嘘つき
また俺は間に合わなかった。
「白華、少し頼む」
『うん……』
白華は刀から人型となって俺の背後に立つ。
「……少し、大人しくしていてね。私だって今すぐ貴女達をバラバラにしてしまいたいのを我慢してるんだから」
その言葉と同時に発せられる殺気。
王国の兵士ならば気を失っていたであろうソレを受け、無表情の少女たちは一歩後ずさったあと動かなくなった。
感情は無さそうだが、どうやら本能だけは残っているみたいだな。
「ぁ……ぅ……一之瀬……くん……?」
「ああ」
「どうして……ここに……?」
「少し、忘れ物をしてさ……取りに戻ってきたんだ」
薄っすらと開いた翡翠色の瞳を見ながら言うと、神崎は「嘘つき」と力が無くなった笑みを浮かべる。
そんな神崎に苦笑いを浮かべながらそっと地面に寝かせて傷口を見てみる。ぱっと見の外傷は左胸に出来た物のみ。だが、服の上からでもわかるほどに出血している傷は、たった一つと言えど致命傷だとわかる。
俺に回復魔術は使えない。自分の傷は白華が治してしまうから医薬品の類も携帯していない。
もし、仮にここに佐々木が居てくれたら――。
「ユウ、一つだけ言わせてほしいんだけど……その傷には強力な呪いが掛けられてるの。だから……」
「そうか……」
つまり、この傷が出来てしまった時点で手遅れだと白華は言外に言う。
「……」
また間に合わなかった俺に出来る事は何だろうか。
大切な人を二度も守れない無力な俺は、今から旅立とうとする神崎に一体何をしてあげられるのだろうか。
「酷い顔……まるで……取返しのつかない罪を……犯してしまった人、みたい……」
「――」
あぁ、そうか……。
そっと心に掛けた鎖に手を掛ける。
俺に出来る事は、きっと神崎とちゃんと向き合う事なんだろう。そのためにはあの日、あの時に掛けた心の鍵は邪魔だ。
だから、外す必要がある……大丈夫、ちゃんと終わったらまた掛ける。だから、今だけはどうか許してほしい。
「意外に、詩的な事を言うんだな」
「えぇ……? 私、結構読書とか……好きなんだけど、な……」
「そうなのか? 神崎って見た目ギャルっぽいから本とか読むイメージは無かったな」
何者でもない一之瀬 裕として神崎と会話をする。
きっと、神崎も俺の異変に気付いたんだろう。薄っすらと開いていた目は大きく見開かれ
た後に少しだけ笑った。
「ギャルって……こんなに、かわいい子を……捕まえておいて、言う事じゃない……」
「可愛いって自分で言うのか……」
そんな軽口を叩いて二人して笑う。
「ねぇ……」
ふと、神崎が震えながら腕を上げる。
すかさずその手を握れば、どこか安心したような表情を浮かべた。きっと、目はもう見え
ていない。
「私……私、一之瀬君の事好きだよ……」
「――あぁ、俺も神崎の事が好きだよ。もちろん、友達とかじゃなくて異性として」
「じゃあ……両想い、だね……」
「そうなるな……俺の人生で初めての彼女だ」
「私、一番じゃなくてもいいな……だから……連れて行ってくれる……?」
「ああ」
「置いていかない……?」
「当たり前だろ? 愛してる人を置いていく事なんてない」
俺がそう言うと、神崎は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「約束、だよ……」
「ああ……」
二度と、置いていくなんて事はしない。誰かに任せるなんて事はしない。
だが、人生は一人につき一回だけ。俺は置いていかないが、神崎は俺の事を置いていく。やり直す事なんて出来ない。
「もう一つ……いい……?」
「何個だっていいよ」
「私が眠った後に……泣かないで……」
息が詰まった。
胸が締め付けられ、喉は何かが詰まったように苦しくなる。
言葉に出来ない感情がそんな喉を通して漏れ出しそうになるのをグッと飲み込んで、出来る限りの優しい声を意識する。
「わかった。約束する」
「ふふ……優しいね……」
神崎はそっと微笑んだ。
ダメダメだが、どうしようもなく愛してる人を見つめる笑顔を俺に向けた。
「――優しい、嘘つき……」
「――――――」
神崎の身体から力が抜ける。
重力に従って地面へと落ちようとする腕を強く握りしめて、目を閉じる。
「そうだな……俺は、嘘つきだ……」
片目しかない瞳から何かが頬を伝って地面へと落ちる。
コレは涙じゃない。彼女は自分が眠った後に泣いてほしくないと言った。だから、コレは決して涙などではなく、きっと別の何かだ。
「ユウ……」
この世界は現実であり、どこまでも非情だ。
都合よく誰かが助けてくれる事はなく、不思議な力で元から備えていない力を出せたりなどしない。
神に祈った所で意味はなく、喚いた所で現状が変わる事はない。
感情で全てをひっくり返す事なんて出来ない。
「少しだけ、待っていてくれ……」
だが、今ある力を感情に任せて振るう事は出来る。
全てを使って、誰かの命を奪う事なら出来る。
「すぐ、戻ってくるから……」
コレは八つ当たりだ。
本来であれば、罰せられるべきは俺自身なのだから。
「白華」
「うん」
そっと、神崎の腕を下ろしてから代わりに刀となった白華を握る。
親指を鍔のすぐ上に付いている刃へと押し付け、血を流す。
「――装填」
一発目は静かに。
眠ってしまった彼女を起こさないよう、囁くように。
「装填……」
二発目は失ってしまった彼女との記憶を整理するように慎重に。
決して、小さな欠片も取り逃さないように。
「装填ッ!!」
三発目は彼女を殺した全てと己に対する激情をぶつけるように。
「……」
心に鍵は掛けた。
今はただ、自分が斬るべき敵を斬るだけだ。
立ち上がろうとして、そこでいつかの夕暮れにした神崎との会話を思い出した。
(あぁ……そういえば神崎は冷え性だったな。なら、このままじゃ寒いよな)
白華を一度地面に突き刺してから羽織っていたコートを脱いでそっと掛ける。
冷たくなってしまった身体がどうかこれで少しでも温まるようにと。
『ユウ、行こう』
地面に突き刺さっている白華の柄を握ると、いつもよりも無感情な声が辺りに響く。
地を這うような低く冷たい声は周囲に居る様々な格好をした少女たちを更に一歩下がらせた。
「逃げるな……今より一歩でも引いたなら殺す。引かなくても殺す。お前たちが生き残りたいのなら――同じ罪を背負った俺を殺せ」
そう宣言して地面から赤く紅く――血を凝縮したような深紅に染まる刀身の白華を抜く。
「白華……俺は罪を背負って生きて行くよ」
『じゃあ、私も同じ罪を背負うよ』
右足を前に出し、半身で白華を構える。
周りを気にして力を抑える必要なんてない。
この村に到着した時点で周囲の民家からは気配を感じないからだ。
恐らく、こいつ等が予め処理したのだろう。
「さぁ……八つ当たりの始まりだ」
浅く息を吸って、再度そう宣言した。
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