抜くと、左側から来ていた少女は地面へと叩きつけられて動かなくなった。
「はぁ……」
体勢を戻して右腕を軽く振るうと、手首に付いていた黒龍布に引っ張られるように白華が飛んでくる。
白華を素早く掴んで二閃――飛んできていた矢を弾く。
「なんだよ、ソレ……」
震える声が鼓膜を揺らす。
強化された聴覚によって、うるさい程早くなった心臓の音が聞こえてくる。
「その力は、なんなんだよ!!」
視線を向けてみれば、身体を震わせながら叫ぶ佐川が居た。
「お前のその力も神様から貰ったチートなのか!? だとしたら、不公平だ! お前が今切り殺した二人は帝国で最強と言われた剣士二人なんだぞ! あの勇者だって上回るとさえ言われていたのに……!!」
コイツは何を言っているんだろう。
チート? 別にそんな物は貰っていない。運命の女神になら会ったが、神様になんて会ったことがない。
帝国で最強の剣士? 帝国なんて知らないし、別にどうでもいい。勇者より強かろうと別に大した問題ではない。剣聖レベルだったら危機感を覚えるかもしれないけど。
「……白華」
『はいはい?』
「あとどれくらいだ?」
未だ何かを喚いている佐川を無視して白華に話しかける。
白華は『んー……』と少しだけ考えたあとに刀を揺らした。
『まず、最初にユウは今の状態を理解してる?』
「体内に傷が出来てソレを高速で治癒してを繰り返してるって感じじゃないのか?」
『簡単に言っちゃえばそうなんだけど……まず、ユウは固有魔法を三重でストックしてる状態なの。ユウの魔法は《少ない魔力で最大限の恩恵を受ける》って物なんだけど、本来なら三重はおろかストックなんて出来る物じゃないんだよね』
言われて思い出してみる。
そういえば、俺は保有する魔力が極端に低く現存する魔術を何一つ使う事が出来ない。それなのに剣聖との戦いであそこまで出来たのは無意識に魔法を使ったかららしい。
『だから、放出されるはずの力がユウの中で暴れてるの。それを抑え込んでるから身体は常に重症だよ。私が即座に治してるけど、それも時間の問題だね』
そこまで説明されて、話が最初に戻ってくる。
『あと二分くらいかな。多分、そこが身体を維持できる限界点だと思う。今すぐ放出するならもう少し伸びるよ?』
「アイツは俺と同じこの世界に召喚された人間だ……なら、神とやらから何かしらの強力な力を貰っているだろう」
だから、念を入れて三重に魔法を使った。
絶対に何があっても必ず仕留めるために。
「油断は出来ないが……手早く済ませよう」
柄を握りなおす。
時間はもう、深夜になりつつあった。




