バレンタイン番外編~ハッピーバレンタインVerクロ~
本日十五話目。
木の月13日目。時刻もかなり遅くなり、もう少しで日付が変わる。
そんな時間に俺は、少々ソワソワしていた。
この世界にもバレンタインがあり、それは木の月14日目……つまり明日だ。
俺は元居た世界では、長年ぼっちだったので、当然ながらチョコレートなんて母親からしかもらったことが無い。
しかし、この世界に来て……女性の方がかなり多いこの世界で、多くの女性と知り合ったし、恋人もできた。
となると……期待してしまうのが男心だろう。
果してこの世界でバレンタインという行事がどの程度浸透しているのかとか、そういう部分は気になるが……で、出来れば誰かくれないかなぁ?
やっぱり、そういうイベント事ってのは嬉しいものだからなぁ……。
とはいえ、まだ13日目だ。14日目がバレンタインとは言っても、0時になった瞬間にチョコレートが俺のところに届くわけもないし……いまから緊張しても、仕方がな……。
「ハッピーバレンタイン!」
「うぉぉっ!?」
時計の針が0時を指示した瞬間、それはもう当然の如くクロが室内に現れた。秒単位で完璧である。
「く、クロ!?」
「カイトくん、はい、バレンタインのチョコレートだよ!」
「あ、ありがとう……で、でも、なんでこんな時間に……」
確かにもう時間的に14日目になっている。バレンタインだ。
しかし、まさか0時になった瞬間に現れるとは予想しておらず、嬉しさ半分、戸惑い半分で差し出された包みを受け取る。
するとクロは可愛らしい笑顔になり、少し頬を染めながら口を開く。
「えへへ、ボクが一番初めにカイトくんにチョコレートを渡したかったからね。数時間前から、外で待機してた!」
「入ってくればよかったんじゃない!?」
数時間前から待機してたって、それで今日はいつもみたいに来なかったのか……いや、日付が変わるまで待つ必要あったのかな? たぶん、クロだから……妙なこだわりがあったのかもしれない。
ま、まぁ、それは置いておくとして……は、初めて母さん以外からバレンタインチョコを貰えた。正直、滅茶苦茶嬉しい。
がっつくようで少し恥ずかしいけど、さっそく開いてみて……。
「……うん、あれ? バレンタイン……チョコ?」
「うん。ハートの形にしてみた。愛情たっぷりだね!」
「……な、なぁ、クロ」
「うん?」
「俺の目が間違ってなければ……これ『ベビーカステラ』に見えるんだけど?」
「そうだよ? チョコベビーカステラ!」
「……」
やっぱりベビーカステラだった!? こんな時でもベビーカステラ? いや、まぁ、クロらしいと言えばクロらしいけど……な、なんか、ドキドキがちょっと減ってしまったような気も……。
なんともクロらしいバレンタインチョコに、少しだけ呆れつつ……それでも嬉しいので早速食べようとしたところで、大きめの箱の中にベビーカステラ以外のなにかがあった。
そちらを取り出してみると……なんだろう? 棒状のクッキーみたいに見えるけど?
「クロ? このクッキーみたいなのはなに?」
「うん? えへへ、それはね~このチョコベビーカステラを食べるために必要なクッキーだよ」
「食べるために必要? どういうこと?」
「ふふふ、これを、こうして……えいっ!」
少なくとも俺はベビーカステラを食べるのに、棒状クッキーが必要だなんて話は聞いたことが無い。というか今まで沢山食べて来たけど、そんなもの一度も使ったことは無いし……クロも使っていなかった。
どういうことか分からず首を傾げていると、クロはニコニコと楽しそうに笑いながら、その棒状クッキーを一つ手に取る。
そのクッキーをハート形のベビーカステラの頂点……谷になっている部分に刺した。
そして、そのクッキー部分を咥えて……えっ?
「んっ……」
「ちょっ、く、クロ!?」
「ん~~~~」
「た、食べろってこと?」
「ん、ん!」
これは、もしかしなくてもそういうことだろう。ようするに、ベビーカステラに棒状クッキーを刺し、その出っ張ってる部分をクロが咥えた状態で……俺に食べさせる。
なんか恐ろしいほど恥ずかしい手法で攻めてきた!? なにその猛烈な羞恥プレイ!?
そのあまりの恥ずかしい食べ方に、思わず俺が後ずさると、クロは咥えたままで急かしてくる。
別に誰がいるわけでもないが、ついつい周囲を見渡してから意を決してクロに近付き、ベビーカステラを口に入れる。
「んっ……ちゅぅ」
ふんわりと柔らかい生地の中には、甘いチョコレートが入っており、優しい甘さが口に広がるが……それ以上に柔らかく、甘いと感じるクロの唇が俺の唇に触れ、そのまま数秒キスをする。
それからゆっくりと顔を離すと、異常なほどに顔が熱くなっているのに気付いた。
な、なんだこれ……キスなら今までも何度もしてるはずなのに、シチュエーションというか食べ方というか、とにかく凄い恥ずかしい。
「……カイトくん、美味しかった?」
「あ、あぁ……お、美味しかったよ……」
「よかった~まだいっぱいあるから、どんどん食べてね」
「あ、あぁ……その、えっと、次のやつも……」
「もちろん、同じ食べ方だよ!」
箱に入っているベビーカステラの数は、目算で20ちょっと……棒状クッキーも同じ数存在する。ということは、つまり……そういうことである。
これから20回以上のキス? た、耐えられる気がしない。
そんな風に俺が考えていると、不意にクロの手が俺の首に回され、クロの顔が近付いてくる。
「……ちゅっ」
「んっ!?」
そして唇に触れるようなキスをしてから離れ、はにかむように微笑む。
「……カイトくん、大好きだよ。我慢なんてしなくていいからね。その為に……こんな時間に来たんだから」
「……クロ」
それ以上は言葉なんていらなかった。
ただ、クロのことが愛おしく……まるで互いに引力でも持っているかのように引き寄せられ……。
バレンタイン……恋の日といっても過言ではないその日に……愛しい恋人と、影を重ねた。
アイシス・アリス「出遅れた!?」




