ある意味安定のアリスだった
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青空の下、広場の中心で閃光が爆ぜた。
広場よりかなりの離れた位置にある時計塔……その最上階では、細い遠距離射出用の魔法具を構えた男が口元に笑みを浮かべていた。
「……やった……」
彼が依頼されたのはシンフォニア王国第二王女、或いは勇者役への『攻撃』……そう、殺害では無く攻撃だった。
彼の依頼主からすれば、死なずとも目的……シンフォニア王家の権威を削ぎ、己が優位に立つという目的を達成する事が出来る。
勇者祭における勇者召喚は人界の三国が交代で行う事になっており、巡礼の際の護衛も召喚国が行い、その責任者として王家に連なる位の高い者も同行する……もし仮に、巡礼中に勇者役或いは同行する責任者が怪我をすれば、それは召喚国にとってあまりにも大きな失態であり、王家への不信へと繋がる。
だからこそ、王家も勇者役の護衛は選りすぐりの精鋭で行っており、事実過去の勇者役は大きな怪我をする事はなく、無事に巡礼を終えていた。
怪我をするのはどちらでも良い、護衛の責任者である第二王女でも、祭りの主役である勇者役でも……そのどちらが怪我をしたとしても、シンフォニア王家への信頼は崩壊し、彼の雇い主は甘い汁を吸う事が出来る。
下調べをする為にこの街へは2ヶ月前から滞在していた。あらゆるシチュエーションを想定し、狙撃の用意を整えてきた。
勇者役がこの街を訪れてからも、すぐには行動せず機会を待った……狙撃の射線上に護衛が居なくなるタイミングを待ち続けた。
もしかしたらその機会は訪れず、任務は失敗してしまうかとも考えたが……男にとって幸運な事に、勇者役の知人と会う為に、二人は広場に姿を現し……その知人が訪れた事で、護衛達はその人物を通す為にほんの僅かに隙を見せた。
望んだ最高のタイミング、確かに護衛達の警戒をすり抜けた魔力弾……それは様々な奇跡が重なったと言っても過言ではなく、男は幸運だったのかもしれない……故に『最も犯してはならない過ち』を犯してしまった。
そう、彼は今日この時、撃つべきでは無かった……王女と勇者役だけでなく、訪れた知人について調べておくべきだった。
調べておけば気付く事が出来ただろう、その知人……快人を巻き込む攻撃が『自殺に等しい行為』である事を……
笑みを浮かべ成果を確認する為に望遠鏡を覗きこんだ男の視線の先、広場を包んでいた爆煙が晴れていく。
「……なっ……あっ……なん……で……」
そこから現れたのは、一切の傷を負っていない……土埃の一つすらかかっていない第二王女、勇者役、快人の姿と、鎖のついた黒いローブを着ている……男にとっての絶望の化身だった。
「……まさか……げ、幻お……」
「一つ、説明しておきますが……」
「ッ!? あっ、あぁぁ……」
彼が呟くより早く視界から幻王の姿は消え、直後に彼の横から甲高い声が聞こえてきた。
「私は別にシンフォニア王国の王女が死のうが、勇者役が死のうが……どうとも思いません」
「……あっ、ひっ……」
甲高い声を響かせ、幻王ノーフェイスはそこにいた。
時計塔の窓から身を乗り出していた彼の横……まるで重力など関係ないと言いたげに、時計塔の壁に垂直に立ちながら……
「ですが、あの二人が傷つけば……カイトさんは悲しむでしょう。傷つくでしょう……つまり、こういう事ですよね? 貴方は今、私の目の前で『快人さんの心に傷を負わせようとした』……そういう事ですよね?」
「!?!?」
それはあまりにも冷たく、まるで殺気だけで首を切り落とされたかと錯覚するほどの威圧感だった。
逃げる事は叶わない、己は死刑執行を待つ罪人であり、既に生死の権利は己の手から離れていると……男は一瞬で理解した。
「……ただ、まぁ、私の主はとても優しく甘いんですよ……きっと、貴方を殺すと、それはそれで責任を感じてしまうでしょう……だから、貴方は殺しません」
「……え?」
「二つの選択肢をあげましょう」
「……選択……肢?」
もはや心には恐怖の感情しかないのか、男はノーフェイスの言葉をオウム返しで聞き返すだけ、顔面は蒼白になっており……汗すら流せない程の恐怖を感じていた。
しかしノーフェイスが呟いた殺さないという言葉を聞き、微かに希望を得たのか……ほんの僅かに顔色が良くなった。
しかし、そんな儚い希望は次の言葉で粉々に砕かれる事となる。
「……貴方に今回の件を依頼した存在を素直に話してくれるなら……『二度と日常生活が満足に行えない程度で許してあげます』」
「ッ!?」
「プロとしてのプライドで依頼主を明かせないと言うなら、それも良し……結果は変わりません。貴方は最終的に自分の口でそれを全て話す事になるでしょう。ただ、その場合は……全てを話し終えた後、きっと貴方はこう言うでしょう『お願いだから殺して下さい』と……さぁ、どっちを選んでも良いですよ?」
「あっ、ぁぁぁぁぁ……う、ぁ……」
あまりにも冷たく冷酷な言葉……しかも、ノーフェイスは男の依頼主など、当然の如く把握している。
把握した上で男に選択させようとしている……なにもかもかなぐり捨てて惨めに生きるか、プライドを守って地獄を経験した上で死ぬか……そんな、恐ろしい選択肢を……
「さぁ、選んでください……数秒ぐらいなら待ってあげますよ」
何が起ったのか、すぐには分からなかった。
突如飛来した魔力の球体がカトレア王女に向かい、カトレア王女を庇った光永君に『当る前に爆発した』ように見えた。
その直後に幻王としての姿でアリスが現れ、カトレア王女と光永君が無事である事も確認できた。
「……ッ!? セイギ! だ、大丈夫ですか!? 怪我は? どこか痛い所は? す、すぐに医者に……い、いえ、治癒魔導師を……」
「だ、大丈夫だよカティ。どこも怪我してないから……」
「そ、そうですか……良かった。って、なんて事をするのですか! 私の方が貴方より強いのですよ! あの程度何でもありませんでした……それを、貴方が庇って、もしもの事があったらどうするんですか!!」
カトレア王女は慌てた様子で、恐らく二人きりの時に呼んでいるのであろう『セイギ』と名前を呼びながら光永君の安否を確認する。
そして光永君が無事である事を確認すると、ホッと安心した様子で息を吐いてから、物凄い勢いで光永君を叱り始めた。
う~ん、なんというか、アリスがカトレア王女はリリアさんに似ている性格というのが、今さらながら理解できた気がする。
先程の大慌ての様子なんかは、リリアさんが俺の体調を心配してくれていた時と同じ感じだ。
「ご、ごめん。でも、ほら、大丈夫だから」
「本当に貴方は……あ、ありがとうございます」
カトレア王女と光永君、その二人の仲の良さを改めて実感して、なんだかこんな状況だけど少し微笑ましく感じていると、俺達の前にアリスが姿を現した。
「げ、幻王様!? あ、あの、先程は……」
「カイトさん、襲撃を行った者は確保しました。ついでに背後関係も洗っておきましたよ~」
カトレア王女をガン無視である。
「あ、ありがとう……えと、その襲撃者って……」
「大丈夫ですよ。殺してません」
「そ、そっか……」
流石アリスというべきか、なんとも素早い仕事で襲撃者を捕らえ、背後関係も洗ってしまったみたいだ。
そしてその報告を俺に行った後で、アリスはようやくカトレア王女の方を向き、幻王の姿の際の甲高い声で告げる。
「シンフォニア王国第二王女……この件、こちらで片をつけて構いませんね?」
「は、はい。勿論です」
「では、カイトさん。私は愚か者を処理してきますね」
「え? あ、うん……でも……」
「分かってますよ。絶対に殺すな、ですよね?」
俺の言いたい事は分かっていると頷くアリスだが、それはちょっと違うので訂正しておく事にする。
「いや、違う」
「……え?」
「あくまで『出来る限り』……もし、アリ――ノーフェイスが怪我したり、お前に危険が及ぶようなら、躊躇なく殺してくれればいい」
「……カイトさん」
そう、あくまで可能な限りでいい。別に俺は見ず知らずの相手の生死に拘ってるつもりはない、普段出来るだけ殺さないようにと頼んでいるのだって、あまりアリスが他者を殺す所を見たくないだけで、アリスの敵の為に言ってる訳じゃない。
「見ず知らずの相手の生死なんかより、ノーフェイスの安全の方がずっと大切なんだから……必要なら殺してくれればいいから……」
「そ、そうですか……そそ、そう言われると、ちょ、ちょっと照れますね……」
「あ、えっと……ともかく、よろしく頼む」
「……はい。我が主……貴方の御心のままに」
そう告げるとアリスは仰々しく芝居がかった動きで一礼し、姿を消した。
アリスに任せておけば、とりあえずは安心だと、そう思っていると……背後から声が聞こえてきた。
「まぁ、行くのは分体なんて、本体のらぶり~アリスちゃんは変わらずいますけどね! 大丈夫ですよ! 愛しのアリスちゃんはちゃんとここにいますので、たっぷり愛でてくれてOKですからね!」
「……割と台無しなんだけど」
「……え?」
なんか今ちょっとカッコいい空気だったのが、思いっきり台無しにされた気がする。
なんてコイツは、最後までカッコ良くしめてくれないのかなぁ……
拝啓、母さん、父さん――襲撃者はアリスが素早い仕事で片付けてくれて、背後関係に関しても対処してくれるみたいだ。それは本当にありがたいし、アリスは頼りになるけど、なんか、こう――ある意味安定のアリスだった。