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バレンタイン番外編~クリス&ラグナ~

本日十三話目。



 アルクレシア帝国王城。そこには現在、皇帝であるクリスによって招かれたハイドラ国王ラグナの姿があった。


「……バレンタインのぅ、うむ、知ってはおる。想い人に菓子を贈る行事じゃな」

「ええ、それでよろしければラグナ陛下もと思い、こうしてお誘いしたのです」

「ふむ、しかしのぅクリス嬢よ。ワシは菓子作りなんぞ、ロクにしたことが無いぞ? 魚の塩焼きでは駄目なのか?」

「それは大変美味しそうですが、残念ながらバレンタインには適しませんね。大丈夫です。私が調理方法は教えますので」

「ふ~む……面倒なイベントじゃのぅ……」


 あまりそういった行事に馴染みが無いのか、ラグナは釈然としない様子で呟くが、クリスは穏やかな笑顔のままで勧める。

 一国の王にそこまで言われては断るのも失礼だと思い、ラグナもしぶしぶながらそれを了承してチョコレート作りに加わる。


 クリスに教わりながら調理を進めつつ、ふとラグナはあることを思い出して口を開く。


「そういえば、クリス嬢……皇帝を『辞する』と聞いたが、本当か?」

「うん? ええ、まぁ、本当ですよ。引き継ぎにまだ数年はかかるでしょうから、正式に発表するのは先ですがね」

「……なぜじゃ? お主ほど国の為に己を奉げる王もおらんじゃろう? それに、お主は魔族とのハーフ……寿命も気にする必要はない。それこそワシ以上に長く皇帝を務めれる器量はある。なのに、なぜ急に……」

「……これは、私が皇帝になる際に自分に課したルールです」


 クリスが皇帝を辞める。その話は各国の重鎮には、噂程度に伝わっている。そう、現時点ではあくまで噂……だからこそ、ラグナも容易には信じられず、折角本人と二人きりという機会に尋ねてみた。そして、それはとうの本人によりハッキリと肯定された。


 ラグナはクリスが皇帝になったばかりの頃から知っており、彼女が国の為になら躊躇なく命を投げ出すほど尽くしているのは知っていた。全ては国と、そこに生きる民の為に……と、そんなクリスがなにか失態を起こしたわけでもないのに、皇帝を辞するというのは信じられなかった。


 それに対しクリスは、昔から自分に決めていたルールだと答える。


「……ルールとな?」

「ええ、私は皇帝です。皇帝たる者、なにより第一に国と民のことを考えなければなりません」

「うむ、その通りじゃな……その点、お主は……」

「……だから、ですよ」

「むぅ?」

「……私は、決めていました。私にもし『国より大切なもの』が出来てしまった時は、皇帝の座を降りると……」


 そう言ってクリスは穏やかな微笑みを浮かべる。

 最近になって彼女がよく浮かべるようになった。なんの裏もない純粋な笑顔……それはある意味、策謀渦巻く世界で生きて来たクリスの、大きな変化と言えるかもしれない。


「……カイトか?」

「ええ、その通りです。まいりましたよ……本当に……元々私は、ミヤマ様に取り入って六王様との関係をよりよくしようと思っていました。あまり色事の経験が少なさそうで、己の女としての武器を使って攻めていたのですが……困ったことに、魅了されてしまったのは私の方でした」

「なるほどのぅ、ハーフサキュバスのお主が、逆に魅了されていてはいかんのぅ」

「ふふふ、その通りですね。皇帝を誑し込んだ母の血は、私には薄くしか流れてないみたいです」


 ラグナは知らないことではあるが、クリスは一年ほど前に快人に対し想いを伝えた。

 そしてその時に快人に「自分が皇帝を辞めて、ただのクリスになるまで待っていてくれないか?」と尋ね、快人はそれを快く了承した。

 だからこそ彼女はいま、国に混乱が起きないようにしっかりと……それでも可能な限り迅速に、次の皇帝へ座を譲るために動いていた。


「……まぁ、こうして、バレンタインと聞いて国の情勢より先に、ミヤマ様へどんなチョコレートを贈ろうか……などと考えている時点で、私には皇帝の資格はありませんよ」

「ふむ……そうか、お主に後悔が無いのならよい。しかし、何故じゃ……それならば、なぜワシはいまだ国王を辞められんのじゃ!?」

「ハイドラ王国が貴女を求めているからでしょう?」

「しかし、ワシはもう辞めたいのじゃ……それなのに、あの臣下共め……カイトとの子が出来て、後継ぎが生まれるまでは駄目ですじゃと? どこまで年寄りを扱き使う気なんじゃ……」


 潔く皇帝の座を降りるクリスとは対照的に、ラグナの方は辞めたくても臣下が辞めさせてくれない。

 実際、かつて勇者と共に魔王を打倒した彼女は、もはやハイドラ王国の象徴的な存在となっており、国民の感情を考えると……仮に後継ぎが生まれたとしても、辞められるのは当分先になりそうだった。


「……はぁ、もうハイドラ王国に国王なんぞ不要じゃろうて……なぜじゃ……」

「お答えしよう! 見た目がロリっぽいからさ!」

「……おや?」

「むっ!? なにやつ!」


 ラグナの溜息にクリスでは無い声が答え、それを聞いた二人は驚きながら周囲を見る。

 このキッチンにはクリスとラグナ以外の立ち入りは禁じており、それなのに誰かが居るということは……即ち侵入者だった。


 警戒を強めながら二人が周囲を見渡すと、大きな釜の上に誰かが居た。


「……一つ、バレンタインとは愛の行事。二つ、チョコレートは想いの欠片。三つ、ボクはお腹が空いている。とぅっ!」

「……こ、この馬鹿丸出しの口上は……もしや?」

「しゅた!」

「着地音は口で言うのですね……」

「愛と正義の美少女怪盗! ハプティちゃん、参上!!」


 まるでプリンのような黒色と茶色のツートンカラーの髪を首の後ろで纏め、動きやすそうな服装に……動きにくそうなマントを付けた。愛くるしいが胡散臭い少女が二人の前に降り立つ。


「や、やはりハプティか!? お主、生きておったのか!」

「いい質問だねラグナ。ボクと君の仲だ……特別割引銀貨一枚でお答えしよう!」

「……い、いや、金を取るのか?」

「親しき仲にも礼儀ありってやつだね!」

「……お主のどこに礼儀がある。いや、そもそも、お主本当にハプティか?」


 現れた少女は、かつてラグナと共に勇者の旅に同行していた自称怪盗、ハプティだった。

 千年以上姿を眩ませていた彼女が現れたことで、ラグナは驚愕しつつも偽物ではないかと考え、訝しげな視線を送る。

 するとハプティは……。


「おおっと、これは……魔族と比べると全然若い癖に、自称年寄りとか言っちゃうラグナじゃないか~見た目思いっきりロリの癖に……実は、ボクの方が年上だったりする! 残念、で、し、た。ぶいっ――うぉっ!?」

「……このウザさ……どうやら本物のようじゃ。久しいな、ハプティ。死ね!」

「なんて純粋な殺意!?」

「やかましい! 人が気にしておることを……許さん!!」


 ウザさ全開で煽るハプティに、ラグナは即座に取り出した大槍を振るう。それを軽快な動きでかわしながら、ハプティはチラリとクリスに視線を向ける。


「あ~そうそう。皇帝陛下?」

「……なんでしょう?」

「……『いまの貴女は前より好きですね』」

「ッ!? それは……光栄ですね」

「ふふ、って、ちょっ!? ラグナ、ストップ! ストップ!!」

「誰がロリじゃ、誰が!! ワシとて好きでこんな体型をしておるんじゃないわ!!」

「えぇぇ!? 気にしてたのそっち!?」


 初めて会うはずのハプティから告げられた言葉……クリスはそれだけで、目の前の少女の正体が何者なのかを察した。

 いまとは違う姿で、真正面から自分に対し嫌いだと告げた存在……その存在の評価が変わったことを嬉しく感じたのか、逃げ回るハプティと槍を振るうラグナを見つめながら微笑んだ。

 その微笑みは、人形であることを誇りとしていた皇帝のものではなく……年相応の、恋する女性の笑顔だった。





可愛くなったクリス……そして、謎の美少女怪盗ハプティ……いったい何リスなんだ……

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― 新着の感想 ―
[一言] ここは…大穴を狙って別次元のクリストミタ!( ゜д゜)クワッ …なんやねん別次元のクリスて…( '-' *)
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