4 πとπの狭間で
さて。
前々回の自己紹介の通り、このあたし、真山風鈴は日本が誇る慎ましき貧乳女子だ。
だが。だからと言って。
豊かなおっぱいの持ち主を憎んだりはしていない。
格差を憎んでおっぱいを憎まず!
あ。あたし今、いいこと言った。
これ、歴史に残る名言じゃない?
…………まあ、兎に角!
この世のほとんどの男子と同じように、おっぱいは尊く素晴らしいものだと思っている。
でも。だからこそ。
あたしは、神に問いたい。
どうして、あたしのお胸は成長しかけたばかりのところで止まって…………もとい、一時的に止まってしまったのかと!
あたしだって、「いやーん、お胸が邪魔で足元が見えなーい」とか、言ってみたかった。
お胸だけでなく全体的にスレンダーなことだけが唯一の救い。
お胸のあたりの見通しは良好なのにお腹が邪魔で足元が見えないなんて、女子高生としてあってはならない事態だ。そんな事態にならないように、常に気は配っている。なんせ、見晴らし良好だからね。ぷよってきたら、直ぐに分かる。そんな時は、すぐさま腹筋で引き締める。何事も、早めの処置が肝心なのだ。手遅れになってから慌てても遅いのだ。
あたしが早めの処置を実行できるのも、全てはこの見晴らしのおかげ。
そう。すべては貧乳のおかげなのだ。
世の人々は、もっと貧乳を称えるべきだと思う。
そうだ。
貧乳だって。貧乳だって、おっぱいなのだ!
そんなあたしは今。
二人の豊かなおっぱいの持ち主と共に、水着売り場に来ている。
来る夏休みに備えて。
そして、魔法蝶々バタフライの新衣装入手のために。
二人の試着したところは見たかったし、新衣装選びにはいろいろ口出ししたかったけれど、あたしは涙を飲んで二人と別れた。
なぜなら。おっぱい二人とは、求める水着が違うからだ。
でも、出来れば二人が水着を選んじゃう前に合流したいので、早急に自分の水着をお買い上げしなくてはならない。
あたしは、落ち着いて冷静に店内を見渡した。
そして、見つけた。
レジの傍に、20代前半と思われる貧乳店員。
あたしは足早にレジに近づくと、声をかけた。
「あの、すみません。上下が別れていて、胸周りにフリルとか飾りがごてごてついていて、明るい色の水着で、何かおススメありませんか? あ、パッドの購入も検討しています」
お団子頭の貧乳店員は、チラッとあたしの見通しのいい胸を見下ろした後、深く頷いた。
「お任せください!」
流石、同志。頼もしい!
ふっ。
おブラの中身はスカスカでも、お財布の中は潤っているからな。
どんなお値段の水着もどんとこいだぜ。
ぬふふふふ。
美琴と一緒に水着を買いに行くと言ったら、母親と父親から潤沢すぎるほどの資金援助を受けたのだ。「素材では勝負にならないんだから、せめて水着くらいはいいものを買いなさい」というのが、その理由だけどな。父親からは、「もし、お金が余るようなら、パッドでも買っておきなさい」とまで言われたし。
ちょっと、遠い目。
まあ、そんなわけで。
少しでもお胸を大きく見せるために、出し惜しみは一切しないぜ!
何着か試してみた結果。
あたしが選んだのは、黄色と黄緑と白のチェック柄の水着だ。上下別れてて、胸には大きなフリルが三段重ね!
そして、ちょっとお高いパッド!
うむ。
明らかに、裸の状態よりもワンカップほどお胸が大きく見える。
文句なく、使用前・使用後!
まあ、連れのおっぱいたちと比べたら、どのみちささやかなものだけどな。
ふっ。
お会計を済ませて、お姉さんにお礼を言うと、あたしは早速二人と合流することにした。
さーて。
大玉メロンたちはどこにいるのかなー?
って、なぜに二人で競泳用水着コーナーにいるのかなー?
あー、いや、でも。
美琴は、手に一つ持ってるな。
ターコイズブルーのビキニ。肩ひもと胸の部分の間に、白い輪っかの飾りがついている。シンプルだけど存在感のある一品だ。あの中におっぱいが収まれば、さらに存在感を増すことだろう。
あれはもう、決定と見た。
となると、今探しているのは、自分の分じゃなくてアゲハの水着か。
真剣に吟味している美琴の傍で、アゲハのほうはオロオロしているんだけど?
よーし、よく分かんないけど。兎に角、参戦!
「美琴ー。隣でアゲハっちがオロオロしてるけど、誰の水着を選んでるの?」
「あ、風鈴。って、もう買ったの?」
「うん。黄色と黄緑と白のチェック。美琴はその手に持ってるヤツで決定なの?」
「わたしのはね。今は、アゲハちゃんのを探してるんだよ。最初は、蝶々の胴体っぽい水着がないかなーって思ってたんだけど。途中で、それじゃ、バタフライの水泳成分が消えちゃうなって、気が付いて。じゃあ、やっぱり、競泳用水着かなーって思ったんだけどね。なかなか、いいのがなくて。もう少し、インパクトが欲しいんだよねー」
「インパクトのある競泳用水着かー」
どんなのをイメージしてるんだろ?
美琴は自分の分の水着をキープしたまま、胸の下で腕組みをし、…………おっぱいの下で腕組みをし、うぬぬと眉を寄せている。
おっぱいの下で腕組みってゆーか、腕がおっぱい置き場になってるよ。
いいなー。あれ、美琴の視界からは、おっぱいの下の腕は見えていないんだろうな。
あたし? はっ。もちろん、ばっちり見えるさ。むしろ、腕しか視界に入らないくらいだよ!
「あ、あああああ、あの、その! わ、わわわわわ、私。一応、泳げますけど、泳げるだけで。クロールと平泳ぎしかできませんし。その、一応前には進んでるんだな、程度のスピードで、競泳用水着はその、ちょっと……う、うう」
涙目のアゲハが、前に出した両手をあわあわと動かし、必死で訴え出した。
うん。そんなことだろうなー、とは思ってた。
「と、本人は言ってますが? 夏休みに、海とかプールで遊ぶつもりなら、競泳用水着は却下じゃない? ほら、泳ぎ下手なのに、監視員さんと間違えられて助けを求められても困るじゃん?」
「あ、それはないと思います。そもそも、みんな、私の存在に気が付かないと思いますし」
わ、わーお。
悲しい現実を、さも当然のことのように。
でも、まったくその通りなんだろうなーっていうのが分かるから。うん、何て言うか。かける言葉が見つからないと言うか。
その辺は、美琴のヤツも同じみたいで。
「よ、よく考えたら、水泳部でもないのに初めて自分で買う水着が競泳用って、ないよね。うん、もっと可愛いヤツにしようか」
アゲハの発言発現には触れない方向で、競泳用水着案を取り下げてきた。
よし。これで、とりあえず、泳ぎが下手なのに無理やり競泳用水着を買わされちゃいました事件は起きずに済んだ。
「美琴、それ先にお会計してきちゃったら?」
「あー、うん。分かった。そうする。じゃ、ちょっと行ってくるね」
ついでに少し頭を冷やして来いという意味でお会計を促したら、美琴はあたしの意図を理解したのか、大人しくレジへと向かっていった。
「よーし、これで次はあたしのターン。真夏の海にふさわしく、かつ、魔法蝶々バタフライにふさわしい水着を探し出してみせるぞー!」
あたしはアゲハの手を取って、カップが大きい人向けのビキニが並んでいる売り場へと向かった。
今はまだ、あたしには縁のないコーナーだが、今日はあの大きいカップに詰めるおっぱいがある。試着のさせがいのあるおっぱいが。
さーあ、着せ替えを楽しむぞー!
ん? 我が身を振り返って虚しくなったりしないのかって?
ならないわけないだろ!
だが、それはそれ。これはこれ。
大抵の女子は、着せ替えごっこが大好きなのさ。
それから。
何着か試着を試しては、三人で首を捻ったり(試着している間に美琴も合流)、「こんなに際どいの、恥ずかしすぎて切れません」と試着を断られたりした。
そして。ついに。
ついに、あたしは見つけたのだ。
これしかないという至高の一品を。
「アゲハ! これ着て! これ!」
「は、はい……」
試着室で待機しているアゲハに水着を渡して、その間に美琴にもひと声かける。
「美琴、美琴。今、アゲハが試着してるヤツで、決定だから!」
親指を立てて決定宣言をすると、青地に白の貝殻柄のビキニを手にしていた美琴は、あたしに顔を向けて少し目を見開いた。それから、自分が手にしている貝殻模様の水着に目線を落とし、無言でじっと見つめた後、そっと元あった場所へと戻す。やっぱり無言で、試着室の前に立つ、あたしの横までやって来る。
てゆーかさ。なんで、それを手に取ろうと思った?
思惑通り、美琴からの大絶賛を受け、アゲハの初おしゃれ水着は、あたしセレクトの水着に決定した。
ミッションを終えたあたしたちは、ランチにパスタを食べてデザートのアイスまで堪能してから、アゲハの住んでいるマンションへと向かった。
三人で水着を試着してのお披露目会をするのだ。
うーん。やっぱり、いい。
あたし、えらい。よく、これを見つけた。
海産物系のぬいぐるみをバックに立つ、水着姿のアゲハを満足げに見つめる。
ちょっとラメがかかったマットなピンクと紫と黒で構成された水着。
そう。この三色は、魔法蝶々バタフライの蝶々アイマスクと背中についていた蝶々の羽と同じ色なのだ。
ビキニの上部分は、ピンクと紫。右胸の上はピンクで下は紫。谷間でねじって、左胸は上が紫で下がピンク。ビキニの下は黒一色なんだけど、サイドにリボンの飾りがついているのだが、ブラの部分と同じ配色になっているのだ。緑が足りないけど、まあ、やりすぎてもよくないしね! うん、これくらいが、ちょうどいい。
一つ難点を上げるなら、アゲハが猫背なことくらいか。まあ、バタフライに変身すれば背筋も伸びるから、こも問題なし!
うーん、しかし。
アゲハといい。美琴といい。
動くたびに、いちいちおっぱいを揺らしおって。
あたしが男子なら、嬉しいばっかりの状況なんだけどな。
小さくため息をつきながら、自分のお胸を見下ろす。
体を揺すってみる。
…………………………。
揺れたのは、お胸を飾るフリルだけだった。




