不思議としっくりくるんだ
緊張が重く空間を支配している。俺は腕で額の汗を握りながら、対峙している存在に視線を向ける。
ギリギリの戦い、追い込まれていると言っても良かった。しかし、追い込んでいるというのは俺も同じ……あと一撃、あと一撃叩き込むことが出来れば俺の勝ちだ。
しかし、すでに後は無い。ここで外せば俺の負け……まさに紙一重の戦いである。
「……ご主人様……頑張ってください」
後ろには祈るように俺を応援するアニマの声。彼女も俺と同じ緊張の中に居るのか、声は震えていた。
だが、確かに届いた言葉は俺の心に勇気を湧きあがらせ、その熱に身を委ねながら構える。
時が加速するような感覚、周りの景色がやけに鮮明に見える中、俺は強く足を踏み出し最後の一撃を放つ。
「いっけえぇぇぇ!」
俺の手から放たれた白い軌跡は、まるで俺の思いに応えるように鋭く進み、見事にターゲットを捕らえた。
……まぁ、的当てをしてるだけなんだけど……。
「おめでとうございます! 見事五点獲得、スタンプを差し上げます」
「やりましたね、ご主人様! 凄いです!」
係の方が笑顔で条件達成を告げ、俺のスタンプカードにスタンプを押してくれる。アニマはまるで自分のことのように喜んでおり、その姿を微笑ましく感じながら彼女の元へ戻る。
ここは三つ目の闘技場に向かう道中、アニマと一緒に立ち寄ったアトラクションの一つ。九枚の板が付いた的にボールを投げ、五点以上獲得するとスタンプが貰える。
まぁ、早い話が俺の世界にもあった野球のボールを使った的当てである。
ちなみにアニマも挑戦したが、クリアできなかった。アニマはもの凄い剛速球を投げるんだけど、反面コントロールはイマイチで、惜しくも一点届かなかった。
俺は球速は言わずもながだが、コントロールはそこそこよくて、なんとかこうしてクリアできた。
いやはや、しょっぱなにその次と、バイオレンスな展開が続いていただけに、こういう普通の遊びはとても楽しい。
メギドさんがいろいろなアトラクションを用意しているといった言葉に偽りはなく、このアトラクションに入るまでにも、クイズだとかトランプゲームみたいなのもあった。
戦王五将との戦いもそんな感じのだったらよかったのに……本当、メギドさんはいったいなにが目的なのやら。
そんなことを考えつつ、アトラクションから離れ、アニマと一緒に道を歩く。
かなりの数がある出店に視線を動かしながら、のんびりと次の闘技場を目指していると、ふとアニマが一つの出店に目を向けた。
「……うん? ああ、魚の塩焼きか……食べていこうか?」
「あ、い、いえ!? 自分は大丈夫です! た、たまたま、視界に入っただけですので……」
「そっか、でも見てたら俺も食べたくなっちゃったから、せっかくだし一緒に食べよう」
「うっ……はい」
アニマは肉も食べるけど、魚の方が好きみたいで……本人は隠しているつもりかもしれないけど、魚料理を見る時は目がキラキラしているので分かりやすい。
まぁ、それでもアニマの性格上、自分の欲求で俺の足を止めるわけにはいかないと、考えるだろうし……こうやって少し強引に誘う方がいい。
魚の塩焼きを二本購入し、一本をアニマに渡す。例によってアニマは自分でお金を払うと言い出したが、その辺は主権限で黙らせた。
受け取った塩焼きをさっそく食べてみると、香ばしくバリっと焼かれた皮の食感と、ふわりと柔らかい白身。そしてほどよい塩気……うん、美味しい。
「アニマ、どう?」
「お、美味しいです!」
「そっか、もっと食べる?」
「い、いえ!? 自分はこれだけでお腹いっぱ……」
「すみませんもう一本ください」
「ご主人様!?」
素早く一本食べ終えて、可愛らしい表情で美味しいを告げてくるアニマは、まだ食べ足りないのは明白。なので、アニマの抗議は無視して追加を買って手渡してあげた。
「……あぅ、ありがとうございます」
遠慮しがちな彼女には、このぐらい強引で丁度いい。俺もなんだかんだで、アニマのことは分かってきているつもりだ。
余談ではあるが、いまアニマが着ているロングコート風の服は……実は俺の服と似たデザインだったりする。
ただし、俺の着ている服には所々に金色の糸で刺繍がしてあるが、アニマの服には無い。それとデザインも、アニマの服の方は少し控えめだ。
これはアリスの茶目っ気らしく、主と従者をモチーフに、ワザとアニマの服の方を俺より控えめにした。
そしてアニマはその服を大絶賛していた。彼女は俺の従者であることを誇りに思っているみたいで、俺の従者だと一目でわかる服装は本当に嬉しいみたいだ。
まぁ、尤も、その『誇り』は少々俺にとっては悩みの種でもあるんだけど……。
というのも、流石に俺もそこまで馬鹿ではない。アニマが俺に対し、主従を越えた感情というのを抱いていることには気付いているし……正直それを嬉しいとも思う。
ただ、うん……当のアニマは、それにまったく気付いていない。というよりも、彼女にとってその感情はあくまで尊敬する主に対する親愛だと思っている節がある。
忠誠心が高すぎて、それを越えた感情があることに気付いていないとでもいえばいいのかな? なんとも難儀だ。いまだってわざわざデートだと宣言したのに、真面目すぎる彼女はことあるごとに従者の位置に立とうとする。
「……う~ん。もっと強引な方がいいのかな?」
「なにがでしょうか?」
「うん? まぁ、えっと……アニマは可愛いねってことかな?」
「ふぇっ!?」
「さて、そろそろ闘技場に向かおうか」
「え? ご、ご主人様!? ちょ、ちょっと待ってくださ……」
いや、まぁ、そう焦る必要もないか……最初は戸惑ったけど、アニマはもう俺にとっては居ないことは考えられない存在……になってると思っている。
これから先も、彼女が嫌にならない限り一緒に居るわけだし……なにより、アニマは元ブラックベアー。人としての年齢は、俺より遥かに低い。というか、一歳に満たない。
焦らず少しずつ、進展していけばいいかな? と、そんな風に考え、戸惑うアニマに微笑みながら並んで闘技場への道を進んでいった。
拝啓、母さん、父さん――正直さ、俺は二人を失って……もう二度と家族という温もりを得ることはできないんだって、そんな風に思ってた。けど、うん……やっぱりまだ主従とかはよく分からないし、本当にこの気持ちが家族に向けるような親愛かどうかも分からない。けど、うん。なんだろう? アニマのことを家族のように思うのは、なんていうか――不思議としっくりくるんだ。
~祝・400話~
アニマは親愛の感情が強すぎて、自分の恋心には気づいていません。
快人の大雑把な感覚
もっとも信頼する相手:クロ
恩人:クロ、リリア
恋人:クロ、アイシス、ジーク、リリア、アリス
親友:アリス
妹みたいな感覚:葵、陽菜
家族?:アニマ、イータ、シータ、ベル、リン
近所のおじいちゃん:マグナウェル




