■第76話「その後」
朝だった。
窓から光が差し込む。
柔らかい、いつもの光。
空は青い。
雲が流れ、風が吹く。
街は動いている。
人が歩き、声が響く。
すべてが。
何もなかったかのように。
普通だった。
「……なあ」
グレンが、パンをかじりながら言う。
「昨日さ」
一拍。
「なんか変な夢見た気がするんだけど」
レイヴンがコーヒーを飲みながら答える。
「夢?」
「いや、なんかこう」
グレンが頭をかく。
「でっかい何かと戦ってた気がする」
レイヴンが笑う。
「寝ぼけてんじゃねえのか」
ナナが静かに言う。
「……覚えてないだけ」
その一言に、空気がわずかに揺れる。
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声はほんの少しだけ重なる。
誰も気づかない。
気づけない。
だが。
確実に。
何かが残っている。
カイルは、窓の外を見ていた。
何も言わない。
ただ、見ている。
街を。
空を。
人を。
(……戻ったな)
完全にではない。
だが。
“成立している”。
その時だった。
窓の外。
空の一部が、ほんのわずかに歪む。
誰も気づかない。
だが。
確実に。
カイルは目を細める。
そして。
ほんの少しだけ、笑う。
「……どうした?」
グレンが聞く。
カイルは答えない。
ただ、首を振る。
「なんでもない」
その一言。
だが。
それだけで。
空間が、わずかに整う。
ナナが、カイルを見る。
じっと。
そして。
何も言わない。
ただ。
理解している。
セラが笑う。
「いいね」
レイヴンが言う。
「で、今日はどうする」
グレンが答える。
「とりあえず飯だろ」
いつもの会話。
いつもの流れ。
だが。
少しだけ違う。
その時だった。
通りを歩く人が、立ち止まる。
一瞬だけ。
何かを見たように。
だが。
すぐに動き出す。
何事もなかったかのように。
カイルは、それを見る。
(……残ってるな)
歪みではない。
ズレでもない。
“余白”。
世界の中に。
ほんの少しだけ。
残されたもの。
その時。
カイルの視界が、ほんの一瞬だけ揺れる。
白。
何もない空間。
そして。
そこに、誰かがいる。
「……終わったね」
空白。
軽く笑う。
カイルは、少しだけ目を細める。
「……どうだろうな」
「終わったよ」
空白は言う。
一拍。
「でも」
少しだけ楽しそうに。
「続いてる」
その言葉が、妙にしっくりくる。
カイルは、周囲を見る。
戻った世界。
だが。
完全ではない。
「……そうだな」
小さく言う。
その瞬間。
白が消える。
視界が戻る。
グレンが言う。
「おい、聞いてんのか?」
カイルは、少しだけ笑う。
「ああ」
一拍。
「聞いてる」
レイヴンが立ち上がる。
「じゃあ行くぞ」
ナナが頷く。
セラが笑う。
「いいね」
四人が動く。
カイルも、歩き出す。
その足取りは、いつもと同じ。
だが。
ほんの少しだけ違う。
地面に触れる感覚。
空気の重さ。
音の響き。
すべてが。
“理解された上での世界”。
その時だった。
空が、ほんのわずかに歪む。
今度は、少しだけはっきりと。
誰も気づかない。
だが。
カイルは、止まる。
一瞬だけ。
そして。
そのまま、歩き続ける。
(……来るなら来い)
拒否ではない。
恐れでもない。
ただ。
“受け入れた上で、崩す”。
その状態。
遠くで。
何かが、揺れる。
見えない。
だが。
確実に。
“まだ終わっていない”。
グレンが振り返る。
「どうした?」
カイルは答える。
「いや」
一拍。
「なんでもない」
その一言。
だが。
それで十分だった。
世界は、続く。
歪みも。
余白も。
すべて含めて。
そのまま。




