変わり者かもしれない
金網の上で肉が焼け、香ばしい匂いが漂ってくる。
赤く美しい肉は、まるで汗をかくみたいに肉汁を浮き上がらせ、その光沢は食欲を駆り立てる。
「はぐっ、あむっ……あぁぁっ!? カイトさん、そのお肉は私が育ててたのに……」
「まだいっぱいあるだろ? というか、誰の金だと思ってるんだ……少しは遠慮って言葉を知らないのか……」
「人の金で食べるご飯、最高に美味しいです!」
「てめぇ……」
今俺の目の前では、いつも通りのオペラマスクを付けたアリスが、物凄い勢いで肉を食べ続けてている。
何でこんな事になったんだろう? 確か、リリアさんの屋敷の庭での話が一段落した後、アリスが俺に話したい事があると告げ、ついて来て欲しいと言われたので付いてきた。
すると何故か、夕食の焼肉を奢る事になった……どうしてこうなった?
「もぐっ……だって、ほら、私はカイトさんに忠誠を誓った訳です……はむっ……つまり、私が部下、カイトさんが上司。こうゆう場面では上司が奢ってくれるもんですよ!」
「……」
……コノヤロウ。何か随分と都合の良さそうな事を言い始めたぞ。
呆れたものだが……まぁ、どうせまた例によって金は殆ど無くなってるんだろうし、何だかんだで助けられた上に協力を願った訳だから……この位奢ってやるか。
「……にしても、この世界にも焼肉屋なんてあるんだなぁ~やっぱり、過去の勇者役から伝わったの?」
「ええ、そんな感じですね。勿論元々肉を焼いて食べる文化はこの世界にもありましたけど、勇者役からタレが伝わったお陰で、一気にメジャーになりましたね」
「へぇ、やっぱり、この世界って結構俺の居た世界の影響を受けてるものなのか?」
「……う~ん」
俺が尋ねた言葉を聞き、アリスは一度肉を食べていた手を止めて、少し考えるような表情を浮かべる。
「カイトさんの居た世界と、こっちの世界……カガクと魔法の違いに歩んできた歴史の違い、一概にどっちの方が発展してるとは決められませんけど……食文化に関しては、カイトさんの居た世界の方が圧倒的に進んでますね」
「……ふむ」
確かにこの世界にある魔法や魔法具は、科学で不可能な事も出来るし、そもそも文化も歴史も違う訳だから、どっちの世界が優れてるなんてのは決められないだろうし、決める意味もない。
ただ食事と言う一点に限っては、俺の居た世界の方が優れているらしく、特に食文化に関しては過去の勇者役の影響を多大に受けているらしい。
「まぁ、何でもかんでも広まった訳じゃないっすけどね。ハクマイでしたっけ? アレは、何て言うか……パン食が当り前の私達にとっては、やっぱり何か違和感ありますね」
「成程、確かに俺もパン食ばっかりだと何か違和感あるし、その辺は環境の違いか……」
「ええ、まぁ、ハクマイは勇者役の方々が非常に喜ぶので、各国で少量は栽培してますけどね。勇者役に好印象を抱いてもらえるのは、国にとってステータスですからね~」
「うん……その気持ちは凄く分かる」
確かに米は食べたくなる。俺もノインさんから米を貰った時は、本当に感動したし……今もありがたく食べている。
っと、そこでふとアリスが告げた言葉を聞いて、ある事を思い出した。
「そう言えばアリス……聞きたい事が有るんだけど」
「なんですか?」
「光永君……今回の勇者役の子が、今どうしてるかとか……分かるか?」
アリスは世界中の情報を握っている幻王であり、もしかしたら光永君の動向も把握しているかもしれない。
俺は楠さんや柚木さんと言う同郷の子達も近くにいるし、良い人達に巡り合ったおかげで、今は何だかんだで楽しく過ごせているが……光永君はどうだろう?
やっぱり色々文化の違う場所で一人と言うのは心細いだろうし、少し心配でもある。
「……カイトさんは、本当に優しいっすね。ええ、まぁ、ある程度は……ちょっと最新の情報を取り寄せますよ」
「え?」
俺の言葉を聞いて口元に微笑みを浮かべたアリスは、パチンと指を弾く。
すると給仕をしていた女性がこちらの席に近付いて来て、どこからともなく取り出した紙の束をテーブルに置く。
「どうぞ」
「御苦労さまですよ」
給仕の女性は軽く頭を下げ、何事もなかったかのように仕事へ戻り、アリスは受け取った紙の束をパラパラとめくる。
「……なぁ、アリス。今の人って……」
「え? えぇ、私の部下ですよ。まぁ、私の部下は大抵の場所には居ますから、こうやって最新の情報はすぐ手に入りますね」
「……アリスの正体が、あの人には分かるって事?」
「あ~いや、私の部下には全員に、私の魔力にだけ反応する魔法具を渡してるので、指示出せば私の居場所は伝わりますよ」
世界のあらゆる場所に幻王の部下は存在する……その意味を改めて実感して、アリスの凄さの一端を感じた気がする。
しかしアリスは特に様子が変わる事も無く、しばらく資料を見続け、手に持った紙をどこかへ消して俺の方を向く。
「今は、アルクレシア帝国の東部に滞在してるみたいですね」
「……元気にやってるのか?」
「ええ、最初の頃は物凄く図に乗ってたみたいっすけどね」
「……え?」
興味なさそうに告げるアリスの言葉を聞いて、以前柚木さんが「調子に乗っていた」と言っていた言葉を思い出した。
み、光永君……大丈夫だろうか?
そんな俺の心配を感じ取ったのか、アリスは軽く溜息をついて口を開く。
「王宮に招かれた当初は、本当に王様気分って言うか……我儘ばっかり言ってたみたいっすよ」
「えぇぇ……」
「奴隷は居ないのかとか……まったく、いつの時代の人間なんすかね」
「……」
光永君……いや、まぁ確かに異世界物のライトノベルじゃ奴隷って定番中の定番だけどさ……この世界に奴隷なんてものは存在しないし、そんな発言すれば白い目で見られるだけだろうに……
いや、でもまぁ、ある程度はしょうがないのか? 勇者役として国賓扱いで招かれ、本当にライトノベルの主役になった気分だったろうし、思い通りに出来るって思っちゃったのかな?
「まぁ、最初は王国側も苦笑い浮かべながら注意したみたいっすけど、しばらく直らなかったらしいです」
「そ、そっか……それで?」
「宝樹祭少し前辺りの時期に、シンフォニア王国内の街で……同行していた第二王女が、ついにブチ切れて……アルベルト公爵直伝のビンタをぶちかましました」
「えぇぇ!? ちょ、ちょっと、まって……リリアさん仕込って……光永君、死んだんじゃ……」
「……カイトさんの中で、アルベルト公爵がどう思われてるか……ちょっと分かった気がします」
だって、リリアさんのビンタ……いや、実際にリリアさんがした訳じゃないけど、直伝のビンタだよ?
俺がリリアさんに本気でビンタされたら……たぶん首が飛ぶ。比喩とかじゃなくて、物理的に飛ぶ……
そんな一撃を受けて、光永君は……
「まぁ、その一件で王様気分も抜けたんでしょうね。行動に改善が出てきたみたいです」
「……そ、そっか……良かった」
「で、つい三日ぐらい前ですかね……勇者役は、第二王女にプロポーズしたみたいです」
「なんでっ!?」
「いや、どうも今まで甘やかされて育ってきたみたいで……ビンタされた時に稲妻が走ったとか、運命を感じたとか言ってたみたいっすよ」
「えぇぇぇ……」
み、光永君!? まさか、ドMなんじゃ……
い、いやとりあえず、それは置いておこう。趣味趣向は人それぞれ、俺が口を挟む様な事じゃ無い。
それよりも結果がとても気になる。
「それで、どうなったの?」
「ええ、その告白を受けて、第二王女は……もう一発ビンタしたみたいです」
「えぇぇっ!?」
「まぁ、でも今日も一緒に訪れた街を観光してたって情報もありますし……仲が悪い訳じゃないみたいですけどね」
どういう状況なんだそれ!? いや、本当に気になるが……ま、まぁ、光永君も元気にやってるって事なのかな?
とりあえず、聞きたい事は聞けた……いや、別の聞きたい事は増えたけど、他人の恋愛事情に首を突っ込むのは野暮だろうし、これ以上は聞かないでおこう。
「……ともあれ、ありがとう。アリス」
「いえいえ」
「そういえば、今さらだけど……何か俺に話があるんじゃなかったっけ?」
「……あ~そうですね。どうしましょう? う~ん」
一番初めの用件を思い出して尋ねてみるが、アリスは何やら腕を組み、歯切れが悪い感じで唸る。
「……それは、今度にしましょう。焦った所で仕方ないですし、カイトさんも今日は色々あった訳ですから……」
「……うん? まぁ、アリスがそれで良いなら……」
「ええ……じゃあ、そう言う訳で、おかわり頼んで良いっすか!?」
「……好きにすれば?」
「やったっ! 流石、カイトさん、素敵! 愛してます!!」
「……」
さっきまでの様子はどこへ行ったのか、もう完全にいつもの調子に戻ったアリスを見て、俺は大きく溜息を吐く。
「……なんで、こんな馬鹿が六王なんだろう?」
「お~い、カイトさん? 心の声になってねぇっすよ。全部丸ごと、イケメンボイスでフルオープンですよ!?」
騒がしく鬱陶しい……正しくクロノアさんの言う通りである。
こんな奴が、世界でも最強クラスの存在だというのだから、本当に大した変わり者だ。
拝啓、母さん、父さん――アリスから光永君の近況を聞く事が出来た。一先ず元気そうで何よりだ。そしてアリスは相変わらずの変わり者で、変な奴だけど……そんなアリスと一緒にいる事を、何だかんだで楽しく思っている俺も――変わり者かもしれない。
早い話が焼肉デートである。
そして予定を少し前倒しして、ここで正義君の近況です。
さて、次回……お待たせしました! 創造神様のターン!!