決着
飛来する矢を弾きつつ、周囲に視線を向ける。
俺がここに来るまでに見張りをしていた斧持ちは処理し、つい先ほど剣持ちを二人倒した。周りの気配から考えるに後は佐川の隣に立っている杖持ちと弓持ちの二人と、正面から走ってきている槍持ちの三人で最後か。
高速修復を繰り返している身体もそろそろ限界が近いのか、先程まで感じていた痛みが薄れてきていた。
「時間が無い、か……白華、一段使うぞ」
『使った後は手早く済ませてね』
「わかってる」
槍の間合いは刀よりも広い。
あと、十歩ほど詰められれば既に少女の攻撃範囲だろう。
「発射」
カチリ、と脳内でスイッチが一段入る。
右手に持つ白華から膨大な魔力が溢れだし、ソレが刀身と身体を包み込む。音は遠ざかり暗闇に飲まれつつあった視界は鮮明になる。
「ぇ――」
誰の声だったのか……もしかしたら、ソレは感情を一切感じられなかった彼女達から漏れ出た物だったのかもしれない。だが、こうして一刀の元に斬り捨てた後では確認する事など出来なかった。
「――っ」
息が詰まる。
自分でもどれだけの速度が出ているのかわからない。
だが、そんな世界の中であっても足は止まる事はなかった。一歩、また一歩と村人達が長年踏み歩いてきたことで硬くなった地面を蹴って前へと身体を押し出す。
「――終わりだ」
二秒にも満たない時間で、佐川を自分の間合いの中へと入れた。
右腕を振るう。未だに俺の事を認知出来ていない佐川の命はこの一刀で終わるはずだった。
「は……?」
赤く紅い刀身は佐川の首に触れる直前で空を切る。
スローになった世界の中でヤツは等速に見える動きでその場からバク転して白華を避けたのだ。
『はずれ』
白華のそんな声と同時に一発目が終わる。
世界に音が戻り、ゆっくり進んでいた世界は時間という概念を思い出したように等速で動き始める。
それと同時に襲ってくるのは激しい動悸と異常な倦怠感。
「は……はは……っ」
ふと、力が抜けた笑い声が聞こえて来る。
少しだけ下がっていた目線を上げてみれば、そこには尻餅をついた状態で俺を見上げる佐川が居た。
「お前が何をしたかわからないけど……残念だったな! 僕には《オート回避》のスキルが
あるんだよ!!」
「スキル……そうか、スキルか」
スキルと言われればあの異常な動きも納得だった。
そも、この世界で一般常識として溶け込んでいる“スキル”とは魔術や魔法よりも奇妙
な物だ。
魔術とは己に宿っている魔力や空気中に酸素のように漂っている魔素を使う事で、自然
の御業を再現する事だ。
魔法とは根本的な部分は魔術と似ているが、出来る事が少しだけ理から外れているもの
だ。
では、スキルとは何なんだろうか。
「……」
その答えは狼神が教えてくれた。
曰く、スキルとは神から与えられた寵愛の証である。
曰く、スキルとは神が子を守るために作られた一種の自然現象である。
曰く、スキルとは普段介入する事が出来ない神が唯一介入する事が出来る下界の理であ
る。
要は、スキルとは数多く存在する神の御業の一部だという事だ。
神とは全知全能であり、その全てがスキルとなっているらしい。
その昔、人間と魔族が初めて戦争を始めた時、人間は基礎能力が魔族よりも劣っていた事で劣勢を強いられていた。ソレを見た神は哀れに想い人間にスキルを授けたのが全ての始まりだと狼神は言った。
「男は好みじゃないんだが……まぁ、いいか。お前も僕の奴隷として一生扱き使ってやるよ。お前に殺された子達の分も働いてもらわないとな」
「……」
佐川がそんな事を言いながら立ち上がって禍々しい短剣を構える。
構えは堂に入っている――戦い慣れしてなさそうに見えたし、コレもスキルの影響なの
だろう。
あぁ、そうそう。つまり、スキルとはって話で何が言いたいかというと『スキルとは神が
生物に対して行う一種の遠隔操作、もしくは技能の貸し出し』という事だ。
前者に該当するスキルであれば、使用者がどんな状態であったとしても勝手に発動する。
「神崎さんも早く救ってあげなきゃ……まったく、お前のせいで僕の完璧な予定が台無し
だ」
佐川の何でもないように言った言葉が静かな暗闇へと溶け、それと同時に俺の中で何かが鈍い音を立てて切れた。
怒りが沸きあがり、悲しみが込み上げ、言いようのない感情が体内を渦巻いてその全てが脳によって遮断され、最終的に何も感じなくなった。
だから、俺が一歩大きく踏み込んだのもほぼ無意識だった。
「は……?」
「死んでくれ」
口から漏れ出た言葉は何の感情も籠っていないはずなのにどこまでも冷たく、視界に収まっている男はどこまでも愚かに見えた。
「な――」
首を狙って放たれた一閃はやはりスキルによって躱される。
一歩引くことによって軌道を外れた事を認識した佐川は勝ちを確信した表情を浮かべる。きっと、俺が空ぶった所を右手に持った短剣で突き刺すつもりなのだろう。
だが……あぁ、何と愚かな事か。
その短剣が俺に届く事はないし、佐川が生き残れる事もない。
「二重解放」
ゆっくりと動く世界でそう呟く。
体内にストックしていた二発を同時に起爆させることで得られる瞬間的な速度。ソレを利用して俺は一瞬だけ柄を手放し、柄頭を握って白華を振るう。
「は……ぁ……?」
確かな手ごたえ。
「お前が、スキルを過信してなければ……いや、もっと戦い慣れをしてればこんな小細工は通用しなかったんだけどな」
ボトリと地面に落ちる佐川の首を見つめながら呟く。
俺がやったことは至ってシンプルだ。佐川のスキルが発動し、ギリギリの回避行動を終えた後に柄頭を握る事で間合いを詰めただけ。
全知全能の神が持つスキル故か――それとも、佐川の性格に影響されてかは知らないがヤツの回避スキルはギリギリでしか避けなかった。だからこそ、通じた手でもある。
『お疲れ様』
「ああ……」
憎しみがあったはずなのに、殺した所で気なんて晴れなかった。
むしろ、最悪の気分だけが残り、後味の悪い料理を食べた後のような不快感だけがこの暗い夜と俺に残った。




