海に来たよ
シロさんとのデートに行く為玄関を出ると、神族が勢揃いしていた……意味が分からない。
茫然と立ち尽くしている俺に、クロノアさんが気付いて振り返る。
「おお、ミヤマか。早いな」
「え? ああ、えっと、おはようございます。シロさんを待たせる訳にはいかないので」
「うむ、良い心がけだ。今日一日シャローヴァナル様の事を頼んだぞ」
「あ、はい」
クロノアさん!? 会話自体はごくごく普通なんですけど……神族の視線が集中してるんですが!?
アイツ何者だ? みたいな感じで滅茶苦茶見られてるんだけど!?
ダラダラと冷や汗をかきながら言葉を返すと、クロノアさんは満足げに頷く。
「カイちゃん、やっほ~」
「おはようございます。フェイトさん」
「今度、私ともデートしよ? そして合体して、私の事養って!」
「……クロ呼びますよ?」
「すみませんでした」
相変わらずの緩い調子で話しかけて来たフェイトさんに挨拶を返す。
すると、そのタイミングで緑髪の女性が近付いてきた。
体のラインがハッキリわかる法衣に身を包んだ160cm位の女性で、束にした状態で前に流した緑色の髪に、優しげな顔……そして何より目に付いたのは、リリウッドさんと同じ位あるんじゃないかと思う胸。
い、いや、初対面で胸に視線をやるとか、失礼極まりないけど……やっぱり俺も男の子、アレだけ大きいとつい目を向けてしまう。
「貴方が、ミヤマさんですね? 改めまして、生命神を務めておりますライフと申します。以前は、場の状況もあり挨拶を控えておりましたが、今日こうしてお会いできて光栄です」
「あ、はい。こちらこそ……宮間快人と言います。よろしくお願いします」
「……物は言いようだよね?」
「……寝ていただけであろうが……」
ライフさんはとても穏やかな声をしていて、優しげな表情から聖母の様な印象を受ける。
口調も丁寧だし、何となく出来る方って印象だけど……何でフェイトさんとクロノアさんは呆れてるんだろう?
「私の事は、どうか、時空神や運命神と同じくライフと名でお呼びください」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いします。今日という一日が、良き日になりますように」
「……凄いよ、時空神。生命神が、まともな神に見えるよ」
「……いつもこうなら、どれだけ良いか……」
ライフさんの差し出してきた手を取り、握手を交わす。
何故かフェイトさんとクロノアさんが呆れ果てた顔をしていたが、それは気にしない事にする。
「ミヤマ、本日は我等が周囲を張る……ああ、心配するな。お前やシャローヴァナル様の邪魔にはならぬよう、しっかりと離れる故」
「……は、はぁ……」
「よし、では早急にシャローヴァナル様の元に向かえ」
「あ、はい」
何となく有無を言わせない雰囲気に圧倒され、反射的に頷いた後門へ向かって歩を進める。
すると集まっている神族が一糸乱れぬ動きで左右に分かれ、俺が歩く道を造る……落ち着かないんだけど!?
ほ、本当に今日……大丈夫だろうか?
クロノアさん達の言葉である程度予想はしていたが、待ち合わせ場所である噴水広場に辿り着くと……周囲に人の影すらない。
まるで街全体を貸し切りにしているかのような状況に唖然とするが、と、ともかく、今はシロさんに楽しんでもらえるようにする事だけ考えよう。
ちなみに今、こうして待ち合わせをしているのは……例によって例の如く、シロさんが「ごめん、待った?」「いや、今来た所」ってのをやりたがったからだ。
一応待ち合わせまでは30分あるけど……もう俺は着いてる訳だし、現れてくれても良いんだけど……
そんな事を考えていると、目の前に光が集まりシロさんが姿を現す。
「申し訳ありません。待ちましたか?」
「……い、いえ、今来た所です」
いつも通り抑揚が全く無い声で話しかけて来たシロさんに、俺は額に汗を流しながら言葉を返す。
……ツッコミ、入れても良いかな?
その移動方法だと、遅刻とか無いだろう!? せめてそこは、嘘でも歩いてくるとかして下さいよ!
「……成程」
「へ?」
俺の心の声を聞いたのか、シロさんはポンッと小さく手を叩き、直後に姿を消す。
そして直ぐに後方から小さな足音が聞こえて来た。
「申し訳ありません。待ちましたか?」
仕切り直してきた!? え? テイク2? テイク2なの?
「い、今来た所です」
「おはようございます。快人さん」
切り替え早っ!? もう、やりたいイベントは完了したとばかりに、速攻で話を切り替えてくる。
さ、流石シロさん……全然予測できない。
「あ、はい。おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「はい」
そう言えば、シロさんの格好はいつも通りの法衣だ。
てっきりいつもと違う服を着てくるのかと思っていたので、意外と言えば意外……後ちょっとだけ、残念にも感じる。
シロさんの容姿なら他の服も似合いそうだし、見てみたい気もするが……
「……」
「え?」
あれ? 何かシロさんがめっちゃこっち見てる? 何してるんだろう?
静かに俺を見つめてくるシロさんの様子に首を傾げていると、シロさんは指を軽く振り……一瞬で服装が変わった。
白色の上品なワンピースに、シックな色合いの短めのコート……確かダッフルコートだったっけ? それを着た姿に変わる。
「では、これで」
「あ、はい。えと、とても良くお似合いです」
「ありがとうございます」
てか、それ俺の世界の服なんですけど!? さっきじっと見てたのは、俺の記憶から服装を調べて、造り出すため!? ほ、本当にこの方はチートの権化みたいな方だ。
いや、しかし、それにしても……シロさんズルイな。容姿が完璧すぎる。
プロポーションも顔立ちも完璧だから、絶対なに着ても似合うよ……今も正直、あまりにも美しく、正面から見ると照れてしまう。
「さて、快人さん。デートを始める前に、尋ねたいことがあります」
「え? あ、はい。なんですか?」
「デートとは、何をすれば良いのですか?」
「そこからっ!?」
変化しない表情で淡々と告げるシロさんに思わず突っ込みを入れる。
見切り発車過ぎる!? デートの当日に、デートって何をすればいいのって聞いてくるとか、想定外過ぎるんだけど!?
「ええ、スタートが待ち合わせで、ゴールが『宿泊施設』だというのは知っています」
「その認識は、即刻破棄して下さい」
「え?」
真顔でとんでもない事を言い始めたシロさん……うん、ある程度はこうなる事も予想しておくべきだった。
ともかく、どうやら今日は俺がリードしなければならないらしい。
けど、俺だってデートの経験なんて、一回……クロと出かけた時位しかないので、経験豊富とはとても言えないし、リードはハードル高いかもしれない。
あ、そうだ! シロさん俺の記憶が読めるんだし、何となくデートのイメージみたいなのはそれで掴んでもらうとして……
「とりあえず、シロさん。どこか行きたい所はありますか? シロさんに行きたい所があるなら、先ずはそこに行きましょう」
「成程……では『海』で」
「……はい?」
その瞬間、後方で何かが崩れ落ちる様な音がして、チラリと振り返ると、遠方でクロノアさんが地面に倒れ伏していた。
さ、流石シロさん……恐ろしい天然だ。
まさか開始直後に、クロノアさん達の準備を無にするとは……
「え、えと、それは構わないんですが……う、海って、遠いですよ?」
「問題ありません」
シンフォニア王国の王都周辺に海は無いし、地図で見た限りでは結構離れてる感じだったので、無駄とは分かりつつもクロノアさん達の事を考えて聞いてみた。
しかしそこは創造神であるシロさん、軽く指を振るうと一瞬で景色が切り替わり、潮の匂いがする青い海が目の前に広がっていた。
拝啓、母さん、父さん――シロさんとのデートが始まった訳なんだけど、流石は天然女神というか何と言うか、しょっぱなからとんでもない事ばかり言ってる。と、ともかく、デートが始まり――海に来たよ。
シリアス先輩「無理!? アイツ、無理ぃぃぃ!? 全部粉砕されるもん、粉々にされるもん……創造神怖い……」
安定の天然女神……クロノアの胃は死んだ。