面白い方だったよ
なんだか物凄い祝福を受けた気がするが、特に俺の体に変化は無くいつの間にかお茶が再開されていた。
「まぁ、別に身体能力が向上したりする訳でもありませんからね」
再び無表情に戻ったシロさんも向かいの席に付いている。
確かリリアさんの話では祝福というのは一種の防御魔法みたいなものだと言っていた。でも、ここでどんな祝福なんですかって質問したとしても、シロさんはたぶん「さあ?」って答えてくるだろうし……
「これで、風土病とかにかからなくなるんですか?」
「はい」
ふむ、成程……ちょっとだけシロさんとの会話の仕方が分かってきた様な気がする。
「……シロさん」
「なんでしょう?」
「黙々と食べ続けてますけど、美味しくないんでしょ? そのベビーカステラ」
「はい、災厄の一つかと思う程酷い味です」
「別の物出したら良いんじゃないんですか? 例えば、シロさんが美味しいと思うものとか……」
「成程」
「あ、紅茶の茶請けに、紅茶出すとかは無しで」
「……!」
何と言っていいのか、人間とは適応する生き物であるというのを実感している。
というよりも、先程の祝福の一件以降、俺の方に何と言えば良いのか少し精神的な余裕が出てきた。
というのも先程までと違い、シロさんは俺の方をちゃんと見ているのと、シロさんにもちゃんと感情があるって事が分かったお陰で、さっきまでの様な話すだけで精神が削られていく重々しさが無くなっていた。
後、本当によく見ないと分からない程だけど……ちょっとだけ表情の変化も分かるようになってきた。
口角が数ミリくらい微妙に上下する様になってるし、今瞬きを短く二回行ったのはたぶん図星を付かれて驚いたって感じかな?
「その通りです」
声に抑揚がないのは相変わらずだが、慣れるとこれもシロさんの個性だと感じるようになり、さほど気にはならなくなった。
そんな俺の考えを肯定しながら、シロさんは新しくクッキーをテーブルの上に出現させてくれる。
一見普通のクッキーなのだが、これもまた壮絶な程美味しい。なんか見た目がクッキーってだけで、別の崇高な何かに思えるほどだ。
「そう言えば、シロさんとクロは仲が良いんですか? 依頼を受けたって言ってましたけど」
「ええ、よく一緒にお茶を飲みます」
「何かクロが喋りまくってる姿が想像できますね」
「私が一言喋る前に、クロは三言位喋ります」
「あはは」
う~ん。クロとシロさんの組み合わせ……体格も性格も全然違う奇妙なコンビだけど、会話をぐいぐい振ってきて、なおかつ細かい事を気にしないクロと、自分からは会話を全然振らないけど振られた会話には答えるし、良くも悪くも天然なシロさんは相性がいいのかもしれない。
少なくともシロさんの方はクロを良く思ってるみたいで、今もちゃんと口角が数ミリ上がっていた。
うん。何となくだけどシロさんの感情の変化も分かってきたし、会話のコツも掴めてきた。
シロさんは良くも悪くもこちらの言葉を言葉通り受け取り、素直で真っ直ぐな反応を返してくれる――もの凄い分かり辛い変化ではあるが表情も変わる。
そうなってくるとシロさんとの会話も楽しくなり、いつの間にか時間を忘れ自然な雑談が続いていた。
「お連れの祝福が終わった様ですね」
「あれ? もうそんな時間ですか?」
「はい。貴方がここを訪れてから93分が経過しました」
「早いものですね」
唐突に告げたシロさんの言葉を聞くと、いつの間にやら1時間半以上経っていたみたいだ。
そして同時にシロさんの隣に扉が現れる。たぶんそこを通れば戻れるという事だろう。
シロさんとの会話は楽しかっただけに、非常に名残惜しいが席を立つ事にする。
「……貴方は、変わった人間ですね。私との会話を楽しかったと等と表現する人間は普通いません」
「そうですか?」
微かに口角を上げて告げるシロさんの言葉に、俺は首を傾げる。
確かに最初は会話が続かないとか感じたけど、話していく内にそんな感覚は無くなった。
「その適応力は、貴方の才と言えるやもしれません」
「あはは、流されやすいだけかもしれませんけどね」
「かもしれませんね」
「やっぱり否定はしてくれないんですね!?」
まぁ、シロさんはこういう方ではある。だからこそクロと話しているのとはまた違った面白さがある訳だが……
「よろしければ、またお茶にお誘いしても?」
「ええ、是非。今度はクロも一緒にというのも良いかもしれませんね」
「それは楽しそうですね」
「あ、でも、心臓に悪いので唐突に転移? みたいな事するのは勘弁してくださいね」
「………………考えておきます」
「出来ればそこは即断即決して頂きたい」
「考えておきます」
「返答までの『間』の話じゃないですからね!?」
まぁその場合は十中八九会話の主導権はクロが握りっぱなしになるだろうけど、それはそれで楽しそうだ。
お茶会というのはどうも貴族的な、優雅でお洒落なものを想像して自分には合わないだろうとか思っていたけど……実際やってみると、美味しい紅茶を味わいながら雑談をするのは楽しいもので、喫茶店とかで会話するリア充達の気持ちが少しわかった気がする。
そんな事を考えていると、シロさんがこちらに掌を向けてその上に小さな瓶に似た物を出現させる。
「どうぞ」
「良いんですか?」
「はい」
そう言って差し出された瓶を受け取ると、中には乾燥した茶葉……あ、コレひょっとしてあの滅茶苦茶美味しい紅茶のかな? これは素直に嬉しい。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ楽しい時間でした」
そう言って口角を微かに上げ、相変わらず抑揚の無い声で告げながらシロさんは微かに指を振るい。その動作だけで俺の服が法衣に着替える前の物に戻る。
そしてもう一度シロさんにお礼を言ってから、扉を開いた。
拝啓、母さん、父さん――なんだかんだ戸惑いもあったけど、シロさんは――面白い方だったよ。
快人が扉をくぐって扉が消えるまで見送った後、シャローヴァナルは空中庭園に悠然と佇む。
「貴女が気に入る訳ですね。確かに彼はどこか、貴女と似ていましたよクロ。性格等では無く、その魂の煌きが……」
誰にでも無く呟き、微かに口角を上げる。
「偶には、一個の命に対し視線を向けてみるのも一興ですかね」
呟く様な言葉と共に風が吹き、空中庭園に咲く花々が躍る様に揺れる。雲一つない空は澄みわたり、広大な大地も悠然と時を刻む。
まるで彼女の心を映すかのように――それは、楽しげに――