表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
519/2405

一周年記念番外編「始まりの来訪者中編②・幻王誕生」



 低めの丘に建つ巨大な屋敷。その一室で、シャルティアが物言わぬ肉片となった屋敷の主を冷めた目で見降ろしていた。

 肉片……もとい死んだ魔族は、かなりの力を持つ存在でありこの周辺に住む魔族達のボスと言っていい存在だった。そして同時に、シャルティアが作ろうとしている秩序ある魔界には不要なゴミだった。


 魔界に秩序をもたらすと決め、本格的に動き出したシャルティアは、まずふたつのことを優先的に行おうとしていた。

 まずひとつ目は、私腹を肥やし肥え太るだけの存在や、好き勝手に暴れまわる獣……魔界の平穏を乱すゴミの掃除であり、今回抹殺した魔族もそれに該当する。

 この魔族は極めて残虐な性格をしており、力の弱い種族や己に従わない種族の集落を襲って滅ぼし、さらった住人を極めて残虐な方法で嬲り殺していた。

 故にシャルティアは、まったく悩むこともなくこの魔族と、それに付き従う配下を皆殺しにした。


 そのまま屋敷を消し飛ばし、遺体も痕跡も消してしまっても良かったが……シャルティアはその前に、もうひとつの優先事項のため、屋敷の地下室へと向かっていった。

 彼女が優先しているもうひとつとは、自らの手足となる配下の確保。いかにシャルティアが強大な力を有するとは言っても、ひとりでは広大な魔界の全域に根を張るのは難しい。

 己の目となり耳となり働く、忠実な配下……ソレを求めて地下室へと足を運ぶ。


 シャルティアが殺した魔族が、攫った者達を欲望のままにいたぶるための拷問室。屋敷の地下に位置するその部屋は、血の匂いに満ちていた。

 あちこちに無造作に置かれた血の付いた拷問危惧、部屋の端に転がされ腐臭を放つボロボロの遺体。常人であれば発狂してしまうような光景を、シャルティアは眉ひとつ動かすことなく眺める。


「う~ん、外れですかね? どれもこれも死んでるか、心の壊れた人形じゃないですか……加減を知らない馬鹿だったということでしょうね。やれやれ、結局無駄足――おや?」

「……」


 めがねに叶う相手が見つからず、溜息を吐きかけたシャルティアの視線は、部屋の一角に一体の魔族を見つけた。

 鎖に繋がれた幼い少女……暗い色に染まりながらも、光を失っていないその瞳を見て、シャルティアは口元に笑みを浮かべた。








 その少女にとって、ここは地獄だった。ある日突然、少女の住む集落が襲撃された。

 戦った者達は皆殺され、残った者たちはこの屋敷に……この地獄のような部屋へと連れて来られた。

 少女の同族はもう誰もいない、皆少女の目の前で目を覆いたくなるような拷問の末に絶命した。少女だけがいまもこうして生き残っているのは、ひとえにその容姿が美しかったからだ。

 無論彼女も数多の拷問をその身に受けた。しかし、他の者達のように死に至るまで拷問が続けられることはなかった。

 歪んだ性癖を持つこの屋敷の魔族は、美しい容姿である少女の顔が絶望に染まるのを見るのが好きで好きで堪らなかった。

 だからこそ少女だけはこの地獄の中で生かされ続けた。


 永遠に続くかと思われた地獄は……ある日突然、たった一体の魔族によって消し飛ばされた。


「……へぇ、その特徴的な濃い隈……ヘルナイトメアですね。おや? 『片目がえぐられて』ますね。あぁ、そういえば、ヘルナイトメアの眼球は強力な霊薬の原料になるんでしたかね」

「……」


 拷問室に不釣り合いなほど明るい口調で話すローブ姿の魔族……シャルティアを見た少女が抱いた感想は、いったいこの魔族は何者だろう? という至極真っ当なものだった。


「ああ、そうそう。この屋敷に居た魔族は私が皆殺しにしましたよ」

「ッ!?」


 まるで世間話をするように告げられた言葉に、少女は片方だけ残った目を大きく見開いて驚愕したが、すぐに納得したような表情へと変わった。

 シャルティアが纏う魔力は、特に戦闘経験のない少女でも規格外だと分かるほど強大。たしかに、このローブの魔族なら、あの魔族をも容易く葬れるだろうと、そう理解した。


「というわけで、運が良かったですね。貴女はここを出て自由になれますよ?」

「……」


 この地獄から解放される……その言葉を聞き、意味を理解した時、少女の心に湧きあがったのは……言いようのない不快感だった。

 地獄が終わることを望んでいた筈だった。自由になりたいと願ったはずだった。しかし、いま少女に安堵の感情はない。あるのはドロドロとした黒い感情だけ……。

 そんな少女の反応を見たシャルティアは、期待通りだと言いたげにローブの中で深い笑みを浮かべる。


「……悔しいですか?」

「……え?」

「自分をこんな目にあわせた魔族が憎いですか? 自分を守ってくれなかった同族が憎いですか? いまさら助けに来た私が憎いですか? それとも……『あの魔族を殺す力が無かった自分自身』が、理不尽な暴力に屈するしかなかった己の弱さが……憎いですか?」

「……」


 煽るようなシャルティアの言葉……それを聞いた瞬間、少女は己の心に湧きあがった黒い感情を理解した。

 そう、少女は『自分の手で、この地獄を破壊できなかったこと』が『憎いあの魔族を殺すことが出来なかったこと』が、悔しくてたまらなかった。

 シャルティアの言葉通り……弱い自分が、憎くて仕方がなかった。


「……憎い」

「でしょうね」

「弱い自分が憎い! 戦えなかった自分が憎い! あの屑を! 殺せなかった自分が憎い!!」

「……いい目です。素晴らしい」


 ……少女は、シャルティアのめがねに適った。狂気を宿しながらもそれに狂って発狂することはなく、歯を食いしばり耐える。

 心に余裕がない者ほど、刷り込みやすい。依存させやすい。


「……力が欲しいですか?」

「………………欲しい」

「いいでしょう、望むなら私が貴女を鍛え上げてあげましょう! そのかわり……」

「ぐっ!?」


 シャルティアはローブのフードを外すと、少女の首に付けられた首輪に指を引っ掛け引き寄せる。

 その衝撃に少女が苦しそうな声を上げたが、それには構わず少女のひとつだけの目を見詰めながら言葉を発する。


「貴女は、私の手になりなさい。私の足になりなさい……私の目として、耳として、全てを捨てて私に仕えなさい」

「……」

「そうすれば、私は貴女は望んだ力を得られる。奪われる側から、奪う側へと立ち位置を変えられる。さあ、どうします?」

「……」


 圧倒的強者からの勧誘の言葉は、まるで毒のように少女の心に広がっていく。自らが置かれていた地獄を、いとも容易く粉砕した絶対者がこう言っている……『私のモノになれ』と……。

 その時、少女の心には耐えきれないほどの快感が駆け巡った。ああ、自分はこの人に支配されるために生まれてきたんだと……少女は歪みきった心でそう確信した。


「なります。貴女様の配下に……誓います。貴女様に永久に果てぬ忠誠を……」


 気付けば自然と口から言葉が零れ落ちていた。

 すると直後に少女を縛っていた鎖が砕け、少女の四肢が自由になる。しかし少女は一歩もその場から動くことはなかった。何故なら、彼女の主がまだ指示を出していないから……。


 シャルティアはそのまま少女に背を向けると、部屋の外へ向かって歩きながら告げる。


「私の名前はシャルティア……覚えておいてください。それじゃ、行きますよ。貴女は……『パンドラ』。これからは、そう名乗ってください」

「はい、全てはシャルティア様の御心のままに……」


 シャルティアから名前を与えれた瞬間、少女はアッサリと過去の自分の名前を忘れた。もう必要がないものだと、二度と名乗ることはない記号だと……当り前のように切り捨てる。

 そして、シャルティアの指示に従って立ち上がり、そのあとに続く。瞳に強烈な狂気と、そこ無しの忠誠心を宿らせながら……。


 なお、シャルティア自身この時の己の行動が、パンドラの自分でも気づいていなかった性癖を目覚めさせてしまったのは完全に誤算だった。

 しかも、屑魔族にいたぶられて地獄を味わい、強烈な憎しみを得たことで獲得した加虐性と、持って生まれた被虐を好む性癖が最悪な形で融合し……ドSかつドMという、とてつもない変態が誕生してしまい、後にシャルティアは頭を抱えることになった。





???「いや、正直……わた……アリスちゃんも、あの時にノリと勢いでカッコつけた勧誘したことを超後悔しています。まさか基本ドSで、特定の相手にだけ万年発情期のドMに変貌するような性癖を獲得するとは……流石のアリスちゃんの目を持ってしても見抜けませんでした。まぁ、いまとなっては、その性癖に関しては上手いこと思考誘導して『カイトさんに押しつけました』けど……あっ、いや、なんでもないです! いや~なんでパンドラはカイトさんのことを大好きになっちゃったんでしょうねぇ~不思議ですね~」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ