後味の悪さ
この気持ちを言葉にするのであれば、そう、後味が悪いが相応しいだろう。
眼下に広がる小さな死体をどこか非現実的な事のように眺めながらも、この子は俺が殺したという事を正しく理解している自分がいる。ソレがどれ程おぞましく、気持ち悪く、醜い姿なのか……。
「酷い顔を……しておるな」
「……」
声がした方を見てみれば、そこには人の形になったリル・ベラ・ヴェルザイムが疲れた表情で立っていた。
リルに向かってそっと息を吐き、少女の亡骸へと近づく。
「……この子は、強かったかのう?」
しゃがみ込み、その頬にそっと触れるリルは下を向いており表情は伺えない。そして、そんな事を聞いてくる意味もわからなかった。
「ああ……」
だが、いや、だからか。ここで嘘を吐くことは出来ないと思った。上辺だけで相手を称賛するのではなく、俺の心からの言葉が必要なのだと。
「魔王を除けば、一番強かったかもしれないな」
「くっくっく……そうかそうか」
小さく笑い声を漏らすリルの表情はやはりわからない。
そっと、白華を一振りし、その刃に付着した血を落としてから鞘へと戻す。この一戦に相当疲弊したのか眠っているような感覚がした。
羨ましい。俺も、こんな事は悪い夢だったと思って瞼を閉じてしまいたい。
「なぁ……」
俺を恨んでないのか? 殺したいと、思っていないのか? そう、口にする前にリルは声を発した。
「恨んでもなければ、殺したいとも思っておらぬというのは嘘になろう。じゃが、お主もその手に武器を握り戦う武人なのであればわかるであろう? あの戦いは、神聖な物じゃった。何よりも美しく、己らが持てる力を全力で出し尽くした。そんな戦いに遺恨を残すというのは、無礼という物じゃ」
それに……とリルは呟くように言葉を続ける。
「戦いとは命のやり取りじゃ。故に、妾もこの子もいつかこういう日が来るというのは覚悟していた事じゃ」
「……」
「じゃから、胸を張れ、一之瀬 裕よ。勝者は胸を張り、己の願いを貫き通せ。それが、手向けとなる」
戦いに身を置いて生きて来たわけじゃないから、リルの言う事は全て理解できたというわけではない。だが、不思議と神聖な戦いだったという事だけは理解できた。
だから、俺は胸を張ろう。それが手向けというのであれば、胸を張り、勝利を掴んだ事を誇りに思おう。
ここで、何かを言うのはリルが言ったように無礼にあたるのだから。
「さぁ、お主の願いを聞こう。なに、どんな事でも妾に出来る範囲であれば叶えてみせよう。ソレが、敗者の役割というものじゃからな」
あぁ、だが、少しだけ待ってほしいとリルは言った。
「このままでは、この子も可哀そうじゃろう。少し、時間を頂けぬか?」
「ああ……思うようにしてくれ」
感謝する。それだけ口にしてリルはそっと言葉を紡ぎ始める。ソレは俺には理解できない言語だったが、どこか別れを感じさせる物。
歌うように、語り掛けるようにして始まったソレはやがて終わりを告げ、リルの手から迸った炎が少女の遺体を焼いていく。その炎は戦っている時にみたような荒々しい物ではなく、母親のように包み込む優しい炎だった。
(美咲……)
そんな光景を見ながら、そっと右手首に括り付けられた赤いリボンを左手でなぞる。コレは美咲が俺に残してくれた物であり、今ではただ一つとなってしまった彼女との目に見える繋がり。
(何でだろうな……俺は、今、君に無性に会いたい……)
俺の想いを乗せるように、炎はそっと天井へと上がった。
◇◇◇
「……?」
私は誰かに呼ばれような気がして座って居た窓際の椅子から外を見る。だが、そこに広がるのはずっと曇っている空とどこか陰鬱とした空気を醸し出している城下町のみ。そもそも、ここは魔王城の四階なのだから外に誰かが居るという事はあり得ない。
ならば、部屋の中かと思って見まわしてみても誰もいない。
「……なんだったんだろ」
聞こえた声はどこか懐かしい物だったと思う。
頭では誰の声だったかわからないが、心がそう叫んでいる。呼ばれた声に今すぐ反応したい。きっと傷ついているはずだから今すぐに駆け付けたい、と。
「……っ!」
そこまで考えて、私は急いで部屋に置いてある小さなテーブル――その上に置いてある気付けば10を超えた“日記”へと駆け寄り、手早くページを捲る。
「そうだよ……アレは裕くんの声だった」
魔王城へと連れてこられて既に半年を超えた。
徐々に感じていた記憶の欠如も今では裕君の顔はおろか声さえも思い出せない所まで来ており、今もこうして書き留めていた日記を読まなければ思い出す事は出来なかっただろう。
「……」
読み終えた一冊の日記を胸に抱く。
この世界では紙も貴重な物だが、この部屋から出る事以外は言えば大体叶えてくれるためにこうして手に入れる事が出来ている。
それもコレも、専属の執事であるダルニスが気を使ってくれているお陰だろう。
ダルニスは他の魔族が私を魔王の武器としてしか認識していないにも関わらず、一人の人間として接してくれる。
そして、私と誰かを重ねているような気配さえする。ソレは、ごくたまに見せる憂いを含んだ目からも想像できる事だった。
「あ……」
ふと、テーブルの上に丁寧に畳まれて置かれた包装紙が目に入る。
そういえば、裕君とクレープを食べたあの時もダルニスが色々と手引きしてくれたんだった。その結果としてこの部屋に幽閉される事になったけど、それでもあの時に裕君と会えたから後悔はしていない。
「桜花ちゃん……か」
あの子は間違いなく、私と裕君の子供だろう。顔つきはどこか私に似ているにも関わらず、目つきは裕君に似ていた。
私にとって魔刀とはよき隣人であり、友人であり、自分の娘だと本能が認識しているが、桜花ちゃんだけは違う。あの子は間違いなく自分の娘だと心の底から思える。
「魔刀、か……私も、そうなっちゃったんだよね……」
自らの右手を見るたびに、あの時裕君の事を斬った感覚を思い出す。まるで、自分の意思とは無関係に身体を勝手に動かされているようだった。忌々しい記憶だ。
「……」
絡みつく感覚を振り切るように目を閉じ、意識を集中させるとこの世に存在する魔刀の現状が頭に流れ込んでくる。
と言っても、契約者がいるか居ないか。目覚めているのか眠っているのか程度だが。
「五本か……」
裕君が契約している魔刀は最初は二本だったのにも関わらず、今では五本にまで増えている。つまり、自らの身体を五か所も差し出しているという事だ。
「両腕と両足……それに目かな」
あくまで、裕君がどの部位を差し出しているかは予想だが魔刀が効率的にその力を最大限引き出すのであればその部位が望ましい。ソレ以外だとどこか力が制限される。ならば、きっと、彼は最大限効率が出る場所を無意識のうちに差し出している事だろう。
「……」
裕君が一体何のために力を求めているのかはわからない。私のためとかだったらもちろん嬉しいけれど、確証はない。
それに、魔刀は危険な得物だ。ソレをわざわざ使ってまでというのは、どこか複雑な気持ちになってしまう。
「あぁ……」
この胸に沸くどす黒い感情――コレはきっと独占欲だ。“彼”は私の物なのに、よき隣人であり、よき友であり、よき娘である彼女たちはその一部分を勝手に持って行ってしまう。そのことに対する醜い嫉妬。
「いつか……全部全部取り戻して、そして全部全部――」
――私が貰うね。
そう呟いた声は誰の耳に入る事もなく、そっと空中へと消えた。




