先へ進むために②
リルと少女が手を取り合い、溢れんばかりの炎が周囲を焼き焦がす。そして、ソレが晴れた場所には全てを燃やし尽くすような深紅に染められ、その所々に黒い装飾が入った刀身を持つ身の丈以上もある大剣を携えた“少女”が立っていた。
そこで、自分の認識が間違っていた事を自覚した。少女が武器なのではなくリルという王女自体が凍華達のような魔刀と同じような意思を持った武器だったのだ。つまり、少女は俺と同じ使い手だったという事だ。
あぁ、だが、考えてみてほしい。
少女の身長はフェルよりは大きいと言っても精々154cmあるかないかくらいであり、それ以上の大きさを持つましてや大剣なんて武器を使いこなせるのだろうか? 普通に考えれば無理だ。その重さに振り回され、無様にその身を踊らせる事になる。
だが、使う武器の系統は違えど、同じに使い手。少女はその場で深紅の大剣を頭上で一回転させ、そのまま振り下ろしてピッタリとこちらへと剣先を向けて構えた。その際に発生した風は身を焦がす熱気となり、俺へと叩きつけられた。
『妾の薪を少女と思って見くびらん方がいい。この子は特別じゃ』
大剣から声がしたのと同時に視界から少女が消える。潜り込まれた――そう、自覚した時には既に少女はその身を地面スレスレまで低くして、俺の懐へと潜り込み今まさにその大剣を振るわんとしている所だった。
故に、その攻撃に対して反応出来たのは偶然であり、奇跡だった。正眼に構えていた白華の剣先を咄嗟に下げ、その刃を合わせて軌道をずらし、それに合わせて一歩下がる。
ガァン! という衝撃音と共に地面へと叩きつけられた深紅の大剣は黒床を叩き割る。それだけでどれ程の威力があるかというのを嫌でも自覚させられる。こんなのをモロに食らってしまえば俺の身体など上半身と下半身をさよならするのではなく、弾け飛んでしまう事だろう。そして、それは白華で受け止めても同じ事だ。現に今こうしている間にも先程大剣を逸らした右手は痺れ、まともに反撃をする事さえ出来そうにないのだ。
「……」
「……」
静止――俺と少女はお互いに動きを止め、その瞳で敵を捉える。
だが、その表所には差がある。俺はどこか引き攣った顔をしているのにも関わらず、少女は最初と同じでずっと無表情なのだ。
『ユウ!』
警告。先に動いたのは少女だった。
深紅の大剣を振り切った状態から再度踏み込み、両腕の力だけでなくその小さな身体全ての力を使って二度目の攻撃を仕掛けてきた。
その動きに無駄は無く、全てが研ぎ澄まされた物でありここに来て自分よりも強いという事を自覚せねばならないほどだった。
「ちっ!」
思わず舌を鳴らしながらも迫りくる刃を迎撃するために身体を動かす。下がるのではなくあえて前に出て白華を左側へと立てる。後は、全身に力を入れるだけだ。
ゴッ! という鈍い音と共に深紅の大剣は白華へとぶつかり、その衝撃は峰に添えた左腕を通して全身を突き抜ける。飛びそうになる身体を押さえつけ、どうにかやり過ごそうとする俺を嘲笑うかの如く、少女はそこから態勢を微調整し振り切る。
「なっ――」
ソレは二度目の衝撃だった。
ギリギリの所で耐えていた身体は宙へ浮き、そのまま振り切られた大剣と共に太い柱へと叩きつけられる。
全身がバラバラになりそうな衝撃と共に柱を砕きながら叩きつけられた俺は、踏ん張るために肺に入れていた空気を全て吐き出す。身体が反射的に空気を求めて大きく呼吸をしようとする中で視界に影が差した。
追撃――咄嗟に床を転がり、その場を移動すれば先程まで居た場所に少女が大剣を突き刺していた。
あのままあそこに居たら、今頃俺の身体から大剣が生えていた事だろう。そう考えるだけで冷や汗が背中を伝う。
『なるほど……妾と薪が繰り出す攻撃をよく避けるものじゃな。コレならば魔王とやり合って生き延びたという話も嘘ではないかもしれん』
「さっきから気になってたんだけどさ……その、薪ってのはなんなんだ?」
時間が必要だった。数秒でも数十秒でもいい。とりあえず、息を整える時間を確保するために俺は会話をする。
『ふむ? おかしなことを聞くものじゃのぉ……薪とは薪じゃ』
「……?」
『お主、炎が燃えるには何が必要じゃ?』
「そりゃ、燃料だろ」
『そう、例えば木や紙が必要じゃ。故に、妾達を使う者は薪なのじゃよ』
「じゃあなにか? あんたは炎だっていうのかよ?」
それにしては、燃えていないけど。
言外に付け加えたその言葉を受け取ったリルはクツクツと愉快そうに笑う。ソレは俺が何か面白い事を言ったからではない。ただただ、面白い存在を目の前にしたという感じだった。
「何がおかしい?」
『いやなに、どうにもお主の知識は偏っていると思っての。それに、察しも悪い』
リルがそう言うのと同時に少女は大剣を引き抜き、目を閉じた。数瞬後、カッと目を少女が目を開ければ深紅の大剣はその刀身に炎を纏った。
あぁ、アレは不味い。アレは普通の炎ではない。恐らく、鉄やこの世に存在しているかはわからないがミスリルとかそういう金属でさえも瞬く間に溶かしてしまうだろう。それだけじゃない。万物を、この世にあるありとあらゆる物をその業火を持って焼き尽くしてしまうだろう。
そして、あぁ、なるほど。だから、薪なのか。あの炎は彼女が本来持っている能力なのだろう。だが、火は燃えるために燃料を欲する。燃える物がない炎はすぐに消えてしまう。だからこそ、使い手が必要であり、使い手は燃料をくべるのだ。
『どうやら、理解したようじゃな』
「ああ。嫌と言うほどに」
全身の血が沸騰し、心臓は五月蠅いほどに脈打つ。本能は絶対に勝てない。今すぐ全てを放り投げてでも逃げろと警告を鳴らす。だというのに、思考は至って冷静。ソレはある種の達観だろうか。勝てるわけがない相手から逃げるなんて事は不可能だと、そうわかっているのだろうか? それとも――
『――ユウ』
白華の小さな声が……それでいて澄み切ったピアノの旋律のような音が脳内へと響く。そこに来て、俺の右手が震えているのに気付いた。否、コレは俺が震えているわけではない。白華が震えているのだ。
だが……そう、コレは恐れではない。
「そうだな」
そっと、親指を鍔の上に付いている刃へと向かわせる。刃は親指の皮膚を簡単に切り裂き、そこから流れ出た血は溝へと染み込んでいく。白銀を思わせる白華の刀身はその血に浸食されるように赤く染まり、白華の高揚感が俺を包み始める。
そう、コレは諦観ではない。コレは、強敵と戦える事への高揚感だった。
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