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とんでもない天然だったよ

 神殿の扉を開けるとそこは――空中庭園だった。

 いや、別にギャグで言ってるとかではなく、本当に扉を開けて中に入ったら眼前にあったのは人一人いない空中庭園。しかもご丁寧に今くぐったばかりの扉も消えて無くなっている。

 正直頭が全く追いついていないんだけど……え? これが控室って事なの? もしかして俺が知らないだけで、これが当り前なのか――いや、流石にそれは無い。だって部屋ですらないからね!?


「……」

「え?」


 そしてそれはあまりにも唐突で、あまりにも自然にソコに居た。

 そう、気が付いた時には音も気配すら感じさせず、俺の数メートル前に一人の女性……いや、得体のしれない『ナニカ』が居た。

 絶世の美女――それ以外の感想が出てこない。膝まで届く程に長い銀白色の髪は一切の癖も無いストレートで、淡く輝いている様にさえ見え、その目は僅かな曇りもない金色。

 160後半程の身長に白い法衣を纏った体はこれこそが黄金比だと思えるほどあまりにも美しく――そして何よりも不気味だった。

 

 俺はクロと出会った時、夕日を背に立つ彼女の姿を芸術みたいだと感じたが、今目の前に立つ女性はそんな比喩ではなく言葉通りの芸術。

 そう、目の前の女性はあまりにも何もかもが完成され過ぎており、それが言い様のない異物感を発している。

 目の前に居る筈なのにまるで、完成された絵画を見ている様に現実味が無く、そして本能が目の前の存在が己とは『別次元』の存在だと強烈に告げてくる――これが、神様?


「初めまして、宮間快人さん。クロムエイナに見初められし異世界の人間。私は『シャローヴァナル』、よろしくお願いします」

「……」


 完全に言葉を失っている俺の前で女性が口を開き、俺の背筋にはゾクリと冷たい何かが走った。

 その声は福音かと思う程美しく、同時に言葉にならない程強烈な違和感を感じる。

 何故そんな感想を抱いたのかは、すぐに理解出来た。先程の言葉が目の前の女性から発せられたものだとは、とても思えなかったからだ。


「突然の事に驚きかと思います。クロムエイナの依頼でここに案内させてもらいました。景色が良い方が心が落ち着くと言いますしね」

「……」


 言葉だけとってみれば、なにも可笑しなことは言っていない筈だが――彼女の声には、抑揚というものが一切感じられない。

 綺麗な声の筈なのに、同じ大きさ、同じ速さ、同じ強さで放たれる声からは一切の感情が感じられず、まるで機械音声の様な……いや、機械音声の方がまだ感情があるのではないかと感じる程に彼女の声は一定だ。

 更に表情も感情など初めから存在しないかの様に変化しておらず、金色の瞳は俺を見ているのか俺など居ないものとして背景を見ているのかさえも分からない。

 人は理解の及ばない存在を恐れると言うが、俺が今感じている背筋の冷たさは正しくソレだろう。


「随分混乱している様ですが、大丈夫ですか?」

「……え? あ、は、はい……すみません」

「謝罪の必要はありません。突然お呼びしたこちらが悪いのです」


 やはり全く表情にも声にも変化は無いままで語るシャローヴァナル様の言葉に、必死に固まっていた頭を動かし言葉を返す。


「み、宮間快人です。よ、よろしくお願いします。えと、シャローヴァナル様……」

「私の呼び名は『シロ』で結構です。クロムエイナ――クロは私の事をそう呼びます」

「い、いや、でも、えと……」

「私の呼び名はシロで結構です。クロは私の事をそう呼びます」

「えと……シロ様?」

「様も不要です」

「いや……」

「様も不要です」

「流石にそんな訳には……」

「様も不要です」

「あ、はい……シロさん」

「よろしくお願いします」


 やっと会話が進んだ!? 全然引いてくれねぇよこの方!? 無限ループ!?

 ……言う通りにしますので、そのリピート再生みたいな声やめて下さい。マジで怖いです。

 正直こんな明らかに別次元の存在をそんな呼び方するのは抵抗があったが、全く変化しない表情と声で同じ内容を何度も繰り返され、俺は観念して呼び方を改める。


「で、では改めて……シロさんは、クロから頼まれたって言ってましたけど……どうして俺をココに?」

「尤もな疑問だと思います――では、これより祝福を行います」

「え? へ?」


 あれ? 可笑しいな……この方こっちの質問全然聞いてくれてなくない? 感想言っただけで、説明してくれる訳じゃないの!?

 抑揚の全くない声で告げた後、シロさんは俺の質問には答えず軽く手を向ける。


「貴方に祝福を」

「ッ!?」


 短く感情の無い言葉が告げられ、俺の体が一瞬光った様に見えた。

 しかし別にそれ以外に変化は無く、光もすぐに収まる。あれ? これで終わり?


「では、お茶にしましょうか」

「はい?」


 ちょっと待って、お願いだから少し状況を説明して下さい。何がどうなってるのか全く分かってないんです。

 シロさんはクロに何を頼まれたのか、祝福はこれで終わりなのか、後何でお茶する事になってるのか、簡単にでいいから説明をしてください!?


「クロからは貴方への祝福を依頼されました。祝福は完了です。まだお連れの方の祝福が終わるまでは時間がかかるので、親睦を深める為にお茶を共にしましょう」

「あ、はい」


 かと思ったら全部簡潔に説明してくれた!? 本当にこの方の事が全然分からない……神様ってのは、こう言うものなのだろうか?

 正直今すぐにでも頭を抱えて蹲りたいところだが、いつの間にか目の前にはガーデンチェアとテーブルが現れ、シロさんは席についている。

 席に着かないとまたさっきみたいな無限ループになりそうな気がして、俺はシンプルながら美しい純白のガーデンチェアに座り、シロさんと向かい合う。

 すると当り前の様に目の前には琥珀色の液体が注がれたカップが現れている。


「……」

「……」


 き、気まずい。無音と無表情のコンボは本当に気まずい。か、会話を……せめて何か会話をしなければ……

 だ、大丈夫だ。この世界に来て色々な事を経験したお陰で、元ぼっちとは言え俺のコミュ力だって多少は成長してる筈……何か、何か会話の糸口を……

 向かい合って座ったものの……まったく会話が始まらず、俺は少々焦りながらも会話の糸口を探す為に目の前の紅茶らしき飲み物を口に運ぶ――って美味っ!? なにこの紅茶? 俺でも分かる程、とんでもなく美味しいんだけど……流石神様が用意してくれたお茶と言うべきか……そうだ、先ずはこのお茶を切り口に……


「お、美味しいお茶ですね」

「お口に合った様でなによりです」

「……」

「……」


 会話が全然続かないんだけど!? というか、話を続けようとしても完全な無表情と抑揚の無い声のコンボで全く次に続けられない。

 くっ、俺のコミュ力がレベルアップしたと思っていたのは気のせいだったみたいだ。現実は非情である……というか、そもそも俺は基本的に相手の言葉を待って受けるタイプだ。

 長いぼっち生活の中で身に付けたのは、いかに相手の話に合わせるか……つまり初動は相手からで、いかにそれに無理なく合わせて会話を続けるかに集約されている。

 この会話術は多くの相手に一定以上の効果を発揮する上、特にクロの様な向こうからどんどん話を振ってくれるタイプには非常に効果的だ。

 しかし、残念な事にこの受けの会話術には致命的な欠点がある。それは同じタイプの相手とのタイマンでは、まったく効果を発揮してくれないという欠点。現状のシロさんとの向い合って沈黙している状況はまさにそれだろう。

 まだこれが普通の相手であればこちらから切り込む事も出来るんだが、シロさんは本当に何考えてるか分かんないというか、どうやって会話して良いかすら分からない難敵……シロさん、何でもいいんで喋ってくれません?


「では、質問させてもらいたいのですが――コミュ力というのは何ですか?」

「……コミュニケーション能力の略で、要は会話を上手く行ったりする力の事です」

「成程――ではぼっちというのは?」

「一人ぼっちの略みたいなもので……てか、シロさん。もしかして俺の心の中とか読めるんですか?」

「読めますよ」

「あ、そうなんですね」


 当り前の様に肯定してきた!? という事はさっきまでのも全部読まれてたって事!? 何か物凄い恥ずかしいんだけど……

 じゃあ、やっぱりここはシロさんに会話の主導を握ってもらった方が……


「ああ、茶菓子も用意しなければいけませんね」

「……」


 さっきから思ってたんだけど、この方マイペース過ぎじゃない? 自由なの? ねぇ、自由なの?

 こちらの状況などお構いなしに、変わらぬ表情と声のままで会話を切りかえるシロさん。古今東西に語られている事ではあるが、神様というのは人の心境を理解してはくれないらしい。


「どうぞ召し上がれ」

「……シロさん、貴女もですか……」


 正直クロの知り合いって時点で嫌な予感はしてたんだけど、当り前の様に目の前に現れる。間違いなくこの異世界に来て一番目にしてるであろうベビーカステラ。

 もはや文句を言う気力も無く、食べ慣れたそのベビーカステラを口に運び……


「!?!?!?!?」


 ――悶絶した。

 ベビーカステラを一噛みした瞬間口の中に突き抜けるような辛さが広がり、それは口内だけでなく鼻孔にまで突きささる。

 こ、これってまさか――わさび!?

 え? なんで、何でベビーカステラの中にわさびが入ってるの!? 嫌がらせ? 完全に別のベクトルの存在じゃない? 本来出会う事の無い組み合わせなんじゃ……


 わさび入りのベビーカステラ――甘みと辛みの異様なまでの不釣合な味は、猛烈な不味さとなって口の中に広がり、俺は吐きだしたい気持ちを必死に抑えてお茶でそれを流し込む。

 そしてこの新たなトラウマを刻んでくれたあまりに酷い茶菓子を出した張本人に視線を動かすと、シロさんは特に表情を変化させる事も無くそれを口に運んでいた。

 ……何で普通に食べてるの? まさかこれ、嫌がらせとかじゃなく普通に茶請けとして出してきたのか? こ、この方……存在だけじゃなく、味覚も可笑しいんじゃなかろうか?


「し、シロさん?」

「何でしょうか?」

「ソレ、美味しいんですか?」

「いえ、泥でも食べたほうがましかと思う程酷い味ですね」

「……」


 じゃあ、せめて少しでいいからそういう気持ちを表情とか声に出して下さい!!

 てかそもそも、何でそんなものを作って、茶菓子として出して来たんだ! 言え!!


「以前クロから『試しに作ってみたけど、信じられない位不味かったからあげる』と、頂いたものです」

「……でも、シロさんの感想としても不味いんですよね?」

「はい。この世にこんな酷い食べ物があったのかと思う程ですね」

「……じゃあ、何でそんな代物を茶菓子に出してきたんですか?」

「クロから『お茶と一緒に食べるのはベビーカステラが一番』と聞きましたので、折角宮間快人さんと親睦を深めるのですから、歓迎の意味を込めて一番良いと聞いたものを出しました」

「……でも、シロさんの味の感想としては?」

「存在そのものが罪と思える程、酷い味ですね」

「……」


 俺は今この方の事を少しだけ理解した。相変わらず表情や声は全く変化していないが、この方はたぶん……とんでもなく天然だ。

 無表情で無感情の天然って、物凄い性質悪い。ほんの少し前まで、俺が彼女に対して抱いていた畏敬の念とかそういうのをまとめて返してほしい位なんだけど……


「それは、物品ではないので返却は困難だと思いますが?」

「……比喩です」


 拝啓、母さん、父さん――神様と出会ったんだけど……その神様は不気味なほど無表情で、寒気がする程感情を感じなくて……あげく――とんでもない天然だったよ。

 



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― 新着の感想 ―
改めてみるとシロさんだけじゃなくカイトのコミュ力もすごい成長してたんだなぁ
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