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女神から祝福された

 端麗な顔、完璧なプロポーション、美しい声、美の女神さえ裸足で逃げ出しそうな程のスペックを持ちながら、無表情、無感情、天然ととんでもなく厄介な要素も抱えた女神――シロさんとの会話は続く。


「……」

「……」


 いや、会話続けて下さい。これはアレか、やっぱ俺の方から振らないと駄目なパターン?


「はい」

「……そこは嘘でも否定して頂きたい」

「では、嘘ですが私から話題を振ります」

「……あ、はい」

「……」

「……」


 言葉通り嘘だった!? どうすりゃいいんだこの女神……ほ、ほら、折角俺の心が読めるんだし、その辺を生かして話題を切り出して下さい。

 色々あるでしょ? 元の世界での話だとかそう言う話題を……


「では『膝黒の書 第二章』という蔵書の話を」

「ッ!?」


 おい、馬鹿やめろ――なに勝手に中学時代の黒歴史ブラックヒストリーを発掘しようとしてるんだ!!

 マジでやめてください、死んでしまいます。


「何故この蔵書は漆黒の『漆』を『膝』と記したんでしょう?」

「~~!?!?」


 やめてぇぇぇぇ!? 漢字の添削始めないでえぇぇぇ! ほんとそれは触れちゃ駄目なやつだから!! ただでさえ削られてる俺の心が粉々になっちゃうから!!

 何でよりにもよって人の心読みとって、狙い澄ました様に恥部を引っ張りだした!? 絶対わざとやってるだろ!?

 この流れは駄目だ。話題、何か話題を……


「そ、そう言えば! 神様によって祝福の効果は異なるってお話ですけど! シロさんの祝福には一体どんな効果が?」

「……さあ?」

「さあっ!?」


 シロさんに会話の主導を握らせたままだと、俺の精神が崩壊してしまいそうだったので、殆どないコミュ力を必死に総動員して話題を切り出してみたのだが……俺の耳と目が可笑しくなったんだろうか? なんか、この女神様、自分の祝福の効果を知らないみたいに無表情のまま首を傾げて「さあ?」とか返して来たんだけど……冗談ですよね?


「いえ、なにぶん祝福など初めて行いましたし、どのような効果があるかは把握していません」

「……祝福、初めて?」

「はい。私は基本的に人界には出向きません」


 クロの知り合いって事で多少は予想していたけど、やっぱりシロさんは上位神とかそういう存在で祝福を行った事は無いらしい。


「では、質問を変えます。シロさんが司っているのってなんですか?」

「別に何も司ってはいませんよ」

「……は?」


 俺はてっきり神様というのは皆『○○の神』みたいに、何かしらを司っているものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい――もうやだ、この女神。

 どうしよう、もう俺の精神力はゼロに近いんだけど……これ以上会話続けられる自信が無いんだけど……


「では、話を先の蔵書に戻しますが……」


 あ、待って。やっぱ続ける。頑張って続けますので、そこに戻さないで下さい。


「やはり、人間というのはそういった大きな力に憧れを持つものなのですか?」

「……え?」


 てっきり黒歴史暴露に話が戻るかと思っていたが、シロさんが告げたのは疑問だった。

 相変わらず声に抑揚は無く、表情も一切変化していないが……何故か先程までとは違い、心から不思議に思っている様に感じられた。


「……」


 だからだろうか、俺はすぐに返答を行う事は出来なかった。人間は大きな力に憧れを持つものなのか否か……それは、シロさんが生まれながらに強大な力を有している神様だからこその疑問なのかもしれない。

 どう答えるべきだろうか? いや、どうせシロさんは俺の心が読めるんだし、変に取り繕っても意味は無い。なら思った通りの事を……


「憧れるんだと、思います。強大な力、物凄い叡智、富に名声……俺自身、憧れた事は何度だってあります」

「では、差し上げましょう」

「……え?」

「私がこうして人間と会話する事は稀です。折角の奇縁ですし、貴方の望む物を一つ差し上げましょう。思うがままに事を成せる力? 世界の真理に触れられる程の叡智? 使いきれぬ富? 崇め称えられる程の名声? 何でも構いませんよ」

「……」

「さあ、貴方の望みを告げてください。人の身にあっては決してたどり着けぬものでも、私は差し上げる事が出来ますよ」


 まるで当り前の様に女神は告げる。なんでも、お前の望むものをくれてやろうと――お前を何者にでも変えてやれると……

 何でも望みが叶う――この方に願えば、俺は『特別』になれる。


 心が強く震えた。もがいても苦しんでも手に入らなかったものを、目の前の神様は与えてくれると言っているんだ。

 断る理由なんてない。望まぬ道理なんてない――なのに、何だろう? この心の奥底に引っ掛かる何かは……


 目を閉じ、最近ようやく近くに感じられるようになってきた自分の心の奥底をノックする。

 俺の望んでいる物は何なんだと……俺は一体何が欲しいのかと……静かに、自分自身に問いかけ、俺はゆっくり目を開けて女神の全てを見通す瞳を見つめ、得た答えを口にした。


「……結構です」

「何故?」

「……たぶん貴女は、俺が本当に欲しい物を与える事は出来ないと思うから……」

「……」


 今さらではあるが、凄まじい力を持った神様に対して無礼極まりない発言なのかもしれない。それでも、やっぱり俺には、この方が俺の望みを叶えてくれる存在だとは思えなかった。

 強大な力に憧れる気持ちを否定する気は無い。実際俺だって何度も望んだ事がある。

 無双してハーレムを築いて、好き勝手に生きる……それはきっと、大きな満足感に満ち溢れているのだろう。それは確かに、俺が憧れた物の一つなんだろう。

 だけど……俺の頭に浮かんだのは、無邪気に笑うクロの笑顔だった。


「……言ってくれたんです。アイツは俺に……今はそれで良いんだって、これから探していけばいいんだって……」

「……」

「凄く、嬉しかった。もがいて苦しんで、見苦しい程カッコ悪く足掻く俺の背中を押してくれたんです」

「……」

「俺は非力で弱い人間ですから……分不相応って言うんですかね? 貴女の与えようとしてくれているものは、俺には少し重過ぎます」

「……金銭以外重量があるものではないですよ」

 

 表情を変えずに告げられる言葉に、思わず苦笑してしまう。シロさんって、実はけっこう面白い方なんじゃなかろうか?


「まぁ、ともかく……無敵の力も、絶対の叡智も、莫大な財産も、鳴り止まない歓声も、俺には必要ありません。俺が心から望んでいるのは……苦しんで、もがいで、不格好で、みっともなくても『自分の手』で掴み取る何かだと思うんです」

「……」


 これは俺が恵まれているからこそ出てきた答えだとも思う。そう、俺は本当に恵まれている。人にも、環境にも、あまりにも恵まれ過ぎているからこそ、こんな甘く夢見がちな望みを口に出来るんだろう。

 だけど、これは俺が確かに自分で得た答えだから、たとえ相手が神様であろうと……この返答は変わらない。


「折角提案して下さったのに、申し訳ありません。でも俺の答えは変わりません、提案は辞退させて頂きます」

「……」


 シロさんは何も言わない。ただ黙って俺の独白を聞き、頭を下げる俺を見つめる。

 そして俺が顔を上げて再び目を合わせた時――シロさんの纏う空気は一変していた。

 先程まで前を見ている事以外は分からなかった金色の瞳は、確かに俺という存在を映しており、注意してみなければ分からない程微かではあるが、一切変化がなく感情の欠片も感じられなかった表情……その口角が微かに上がっている様に見えた。


「……気が変わりました」

「え?」


 抑揚の無い声で告げた後、シロさんは椅子から立ち上がり、指を軽く横に振るう。

 すると俺の体が再び微かに光り、直後にガラスが割れる様な音が聞こえた気がした。


「クロの頼み故に承諾しましたが、私自身は貴方に何の興味もありませんでしたし、下級神のものを真似て祝福を行いましたが……気が変わりましたので解除させて頂きました」

「えと……」


 さっきの音は祝福を取り消した音だったのか……怒らせてしまったんだろうか? いや、確かに無礼だったと言われれば反論の余地は無い。

 折角頼んでくれたクロには、悪い事をしたのかもしれないな……

 っと俺がそんな事を考えていると、直後に景色が一変した。


「ッ!?」


 先程まで居た空中庭園ではなく文字通りの空中。眼下には緑の大地と青い海、空は真ん中から二色に割れて青空と星空がそれぞれ覗いている。

 まるで切り取った世界を繋ぎ合わせたかの如く異様な光景の中で、俺の体は空中に浮いており、少し離れた場所にシロさんの姿もあった。


「今、私は貴方という存在に『興味を抱きました』――故に、真面目に行う事としましょう」

「!?!?!?」


 呟く様に告げた言葉と共に、シロさんの体から表現する言葉が見つからない程凄まじい威圧感が放たれ、呼応する様に眼前に広がる世界が揺れる。


「我が名――シャローヴァナルの名において――世界に告げる」


 言葉と共に空気が震え大地が脈動する。


「かの者――宮間快人を――我が祝福を受けるに値すると認める」


 声を張っている訳でもなく、何か道具を使っている訳でもないのに、その声はまるで世界全てに届くかの如く響き渡る。


「故に――我が名――シャローヴァナルの名において――世界に命ずる」


 大地が煌めき、海が光り、空もより一層その輝きを強める。


「大地よ――かの者を守るゆりかごとなれ――海よ――かの者を育む衣となれ――空よ――かの者を包む翼となれ――星よ――かの者を導く標となれ」


 幾千幾万もの光が大地から、海から、空から、星から、流星の如く放たれ、俺の周囲を渦巻く様に回り始める。


「我が名――シャローヴァナルの名において――かの名――宮間快人の名を――我が加護の及ぶものとして――我が名と連ね――世界に記す事を許す」


 そして目を開けていられない程の凄まじい光が収束していく中で、俺は、確かにそれを見た。


 まるで世界中の美を凝縮したかの様な――美しい女神の笑顔を……


「宮間快人――クロが見初めた異世界の迷い子――見事でした――貴方は確かに己が宣言した通り自らの手で勝ち取った――私から――興味という名の確かな成果を――故に与えましょう――貴方に――世界の祝福を――」


 拝啓、母さん、父さん――俺自身の望みをやっと見つけたよ。そして――女神から祝福された。






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― 新着の感想 ―
何か涙出たよ、良いね
ここのシロが相当好意的な態度取ってたのって多分クロに先越されたから挽回しようとしてたんだろうな…
[一言] 膝もしつって読むし大丈夫大丈夫(目逸らし)
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