本当に苦労人だと思う
クロが帰り、なんだかんだで慌ただしかった屋敷内も落ち着き、夕食前にお茶を飲みながら全員一息つく。
「しかし、本当にカイトさんには驚かされてばかりです。まさか、六王様を屋敷にお招きすることになるなんて、思ってもみませんでしたよ」
「あはは、いや、本当に偶々知り合っただけで……」
「御謙遜を、『カイト様』は本当に素晴らしいお方です。このルナマリア、カイト様と知り合えた幸運を神に感謝しております」
「……」
苦笑しながら話すリリアさんの言葉を受け、俺も苦笑と共に言葉を返したんだが……若干一名様子がおかしい。
何か俺の呼び方変わってるし、キラキラした目でこっち見てるし……何か凄い怖いんだけど……
「あの、リリアさん……ルナマリアさんの様子がおかしいんですけど……てか、なんか怖いんですけど……」
「……余程クロムエイナ様と会えたのが嬉しかったのでしょう。もう少しすれば元に戻るかと思いますが……」
ルナマリアさんは完全に変なスイッチが入ってしまったらしく、クロが帰ってからずっとこの調子で、物凄く俺を持ち上げて話してくるので、何と言うか調子が狂う。
とりあえず元に戻るまでルナマリアさんは無視することにして、リリアさん達との会話に意識を戻す。
「でも、クロム様は楽しい方でしたね。六王の方々は皆あんな風に気さくな方なんでしょうか?」
「いえ、クロムエイナ様……冥王様は六王様の中でも、界王様と並び最も温厚であると言われています。実際私もああして言葉を交わすのは初めてでしたが、噂通り本当にお優しい方でしたね」
楠さんの言葉を受けて、リリアさんが説明をしていく。
やはり六王と一括りに言っても性格は様々らしい……まぁ、確かに全員クロみたいな性格してたら、とてもじゃないが魔界は成り立たない様な気がする。
「ちなみに他の六王様方――私も直接お話しした事は無いので、噂で聞いた程度にはなりますが……界王様は冥王様と並んで非常に温厚な方だと言われていて、多少の無礼は許して下さるそうです。逆に戦王様と死王様は機嫌を損ねれば命は無いと言われていますね。竜王様と幻王様に関しては、あまり噂自体を聞かないので分かりかねますね」
要約すると、冥王……クロと界王は穏やかな性格、戦王と死王は気性が荒い、竜王と幻王に関しては良く分からないと言う事らしい。
しかし戦王と死王――呼び名だけじゃなくて性格も物騒だな。機嫌損ねると命は無いって、怖すぎる。
そんな俺の不安を察したのか、リリアさんは苦笑を浮かべながら口を開く。
「ま、まぁ、本来六王様と直接お話をする事などまずあり得ないですから……ええ、本当に、今回が異例中の異例なだけで……」
「……でも、宮間先輩なら他の六王様とも知り合ったりして?」
「……カイトさんは、私を心労で潰す気なんですか?」
「いや、流石にそんなことにはならないですって……」
柚木さんがボソッと呟いた言葉を聞き、リリアさんは青ざめた顔で俺の方を見つめながら呟いてきたので、俺は首を大きく横に振りながら言葉を返す。
流石にこれ以上六王と知り合う機会なんてないだろう。クロに紹介されたりしたらまた別だろうが、少なくとも今はクロが冥王だと言う事も知っているので、事前に確認する事も出来るだろう。
それにいかにクロと言えども、同格の六王をホイホイと紹介は出来ないだろうし、問題は無い筈だ。
「……本当ですね! もう他にとんでもない交友関係を隠してたりしないですよね!? 実は他にも六王様の知り合いがいましたとか無いですよね? 次は私、泣きますからね!」
「いや、本当にもう魔族の知り合いは、クロの家族って紹介された方々ぐらいですから、大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……それなら、安心しました」
もう本当にリリアさんはいっぱいいっぱいと言った感じで、必死という言葉が当てはまる表情で尋ねてくるが、他の魔族の知り合いで、尚且つリリアさん達が知らない相手となるとアインさんとゼクスさんだけだ。
あの御二方の内、アインさんは何か凄そうな方ではあったけど……クロに忠誠を誓ってるって事は、六王って訳じゃないだろうし、たぶん大丈夫な筈だ。
俺の言葉を聞き、リリアさんはホッと息を吐いて胸を撫で下ろす。
「ともあれ、まだ時の女神様との対談が残っているとはいえ、ある程度は肩の荷が降りました。今日はゆっくり眠れそうです」
「……何を仰っているのですか、お嬢様?」
「……え?」
心底疲れたと言いたげに椅子にもたれかかるリリアさんの言葉を、いつの間にか普段通りの様子に戻ったルナマリアさんが遮る。
「まさかとは思いますがお嬢様……本日、お休みになられる事が出来るとお考えで?」
「え? え?」
不吉な言葉を呟いた後、ルナマリアさんは不安げな表情を浮かべるリリアさんを無視して一度部屋を出る。そして少しして、両手いっぱいに何やら手紙らしき物を抱えて戻ってきた。
そしてその紙の山と表現するのが相応しい手紙を、リリアさんの目の前に無造作に置く。
「本日中に、王宮、貴族、商会、神殿等から届いた手紙です」
「……なん……で……」
「お忘れ――では無く、考えないようにしていたのだとは思いますが……お嬢様。現状の貴女の立場は『時の女神様から異例の祝福を受け』更には『冥王様が異例にも邸宅に訪れた』貴族ですよ? 現状王都だけですが、その内周辺国でもさぞ大きな噂となるでしょうね」
「……」
ルナマリアさんが淡々と告げた言葉を聞き、リリアさんの顔がどんどん青ざめていく。
そう、ルナマリアさんの言う通り、現在のリリアさんは正しく時の人。異例中の異例を短期間に二つも経験して、神界と魔界に強大なパイプを構築した貴族と思われていても不思議ではない。
「……で、でも、クロムエイナ様は、あくまでカイトさんの知り合いで……」
「事実はそうでも、周囲はそうは思わないでしょう。神界と魔界の頂点に近い存在と繋がりを持つ公爵……お嬢様と交友を持ちたい方々は掃いて捨てる程でてくるでしょうね。おそらくこの数日中に、その何十倍もの手紙が届くかと思われます」
「……」
「という訳で、その手紙は『本日中に』目を通して、処理をお願い致します」
「……」
リリアさんの表情が完全に絶望一色に染まる。
百近いかと思えるほど大量の手紙は、正直目を通すだけでも大変だろう。それに返事を書いたりすれば、正しく寝ている時間など無くなってしまう。
「……もうやだ……カイトさん……きらぃ……」
完全に涙目でこちらを恨めしそうに見てくるリリアさんから、さっと目を逸らして紅茶を口に運ぶ。何かごめんなさいリリアさん。でも、俺にはどうする事も出来ないです。
拝啓、母さん、父さん――半分くらいは俺のせいなきもするけど、リリアさんは――本当に苦労人だと思う。
魔族にはもう凄い知り合いは居ない……クロムエイナ(冥王)と同格……シャローヴァナル(神族)……あっ……




