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魔力が目覚めたみたい

 ジークさんとしばらく会話を行った後、再び俺は廊下を歩いていた。

 まだ外は薄暗い午前5時……昨晩は徹夜したであろうリリアさんの執務室に向かって歩を勧め、目的の場所に辿り着くと一呼吸置いてから扉をノックして名前を告げる。

 するとすぐに入室して構わないとリリアさんの声が聞こえ、それを確認してから中に入る。


「おはようございます。リリアさん」

「おはようございます……どうしたんですか? 随分早い時間ですけど?」


 中に入るとすぐに大きめな机が目につき、そこで手紙らしき物を書いていたリリアさんは、俺の姿を見て一度手を止めて微笑みを浮かべながら挨拶を返してくれた。

 徹夜したであろうその表情には少し疲労の色が見えるが、流石に元騎士団員。俺とは基礎体力が違うのか、想像していたよりずっと元気そうに見えた。


「いえ、早くに目が覚めまして……リリアさんはやっぱり徹夜ですか?」

「ええ、流石に量が量ですしね」

「……なんか、すみません」

「謝らないで下さい。昨日はあんな事を言いましたが、カイトさんにはむしろ感謝しています」


 リリアさんが大量の手紙に埋もれている原因の半分くらいは俺なので、何となく罪悪感を感じて謝罪の言葉を口にしたが、リリアさんから返ってきたのは感謝だった。

 予想外の言葉に首を傾げる俺に対し、リリアさんは苦笑を浮かべた後で説明してくれる。


 リリアさんは元王女ではあるが、社交界からは長く離れ騎士団員として活動をしていた。その為、爵位を得てからは人脈作り……所謂コネクションの形成に苦労していたみたいで、今回幸か不幸か時の人となった事は、大変な状況であると同時に、リリアさんにとっては渡りに船とも言える状態でもあったらしい。

 魔界と神界に強いパイプを持っていると思われている現状、リリアさんにとっては他の貴族達に対し非常に有利な立場で縁を持てる機会でもあり、それが本当にありがたいと説明してくれた。


「……私は当主としては若輩も良い所ですからね。この機会を得れたのは、本当に助かります……ただ、カイトさんの交友関係を私の都合で利用してしまってるので、むしろ私が謝らなくてはいけませんね」

「えっと、俺は別になにも特別な事をした訳ではないので……」

「そう言うだろうとは思いました……でも、お礼位は言わせて下さい。ありがとうございます、カイトさん」

「あ、いえ、えと、どういたしまして?」

「ふふふ、まぁ、心臓に悪いのは事実ですし、次は遠慮したいですけどね」


 お礼を告げて穏やかに微笑むリリアさんの姿は、その美しい容姿も相まって非常に好奇な魅力に満ちていた。

 そのまま少し言葉を交わした後、俺はここに訪れた本来の目的を思いだし、改めて口を開く。


「あ、そうだ。リリアさん、ジークさん……ジークリンデさんに以前女神様に貰った紅茶を淹れてもらいまして、ずっと手紙を書いていてお疲れでしょうし、よろしかったらいかがですか?」

「え? 頂いてもよろしいんですか?」

「ええ、勿論」

「……ありがとうございます。確かに、少々疲れましたし、休憩でもしましょうかね」


 そう俺がここを訪ねた理由は、リリアさんに差し入れをする為だった。マジックボックスに入れた物は時間が経過しないので、ジークさんに淹れてもらった紅茶をポットごと収納して持ってきていた。

 いくら元気そうに振舞っていても、やはりリリアさんの表情には疲労の色が見える。真面目な性格の人だし、途中であまり休憩とかもしてないんじゃないかと思うので、出来ればこのタイミングで一休みしてほしかった。

 リリアさんはそんな俺の意図を察したのか、手に持っていたペンを置き、俺に頭を下げてから机の上を少し片付ける。

 そして机の上に十分なスペースが出来たタイミングを見て、俺はマジックボックスからポットとカップを取りだし、紅茶とジークさんから分けてもらったクッキーをリリアさんの前に置く。


「とても良い香りですね」

「ええ、ジークさんの話では、神界にしかない紅茶だそうです」


 超高級品という事は黙っておく事にして、一先ず珍しい紅茶であると言う事だけ告げる。

 リリアさんは紅茶の香りを楽しむ様に優雅にカップを口に運び、少しして微かに目を見開く。


「……素晴らしい。これ程、美味しい紅茶は初めて飲みましたよ」

「茶葉も良い物みたいですし、ジークさんの腕前も凄いですからね」

「そういえば、ジークがカイトさんの事を褒めていましたよ」

「え? そうなんですか?」

「ええ、次回も護衛が必要なら自分が担当すると……」

「……それは、正直俺としてもありがたいですね」


 そのままリリアさんとしばらく他愛の無い雑談を交わし、邪魔になってもいけないので適度な所で切り上げて退室する。

 話してみて何となくではあるが、やはりリリアさんにも疲れが溜まっている様な感じがした。

 考えてみれば、10年に一度、初めて勇者召喚の責任者を務めた矢先に俺達というイレギュラーを抱え込み、その上ここ最近立て続けに異例の事態に遭遇している。

 俺達から見たリリアさんは知識もあり頼りになる権力者ではあるが、実際そう言った異世界とか貴族とかのフィルターを除いて考えれば、俺と1歳しか違わない女性……人知を越えた存在でも無ければ、常識外れの超人という訳でも無い。その上性格的にはおそらく辛い事を辛いとは口にしないタイプだろうし、少し心配だ。

 何か力になれれば良いんだけど、現状まだこちらの世界の常識に乏しい俺ではあまり言い案も浮かんでこない。ままならないものだ……


 そんな事を考えながらふと廊下の窓から外を見て、直感の様に頭にある考えが浮かんだ。


――昼から雨が降る。


 何故そんな事を思ったのか分からない。日の昇り始めた空を見る限り、普通に晴れの様な気がするのだが、何故か――確信に近い予感が頭に浮かぶ。

 しかし結局その感覚が何かは分からず、俺は頭を切り替える様に一度首を振って自分の部屋へと戻った。

 
























「確かにリリアちゃんって真面目そうだし、疲れは貯めこんじゃうタイプかもね」

「ああ、それで、何か良い発散方法とかないかな?」


 時刻が昼に近付いた頃、当り前の様に自室のソファーに寝転がり足をフラフラ動かしているクロにリリアさんの事を相談してみる。

 一度屋敷を訪れた事で昼にも現れる様になったクロだが、正直もう突然現れるのには慣れてしまったので突っ込みは入れていない。


「う~ん、そうだね~やっぱり気分転換に出かけたりするのが良いんじゃないかな? お祭りとか行ってみるのが良いかもしれないね」

「お祭り? この時期にこの辺でやってるの?」


 ベビーカステラを食べながら、クロが提案してくれた言葉を考える。

 確かに気分転換というのは良い考えな気がする。特にリリアさんは、ここ最近俺達に付きっきりだし、遊びに出かけたりする機会もなかっただろう。

 ただし、そう都合よくお祭り等やっているものだろうか? 

 そう考えて聞き返すと、クロは一瞬キョトンとした後で何かに納得した様に手を叩く。


「あぁ、そっか、言って無かったね。勇者祭が行われる年には、友好都市ヒカリで開催される本祭以外にも、一年中あっちこちでお祭りがあるんだよ。魔界や神界、それに小さな村の村祭りとかも入れたら、それこそ毎日どこかしらでお祭りがあるぐらいだからね」

「へぇ、そうなんだ。それなら、一度提案してみるのも良いかも……」

「うんうん。魔界のお祭りなら、もしボクの都合が合えば案内するよ~」

「それは心強いな。じゃあ、その時はよろしく」


 俺一人で決められる事ではないが、良い案を提案してくれたおかげで相談しやすくなった。

 しかもこれは、俺達にとってもこの世界の文化の観光になるし、リリアさんも提案に乗ってくれやすい気がするし、改めて考えてみてもかなり有効な手だ。

 まずはこの時期にどんなお祭りをやってるか調べてみる必要があるが、その辺りはルナマリアさんにでも聞いてみる事にしよう。


「うん? 雨降ってきたみたいだね~」

「……え?」


 今後の事を考えていると、クロが呟く様に言葉を発し、窓の外を見ると……少し前まで晴れていた空は曇っており、窓に小さな水滴――雨が当っているのが目に付いた。

 朝方頭に浮かんだ通り、本当に雨が降ってきた? 偶然にしては何か引っかかる様な……


 朝方直感的に頭によぎった通りに降り出した雨を見て、一度は消えた疑問が再び浮かんでくる、そして同時に再び頭にある事が浮かんだ。


――夜に雨は止む。


 まただ……またなぜそう思ったのかは分からないが、確信に近い様な感覚。これは一体……


「あれ? カイトくん……『魔力』が出てるね」

「……え?」

「うん、間違いない。今までの微弱な感じじゃなくて、しっかり魔力を纏ってる。魔法使う下準備が出来てきたみたいだね」


 拝啓、母さん、父さん――朝から数度不思議な感覚を味わった。どうやら俺の中で――魔力が目覚めたみたい。

 





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