先へ進むために……
打ち合い、切り結び、弾き、逸らす。
そんな戦いを繰り返し、お互いに決定打がないまま、それでも己の勝利に手を伸ばして白華を振るい、その命を刈り取ろうと紅い軌跡を残す。
自分が何故、左腕を使わないのか。両手で振るった方がより強く、より速く、より鋭く刃を震えることなど理解していた。だが、それでもここまで使う事は無かった。何故か? ソレは一種の癖でもあり、打算でもある。
元々、この世界に召喚されてから左腕がまともに機能した事など僅かしかない。初戦でいきなり魔王と戦わされ、その腕を奪われたからだ。
思い返してみれば、どれもコレも、魔王のせいではないか。魔王さえ、俺の左腕を彼女《美咲》で切り落としさえしなければ、きっと今頃、目の前の少女のように両手で剣を構える事が出来たはずだ。だが、それが叶わなかったからこそ、こうして右手一本で戦うのが癖となってしまった。
いや、だが、どうだろう。
己の中に存在する前世や、何時ぞや並行世界から取り込んだ別の自分がこの戦い方に対して異を唱えていない。別段、何も、おかしいことなどない。むしろ、ソレが俺達の戦い方だろう? と。
そして、肯定しつつも言うのだ。だが、その左腕をただの棒にしておくのは勿体なくないか? と。もっと、上手く使え、と。
あぁ、理解している。そして、その使い方も考えている。
この左腕は特別だ。元々、俺の身に宿っていたものではない。切り落とされ、失われた左腕を凍華がその力をもって疑似的に作り上げてくれた、永久に溶ける事のない氷で出来た腕だ。
ならば、この炎に対しても溶ける事はないだろう。
「――ッ!!」
迫りくる死神の鎌に白華を滑らせ、その軌道を変える。
重い一撃だ。少女が振るうどの一撃も当たればたちまちトマトのように俺を肉塊へと変えてしまうだろう。現に、逸らすだけでもこの手は痺れ、白華からは唸るような声が漏れている。
続く二撃目も手首を返す事で逸らす。
あぁ……あぁ、だが、どうした事だろう。最初は二撃目など決して捌ける物ではなかったというのに、時間が経てば経つほどに、この身体は今の戦い方に最適化されていく。決して戦いの才能があったとかそういう物ではない。今は失われたステータスと呼ばれる物に記載されていた“刀剣術”というスキルが影響しているのだろう。
何時かの何処かで、彼――俺の前世である純は言った。
曰く、刀剣術スキルとは他のスキルとは違う。曰く、そのスキルは所有者の経験を吸収し、所有者が変わった場合に貯めこんでいた経験を反映してくれる。曰く、このスキルは成長している。
今までも、俺が知らない、出来ない動きを身体が勝手にしてくれる事はあった。だが、ステータスが消えた事でてっきり消滅していた物と思っていたが、どうやら違ったらしい。現にこうして、このスキルは俺の戦い方を経験し、吸収し、最適化して反映してくれているのだ。
だが、悲しいかな。時間が経てば経つほどに身体は最適化されていくにも関わらず、肉体という有限の物はどうやらそんなに長く持ちそうにない。
そして、終焉というのは、いつも突然来るのだ。
「――ぁ」
ソレはとても小さな声だった。
誰が発したのかさえわからない声が、不思議と耳に残り、眼前へと迫りくる強烈な突きと相まって俺の命がここで終わるという事を実感させられた。
なるほど。コレは、避けられない。
この突きは決して大剣で出せていい速度ではない。それに、その刃に乗っている意思とでも言うべきソレはこの一撃を持って終わらせると言っているのだ。ならば、生半可な技術や力では決して逸らす事は出来ない。
「はっ……」
小さく息を吐く。
なに、コレでいい。むしろ、コレがいい。そうだ。コレだ。この突きを――
――待っていた。
◇◇◇
獲った――!!
その核心があった。自らの魂とリルの魂。その全てが乗り、今までで一番と言っていい突きだった。
確かに、目の前の男は素人だった。だが、誰よりも強敵だった。得物が特別とかそういう話ではなく、その両目を輝かせるどこまでも諦めないという煌めきが少女にそう思わせていた。
だから、そう、コレでいい。
この男を殺すのは自らのすべてを使った技でなければならない。それこそが礼儀であり、それこそが誉れなのだ。
灼熱を纏った大剣が男へと迫る。剣先は既に避けられる範囲を超えており、右手に持った不思議な剣は未だに対応しきれていないようにダラリと下げられている。
さぁ、受けてくれ。そして、死んでくれ。良き戦いであったと笑みを浮かべてくれ。ソレこそが私の力となり、血肉となり、これからの活力となるのだから。
「ぇ……?」
男の顔を見ようと、視線を少し上げた。
そして、そこで見た。否、見てしまった。見なければよかったとさえ思った。先程まで絶対にコレで勝ったという確信があったのにどこか不安になった。
そう――男の口元が三日月のように釣りあがったから。
◇◇◇
勝負は一瞬。タイミングを間違えれば間違いなく死ぬ。だが、それがどうした? 俺は死なない。死ぬわけにはいかない。まだ、彼女の手を取っていない。ならば、死ぬはずがない。
迫りくる大剣の、その、腹。狙うならばソコだ。さぁ、見せてやろう。この左腕の使い方というヤツを――!
ガァン!! と、鈍い音がした。それと同時に左腕に衝撃が走り、全身を駆け巡り、間接という間接。内臓の全てを揺るがす。
だが、構うな。そんな些細な事に気を取られるな。さぁ、振りぬけ!!
左腕を振り抜き、その大剣を弾き飛ばす。着ていた服は左腕の部分を燃やし尽くすが、その下にある黒龍布に包まれた左腕は燃やし尽くす事は出来ない。
コレが生身の腕であったならば、いくら黒龍布に包まれていたとしても、貫通して塵も残さずに燃え尽きていただろう。そも、生身ならば黒龍布など巻いていないが。
「ォオオォォオオッ!!」
咆哮を上げ、未だに呆然とした表情でこちらを見る少女へと肉薄する。躊躇いはいらない。ここで仕留めなければ、先はない。
下段から白華を振るう。その刃は赤い軌跡を残しながら少女へと迫る。決して、避ける事の出来ない一撃。
あぁ、だが……あぁ、なればこそ。
残念。その感情が胸を満たす。
気づいてしまった。この刃は決して届かない。否、届かせる事が出来ない。あと、一歩だけ、足りなかった。気付くのが、遅かった。
下段から切り上げられた白華は確かに少女を斬った。だが、手ごたえは浅い。
ゆらりと斬った少女が歪み、白華を振り上げた状態で立つ俺の前には右側に刀傷を負いながらもその命を未だ保っている少女が立っていた。
陽炎。俺の中にいるもう一人の俺がそう呟く。
油断、していたのだろう。彼女の能力はその絶大な炎だけだと。まさか、こうして幻影を作り出す事が出来るなど想像にさえしていなかった。
大剣が振り上げられる。
俺の態勢は歪であり、今回ばかりは本当に避ける事も逸らす事も出来ない。身体は前のめりであり、その首を差し出すようにしてしまっている。
「――ぁ」
その時、この両目は確かに捉えた。俺と少女の間に割り込むように入ってくる小さな背中を。それは間違いなくフェルであり、俺が渡したナイフをワイヤーで銃身に括り付けた狙撃銃を構えている。
だが、意味はない。ここに来て頭の中にある冷静な部分がそう判断する。彼女が纏うその劫火はあんな安物のナイフと小柄なフェルを挟んだ所で俺の首を刈り取るだろう、と。
(ここまで――か)
俺は諦めた。
しかし、ソレを許さない存在が居た。
『――――――――生きて』
「――ッ!」
ソレは願いだ。どこまでも大切な人を守りたい、生きていてほしいという願いだった。だが、彼女の願いは呪いになった。死にたくても死ねない。自らの命を諦める事を決して許さない呪い。
「ぉ……オォッ!!」
脳が沸騰しそうなほどに回転し、全身の筋肉が軋みを上げる。
生き残れ、この状況から生き残る手段を模索しろ! あの大剣が俺の首を刈り取るまで残り1秒もない。接触しなくてもその劫火で焼かれる。
迷うな。全てを使え。生き残るためならば――。
「――」
白華を手放し、フェルを右腕で抱きしめて相手に背中を見せるように回転させる。苦しそうな声が腕の中から聞こえてくるが無視し、そのまま空いている左手で白華を逆手に掴みなおす。
「「――ッ!」」
左腕に衝撃が走り、頬を灼熱が焦がす。
だが……氷で出来た左腕はやはり折れる事はなく、その大剣を受け止めている。そして、左手には肉を貫く感覚があった。
「ぁ……ぐっ……」
少女の苦しそうな声と大剣が地面に落ちる音は同時に聞こえた。
「ごめん……」
「ぁっ……」
手首を捻り、肉を抉る。
グリュッと気持ち悪い感覚と共に一人の少女が息絶えた事が分かった。
「……」
フェルを離し、振り返ってみればそこには首元に赤い刀身を生やした少女が居た。俺が、この手で、殺した。
「っ……」
白華を引き抜くと、支えを失った少女はその場で倒れ、黒い地面に赤い水たまりを作り始めた。
多分、殺すつもりなんてなかったんだと思う。心の何処かでは、幼い子に手を掛ける事を嫌がっていたんだと思う。
今となっては、もう、わからないけど。
この胸に残るモヤッとした感覚がそう告げている気がした。




