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勇者召喚に巻き込まれたけど、異世界は平和でした 作者:灯台
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とても家庭的な女性だったよ

 火の月8日目、眠りが浅かったのか今日はやたら早く目が覚め、起床した時にはまだ窓の外は薄暗く、懐中時計を見ると時刻は4時だった。
 まぁ早いとは言え、地球に居た頃の様にパソコンだテレビだと夜更かしが当り前となっていた生活と比べれば、そもそも就寝する時間が早くなっているので寝不足と言った感じでは無い。
 健康的な生活で良い事だとは思うが、流石にそろそろ娯楽の一つでも欲しい所ではある。今度街に出かける機会には、本でも購入してみるのも一つの手かもしれない。

 そんな事を考えながら、何か飲み物でも飲みたいと考え食堂に向かって廊下を歩く。
 流石に時間帯が早い事もあって、屋敷内で見かける使用人の数も少なく、広い廊下は静けさを感じさせる。
 リリアさんの屋敷で働く使用人の方には、自宅から通っている人と住み込みで働いている人の二種類が居て、この時間帯に見かけるのは住み込みの方ばかりだ。

 この世界に来て一週間以上が立つとはいえ、まだルナマリアさん以外の使用人の方々は名前と顔が一致しない人も多く、特にこの時間帯に見かける方は夜間や早朝に見回りを行う……所謂従士の方ばかりで、見知った方は殆どいない。
 ちなみに意外ではあったが、リリアさんの専属であるルナマリアさんは住み込みでは無く自宅から通っているらしく、屋敷にほど近い自宅で母親と二人暮らしをしているので、深夜や早朝に見かける事はない。

 ただ全く交流の無い方ばかりという訳でも無く、数は少ないが見覚えのある方もちらほら見かけ、飲み物を頂きに食堂に辿り着くと、丁度そこには数少ない交流のある人物が居た。

「おはようございます。ジークリンデさん」
「……」

 食堂の片隅で一人紅茶の入ったカップを傾けていた赤髪の女性。一昨日街に出かけた際に護衛と案内をしてくれたジークリンデさんの姿を見つけ、挨拶をする。
 俺の言葉を受け、喋れないジークリンデさんは手に持っていたカップを置き、会釈によって挨拶を返してくれる。

「もしかして、夜間の警備担当だったんですか?」
「……」
「やっぱり、お疲れ様です」
「……」

 ジークリンデさんは住み込みで働いている方であり、座っている隣の席に剣が立てかけてあった事から、深夜から明け方の警備を担当していたんだと考えて尋ねてみると、ジークリンデさんは頷いて肯定してくれた。
 今紅茶を飲んでいると言う事は、おそらく担当する時間が終わり就寝前の休憩と言ったところだろう。
 そして続けた労いの言葉に頭を下げた後、ジークリンデさんは俺を見て首を傾げる様な仕草をする。

「ああ、俺は何だか早く目が覚めちゃって、何か飲み物を頂こうかと思いまして」
「……」
「え? ありがとうございます。それじゃあ、御厚意に甘えて御一緒させてもらいますね」
「……」

 俺が朝早くに食堂を訪れた理由を告げると、ジークリンデさんは近くにあった……地球のホテルとかで給仕を行う際に使うサービスワゴンに似た台車、この世界で何というのかは分からないが、そこから真新しいカップと紅茶の入っているポットを取り、近くの椅子を引いて着席を勧めてくれた。
 ジークリンデさんの意図を察し、俺はお礼の言葉を告げてから椅子に座る。するとジークリンデさんは俺の前にカップを置き、慣れた手つきで紅茶を淹れてくれる。

「ありがとうございます……とても美味しいです」
「……」

 ジークリンデさんにお礼を告げてから淹れて貰った紅茶を飲むと、熱すぎず飲みやすい温度に入れられた紅茶の味がじんわりと寝起きの体を温めてくれる。
 普段ルナマリアさんが淹れてくれる紅茶とはまた違った味で、ほんのり甘い味……砂糖等では無く、果物だろうか? 紅茶の風味を損なわない優しい甘さが感じられる。

「なんだか、ほんのりとした優しい甘味がありますね」
「……」
「それは……乾燥した果物ですか?」
「……」

 味の感想を告げると、ジークリンデさんは微笑みを浮かべ、何やらドライフルーツの様なものが入った小瓶を見せてくれる。
 たぶんこの紅茶にはあの果物が入れてあり、それがほのかな甘みの正体だと言う事だろう。
 ジークリンデさんは興味深そうに小瓶を見つめる俺に再び微笑んだ後、服のポケットから小さな紙を取り出してさらさらと文字を書く。

『乾燥させたリプルの実を入れてあります』
「へぇ、それで甘味があるんですね」

 確かリプルの実は、地球で言うリンゴに似た味の果物だった筈。つまりこの紅茶は、アップルティーみたいなものという事らしい。
 ただこの紅茶の味と綺麗に調和する絶妙な味や、飲みやすく調整された温度は、一重にジークリンデさんの腕前が優れているからだと思う。

「勉強になります。ジークリンデさんは、お茶を淹れるのが上手なんですね」
「……」

 素直な感想を伝えると、ジークリンデさんは少し照れたように頬を染め首を横に振るが、流石に素人の俺でもこの味が一朝一夕で出せるものではない事位は理解出来る。
 スラリと高い身長に整った顔立ち、腕の立つ元騎士団員という話から武芸家の様な方だと想像していたので、意外――と言うのは失礼かもしれないが、ジークリンデさんは家庭的な方なのかもしれない。

「ああ、そう言えば……少し前に紅茶の茶葉を頂いたんですが、凄く美味しかったんですけど、コレって何の葉か分かります?」
「……!?」

 そこでふと、以前シロさんから頂いた紅茶の茶葉の事を思い出し、何となくジークリンデさんは紅茶に詳しそうな気がしたので、折角の機会なので尋ねてみる。
 この紅茶は本当に美味しかったし、もし市販されている茶葉なら是非とも購入したいと思って尋ねたのだが……ジークリンデさんは俺がマジックボックスから取り出した小瓶を見て、何やら驚いた様に目を見開く。

 そしてよく見せて欲しいと手を伸ばしてきたので、茶葉の入った小瓶を手渡すと、それを色々な角度から見初め、少しして驚いた表情のままペンを手に取る。

『グロリアスティーだと思います。実物を見たのは初めですが……』
「……珍しい紅茶なんですか?」
『神界にしか存在しない茶葉で、神の奇跡と称される幻の紅茶です』
「……もしかして、物凄く高価なものだったりします?」
『まず市場に出回る事はないですが、買うとしたら一杯分で数万Rはくだらないかと思います』
「……そ、ソウナンデスカ」

 シロさあぁぁぁぁん!? なんてとんでもない物、ポンとくれてるんだあの方!? 一杯数万Rってどういう事? 一杯数百万円の紅茶とか、もう訳分からないレベルなんですけど……
 ジークリンデさんも信じられないものを見たって顔してるし……

「実は女神様に頂いた紅茶なんですよ。まさかそんな高価なものとは思いませんでしたが……」
「……!?」

 俺がその茶葉は女神様から貰ったものだと説明すると、ジークリンデさんは再び驚いた表情を浮かべる。やはり女神から何かしらの物を貰うと言うのは、非常に珍しい事らしい。
 ジークリンデさんはそのグロリアスティーとやらに興味があるのか、しばらく俺が説明を終えた後もしばらく興味深そうにその茶葉を見つめてから俺に瓶を返してきた。

「……あの、ジークリンデさん。良かったら、この紅茶飲んでみませんか?」
「……!?!?」

 紅茶好きなのか興味深々と言う雰囲気が伝わってきたので提案してみたが、ジークリンデさんは慌てた様子で勢いよく首を横に振る。
 やはり非常に高価な物とあって遠慮しているみたいだが……折角美味しい紅茶を頂いたし、この前美味しいジャムクッキーを教えてもらったお礼もしたかったので、少し提案の仕方を変えてみる。

「えと、じゃあこうしませんか? この紅茶は凄く美味しいので俺は飲みたいんですが……正直紅茶を淹れた経験が殆どなくて、上手く淹れられる自信がないんです。なので、ジークリンデさんに淹れて頂いて、そのお礼にジークリンデさんも紅茶を飲むって言うのはどうでしょう?」
「……」

 俺の提案を聞き、ジークリンデさんはしばらく悩む様な表情を浮かべ、俺が差し出した小瓶を見つめる。
 そして最終的に興味が勝ったのか、申し訳なさそうな表情を浮かべて一度頭を下げ、俺から小瓶を受け取って紅茶を淹れ始める。
 予想通り紅茶を淹れるのは得意な様で、非常に手慣れた様子で準備をすすめ、少しして心地良い香りが漂ってくる。

 そしてしばらくして紅茶が入り、ジークリンデさんは茶菓子の用意もしてくれていたらしく、紅茶と一緒に美味しそうなクッキーが目の前に用意される。
 そしてジークリンデさんから三分の一程中身の減った小瓶を受け取ってから紅茶を飲む。
 やっぱりこの紅茶は桁外れに美味しい。神の奇跡だとか仰々しい呼び名を付けられるのも理解できる程だ。

「ジークリンデさん、どうです? 飲んでみた感じは?」
「……」

 ジークリンデさんの感想も尋ねてみたが、言葉にせずとも心底幸せそうな笑顔で十分に伝わってきた。
 というかどこかクールな印象を受ける顔立ちのジークリンデさんの、そう滅多に浮かべないであろう幸せそうな笑顔を見れただけでも、ちょっと強引に紅茶を勧めたかいがあったと思える。
 そんな事を考えながら、クッキーを口に運ぶが……このクッキーも非常に美味しい。
 何と言うか高級感あふれるものではなく、家庭的な味というのか素朴な美味しさで、口に優しく個人的にとても好みの味だ。

「このクッキーも、何て言うか温かみのある味で凄く美味しいですね」
「……」

 クッキーに対しての感想を伝えると、ジークリンデさんは再び少し照れたような表情を浮かべ、小さな紙にペンで文字を書く。

『趣味で作った物ですが、お口に合った様で良かったです』
「え? このクッキー、ジークリンデさんが作ったんですか?」
「……」
「……凄いですね。紅茶を淹れるのもそうですが、料理も上手なんですね」
「……」

 驚いた事に、このクッキーはジークリンデさんが作ったものらしい。
 店で買ったと言われても信じる程綺麗な焼き加減で、それだけでジークリンデさんの料理の腕前が伝わってくる。
 まぁ例によって、当人は照れた様子でブンブン音が出そうな程首を横に振っているが……

「ジークリンデさんって……」
『ジークと呼んで頂いて構いません。友人はそう呼びます』
「……では、改めて、ジークさんってお菓子作りが趣味なんですか?」
「……」
「へぇ、実は俺も昔少し挑戦した事があるんですが、全然うまく作れませんでした。もし良かったら、コツとか教えてください」
「……」
「挑戦した物ですか? アップルパイ……えと、果物のパイだったんですが、何かぺちゃんこになっちゃって……」
「……」
「焼き方ですか……ふむふむ、生地を一度冷やさないと膨らみにくいんですね」
「……」

 拝啓、母さん、父さん――ジークさんと少し仲良くなれた。ジークさんはキリっとした見た目とは裏腹に――とても家庭的な女性だったよ。


ジークリンデは家庭的なエルフ……ポジション的には一般人枠?
+注意+
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