先へ進むために③
その刀身を赤く染めた刀を持ち、その片目さえも赤く輝かせた裕を少女はただ見ていた。
彼我の戦力差は明らかであり、今更色が変わり瞳を輝かせた所で何かが覆るとは考えていなかったのである。そう、だからこそ、そこに付け込む隙が裕にはあった。
「――」
ギャンッと、金属同士がぶつかる音が響き渡るのと同時に、火花と大剣に纏わりつく炎が飛び散る。少女が反応したわけではない。リルが反応し、少女の身体を操って迫りくる凶刃を受け止めたのだ。
「ぇ……?」
攻撃されたのだと少女が認識したのはその後に続く二撃目を同じくリルが受け止めた時だった。いつの間にかその吐息がわかる程に接近されていた事に驚き、裕の背後を見ればそこには紅い軌跡が消えていく所だった。
ガチガチとお互いの得物はその身を食らおうとせめぎ合っている。火花が散り、その炎を散らし、少女に纏わりつく炎によってその肌を焦がしながらも裕は決して止まろうとは思っていないかのような鍔釣り合い。
その事に少女は戦いの最中だというのに疑問を抱いた。本来であれば己とこうして刃を合わせる事など出来ないはず……それなのに、一体、どうして、彼の得物は未だその形を保っているのだろうか、と。
『集中せよッ!』
「――ッ!」
だが、そんな疑問もリルの一喝によって吹き飛ぶ。そうだ、相手がどんな手品かその形を保っていたとしても、やるべき事は変わらない。
全身に力を込め、大剣を振り切る。目の前でせめぎ合っていた男はヒラリとまるで道化師のように空中で軽やかに回転し、間合いの外で着地して再度その武器を構える。
裕の構え方は少女からしたら不思議な物だった。左足を引き、右腕を前に出したような半身であり、得物は両手ではなく片手で構えている。武器を振るう際に片手と両手、どちらの方がより力を込めて振れるかと聞かれれば間違いなく後者であり、現に多くの人は両手で武器を構え、振るうだろう。
それなのにも関わらず、裕は右手一本で構えている。コレが二刀流ならばなんら問題ない。その半身になる構え方も左手に持った武器を相手から隠すという点では一定の評価を得るだろう。
いくら幼いころから戦いに身を置いていたとしても、ソレはあくまで無数に存在する戦場の一部分にしか過ぎない。そして、直剣が主流のこの世界において少女が刺突剣などという武器を実際に誰かが振るっている所を見る機会など無いに等しかった。故にその構え方は初見。見る人が見れば、その構え方は刺突剣のソレに酷似していると言うだろう。それでも、直剣に近い武器でその構え方をするのはどういう事だと唸るだろうが。
それはさておき、そんなことは知らない少女は裕をこう評価した。
「変なひと……」
と。
少女は呟く。その異様さに。
少女は思う。まるで、素人だと。なのにも関わらず、所々に達人を思わせる何かがあると。
だが、もう油断などしない。一度は奇襲を許してしまったが、二度目はない。そう自らに言い聞かせて少女は大剣を構えなおす。
そんな姿を見た裕は内心で舌打ちをしたい気分だった。出来れば、最初の奇襲で決めてしまいたいとさえ思っていた。間違いなく、あの少女はこちらを見下しており、故にそこに付け込む隙があった。だが、見てみろ。あの少女は既にこちらを油断してなどいない。もう、ここからは純粋な力と技術の世界となってしまったではないか、と。
裕は前世やら特別な武器やら何やらとこの世界に来てから恩恵を受けているが、その実元々は争いなんて――命のやり取りなんてものからは程遠い世界に居たのだ。そんな人間が自分よりも幼いとはいえ、殺し合いを経験してきたであろう少女と互角に渡り合うなんて事が出来るはずがないのだ。
ここに、桜花が居れば話は違っただろう。彼女が居れば裕は無数に存在する世界から目の前の敵を倒す技術を持った自分を上書きし、打倒することが出来た。現に、コレまで強敵と言える存在と戦う時は必ずと言っていいほどにその力を使って勝利してきたのだ。ソレが桜花という魔刀が持つ能力なのだと裕は認識していた。
再度、鉄同士が噛みあう音が響く。
神速と評していいほどの速さで接近した少女が上段から繰り出した攻撃を、その刃を滑らせ手首を返す事により裕が迎撃したのだ。大剣は導かれるように地面へと叩きつけられ、その破片を飛び散らせる。
少女へと殺到する破片はその炎が燃やし尽くしてくれるが、裕へと飛ぶ破片は迎撃してくれる事などなく、その頬や腕、足を掠めていく。
ここに来て、裕は隠しきれずに舌打ちをした。
仮にこのまま迎撃し続けたとしても、先に力尽きるのはこちらの方だという事を正確に読み取ったのだ。僅か数合しか打ち合っていないにも関わらず、無傷の少女に比べて掠り傷程度とはいえ、裕は傷を負っているのだ。
きっと、そんなに長くない時間で動けなくなるという事に気付いたのだ。
◇◇◇
さて、この世には魔刀とは別に魔剣やら魔弓と呼ばれる武器がその数は少ないが存在している。
これからに共通する点はいくつがあるが、その中でも常識として知られているのは破格の攻撃力だろう。岩をも粉砕し、山をも削り取る。そんな御伽噺のような力を保持しているのだ。
そして、二つ目の共通点は誰もが人語を介するという事だろう。だが、ソレはあくまで使い手やその周囲の人間にしか知られていない。
ならば、一つ目の他に誰もが知っている事はないのか? 否、実はもう一つある。ソレはどれもが固有の“力”を持っているという事だ。例えば、万物を凍らせてしまう氷。例えば、悪を浄化してしまう光。例えば、何もかもを燃やし尽くしてしまう炎と言ったように、この世界では常識として根差している“魔法”と呼ばれるものを分類する時に使う属性に順ずる力をだ。
現に、凍華は全てを凍らせ、決して溶けない氷を見せた。リルは何もかもを燃やし尽くしてしまう炎を見せている。翠華は自然がそうするように時間をかけてゆっくりと傷を癒す風を。寝華はどの時代においても時を止めてしまったかのように姿を変えない水。桜花は運命を手繰り寄せるように選び取る時空である。
では、現在、戦場を共に駆け抜けている白華は?
裕にとって白華は所持している魔刀の中で一番切れ味がいい。そして、自らの血を与えると更に切れ味がよくなるという印象であり、ソレが力だと認識している。
だが、ソレは正解ではない。なぜならば、それでは魔術の系統に当てはめる事が出来ないからだ。
通常ならば、こういう力というのは武器自体が知っている。もしくは、所有者となったその際に無意識のうちに知る事になるものだ。
しかし、裕と白華の間にはどちらもなかった。白華は自らの能力を自覚などしておらず、裕はせいぜい血を与えるという事しかわからなかった。
だが、それも仕方がないと言えば仕方がない事。白華はまだ“生まれたばかり”なのだから。同じく生まれたばかりの桜花は裕と美咲、言い換えるのであればかつて世界を恐怖のどん底まで叩き落した純と桜という最強の二人から生まれた特別な子であり、例外。それに対して白華は何ら特別な事もなく生まれた魔刀。
魔刀に寿命という概念はない。自らが折れ、曲がり、砕け散り、その精神を結晶の如く散りゆく時が終焉であり、それ以外では永劫の時を生きる。それ故に使い手と出会わなければ時間は腐るほどあり、その中で自らの能力を知っていくものなのだ。
その時間が白華には無かった。
だから、一歩及ばない。
能力を熟知している相手に対して、ソレでは仮にチャンスがあったとしても一歩及ばないという事を白華は魔刀……否、一振りの武器として理解していた。
◇◇◇
「――!!」
もはや、この戦場に声などなかった。
裕と少女。リルと白華は声にならない声を上げ、互いにその命を刈り取ろうと刃を振るう。赤い軌跡と炎の軌跡が交差し、火花を散らし、それでも尚と敵に追いすがる。二つの赤が生み出す軌跡は傍から見ればとても美しい光景だろう。しかし、この場でソレを見つめる事が出来る唯一の人物――フェルはその光景を楽しんでいる暇などなかった。
戦闘開始と同時に素早く距離を取り、柱の後ろにその身を隠すようにして伏せたフェルは狙撃銃を構えながらも内心で焦燥に駆られていた。
本来であれば、その銃弾を持って主を援護する事が最適解だという事を認識してはいるものの、あの炎がどうしても邪魔なのだ。完璧なタイミングで銃弾を放ったとしても、少女を守るように広がる炎は防いでしまうだろう。そう、この戦場において彼女はあまりにも無力だった。
ふと、心の中に巣食うもう一人のフェルが呟く。別に無力でもいいじゃない、と。我が主は自分が戦えなかったとしても決して見捨てないとあの時言ってくれたじゃないか。ならば、我が一族のように守ってもらえばいいじゃないか、と。
フェルの一族はそうして世代を重ねて行ったのだ。強き者に庇護してもらい、寵愛を受け、そうやって何十年も何世代も。
(でも、それじゃあ……ダメ……)
本来であればソレが正しいという事はフェルには理解できていた。だが、ソレではダメなのだと。ソレでは、あの人の隣に寄り添う事はおろか、一緒にその道を歩く事さえ許されはしないのだと。
かつて、自分を守護してくれていた母は呆気なく逝ってしまった。
ソレはフェルにとって一種のトラウマであり、後悔でもあった。仮に、あの時、あの場所、あの時間に力さえあれば母は今も元気にしていたのではないか? 今も陽だまりのような暖かな笑みを浮かべ、どこよりも安心出来た場所であるその両腕の中に自らを抱きしめてくれていたのではない か、と。
その昔、狼神はフェルのそんな心を読み取って「アレは死すべくして死んだ。誰のせいでもなく、そういう運命だったのだ」と語った。確かに、そうかもしれないとフェルは自らを納得させようとしたし、裕と出会った直後もそう思っていた。
だが、どうだろう? 母以外に大切な人というのを作ってこなかった少女にとって裕という存在は母と同等、あるいはそれ以上に大切な人となってしまった。故に、フェルは焦ってしまう。このままでは、また、失ってしまうと。
御伽噺に出てくる英雄だって、この世界に召喚された勇者だって、どれだけの超人的な力を持つ騎士だって、人間ならば何かの拍子に首を斬られれば死ぬ。一人で見える範囲というのはどうしたってその二つの眼で見える範囲でしかないのだから。
あぁ、だから……だからこそ、力が欲しい。共にあれる力が。彼が見えない範囲を見て、守ってあげられる力が。
狙撃銃のグリップを握る手に力が入り、引き金に掛けられた指は石のように硬くなる。呼吸は浅くなり、心臓は今まで経験したことのないほどに早く脈を打ち、頭痛さえしてくる。それでも尚、フェルは照準をのぞき込み、その中心に大剣を振るう少女を捉え続ける。それがどれだけ無意味であろうとも、諦める事だけはしたくなかった。
だが、何も、出来ないのか――このまま、我が主はその身を劫火に晒し、灰になってしまうのか――。
そう、フェルが思った瞬間、その眼は裕の左腕が奇妙に動くのを、見た。
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