閑話・その感情の名を知らない
人生は何事もほどほどが一番というのが私の信条だ。人は常時100%の全力を出せるようにはなっていない。そんな全力を出し続ければどこかに無理が出る。
だから日々を生きる時に発揮する力は70%ぐらいでいいんだ。もちろん死力を尽くして全力で臨まなければならない事態というのも、長く生きていれば何回かはあるだろう。その時には100%でも120%でも出せばいい。あくまで平時の話だ。
私は平凡な日々を全力で頑張りたいとは思わないし、出来るだけ努力もしたくない。
別に全力で頑張る人たちを冷笑しているわけじゃない。努力は必要だと思うし頑張れるのは凄いと思う……ただ私は頑張りたくない、努力も可能な限りしたくないというだけの話だ。
欲が無いわけじゃない。お金も欲しいし美味しいものも食べたい……でも別に、使いきれないほどの大金を持って豪遊したいというわけでもなく、世の美食を食べつくしたいというわけでもない。日々の生活の中で不自由しない程度で問題はない。
冷めていると言えば冷めているのかもしれないし、枯れていると言えば枯れているのかもしれない。ただ、別に私は日々の生活に不満は無いし、なんだかんだでそれなりに楽しく生きている。
労働はすべからくクソだと思っているし、労働しなければ生きていけない社会の構造は嫌いだ。けど、まったく労働せずに自堕落な生活をしていたら、それはそれで楽しくはなさそうで……日々の労働があるから休暇などで解放された時が楽しいと思うと、労働はクソだが充実した日々を送るには必要なものなのかもしれない。
酒とタバコとギャンブルが好きで、面倒を嫌う事なかれ主義、信念だとか誇りだとかも特に無い……そんな私は、まぁクズ人間だとは自認しているが、別に他人に迷惑をかけなければ……緩く楽しく生きれるのが一番だと思って特に気にしていない。
労働はクソだと思っているし自認もクズではあるが、適当に仕事をしたり仕事をサボったりするわけではない。
仕事にはちゃんと本気で取り組んでいる……全力では無いというだけだ。
別になにか過去に劇的なことがあったとか、きっかけがあってそういう考えになったとかではなく、昔からそんな感じだった。
そんな私にとって、異世界から召喚事故でやってきた三人は……まぁ、別にどうでもいいというのが本音だった。
実際に召喚事故があってカイトくん、アオイちゃん、ヒナちゃんの三人が屋敷に滞在することが決まってしばらくは、使用人やメイドの中で話題に上がる頻度は高かった。
特に様々な事情からリリアちゃんの屋敷に訪れることがほぼ無かった男性であるカイトくんに関しては、同情的な意見も否定的な意見も多く出ていた。
同情は、まぁいいとは思う。実際にいきなり知らない世界に放り出されたも同然なわけで、いろいろ不安とかはあるだろうし、気にかけたり力になってあげたいと考えるのはいいことだと思う。
否定的な意見の方は、正直……馬鹿なのかなぁ? とは思ってた。異世界人であるとか男性である以前に、屋敷の主であるリリアちゃんが客人として迎えた相手なんだから、それを使用人が己の好き嫌いで扱いを変えるなんて発想が理解できない。
女性であれ男性であれ、現地人であれ異世界人であれ、家主のリリアちゃんが客人としているのであれば、それは客人であり適切に対応する……のが普通だと思うんだけど、騎士団出身者の中には血の気が多い子もいたからかな?
まぁ、イルネス先生が明確にカイトくんの味方だったし、イルネス先生に頭の上がらない人は多いから、そのうち自然と否定的な意見は消えていったけど……。
私個人の意見としては、本当にどうでもよかった。同情も否定も、なんだかんだで体力を使うものだ。私はリリアちゃんの屋敷のメイドとして与えられた仕事を適切にこなしつつ、普通に接すればいいやってそんな感じだった。
……分かんないもんだよねぇ。なんかそうしてたら、カイトくんとやけに仲良くなった。う~ん、まぁ、アレかな? 同情ってされる側も結構気を使うもんだし、なんも考えずにフラットな状態で接してた私ぐらいの距離感がよかったのかな?
分からないけど……単純に気も合った。私は仕事以外に関してはかなり適当だし、気を抜きまくってるが……カイトくんも割とプライベートじゃ気を抜いてることも多いタイプだ。まぁ、私と違ってやる時はバッチリ決める子だから似てるって言うと失礼かもしれないけど、緩い感じで気が合って仲良くなって……う~ん、気付けばなんかだいぶ好きになってた気がする。
別に劇的な出来事とか、恋愛小説みたいな展開とかがあったわけじゃなくて、普通に話して気が合って仲良くなって、何度も話すうちに好意も自然と大きくなったとか、たぶんそんな感じだろう。
強いて言うならアレかな? カイトくんの傍だとゆる~く気を抜いてられるから居心地がいいのかな……う~ん、分からないな。
「……ヴァネッサさん? いきなり考え込む様な顔して、どうしたんです?」
「う~ん。人を好きになる切っ掛けってなんだろうなって考えてたんだけど……これ考え込むと面倒なやつだね。考えるのや~めた」
「えぇぇぇ……」
「別に切っ掛けだとか、動機だとかなんでもいいんだよ。自分で自分の気持ちを理解できてたらそれで充分でしょ。というわけで、カイトくん、大好きだよ~。だからその最後の一個の卵は、私にちょ~だい」
なかなかどうして、自分の気持ちってのは難しいものだ。恋って呼ぶほど純粋な気はしないし、かといって愛と呼ぶほど深いわけでもない。
私は……君に向ける気持ちを表現する適切な言葉を知らない。
だからまぁ、いいんだ。とりあえず、君が好きってことだけ自覚してて、いまのこの時間が楽しくて、これからもこんな日々が続いていけばいいなって思えてるなら……たぶんそれで十分だ。
シリアス先輩「たぶん本人が言ってる通り、同情するわけでも敵視するわけでもなく、最初から自然体で接してくれてたのが快人側からの好感度が上がった要因だと思う。色っぽい部分にドキドキしたり、快人の方も女性として意識してる感じもあったし……くそっ、結構ヒロイン力がありそうな……甘い話も作れそうなポテンシャルを……厄介な……」




