■第75話「選択」
世界は、静かだった。
壊れていない。
歪んでいない。
揺れてもいない。
ただ。
“完成している”。
空は青く。
風が吹き。
街が動く。
人が歩き。
声が響く。
何もかもが、正しい。
それなのに。
全員が分かっていた。
これは。
“本物ではない”。
「……なあ」
グレンが、小さく言う。
「これ、どっちなんだよ」
レイヴンが答える。
「どっちでもねえな」
一拍。
「どっちにもなれる」
ナナが言う。
「……確定してない」
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声は静かだ。
今までとは違う。
浮ついていない。
カイルは、立っている。
何もしていない。
ただ。
“そこにいる”。
(……選べるのか)
理解している。
今、世界は固定されていない。
どの形にもなれる。
元の世界。
外側の世界。
それとも。
まったく別の形。
そのすべてが。
同時に存在している。
その時だった。
空間が、わずかに歪む。
目には見えない。
だが。
確実に“いる”。
最後の残滓。
外側の意思。
それが、言う。
「……選択」
声ではない。
だが、意味が響く。
「異端」
一拍。
「決定せよ」
その言葉が、静かに落ちる。
グレンが顔を上げる。
「……なんだよそれ」
レイヴンが言う。
「最後の手段だろ」
一拍。
「押し切れねえから、委ねてきた」
ナナが言う。
「……選ばせることで固定する」
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声は優しい。
カイルは、前を見る。
何もない空間。
だが。
そこに“すべてがある”。
元の世界が見える。
歪みも、ズレもない。
ただの現実。
普通の生活。
誰も何も知らない世界。
次に。
外側の世界。
記録と構造。
すべてが整った。
無駄のない世界。
そして。
もう一つ。
“何もない世界”。
空白。
すべてが成立しない場所。
カイルは、見ている。
そのすべてを。
(……なるほどな)
理解する。
これは。
戦いではない。
“選択”。
どの世界を残すか。
グレンが言う。
「……戻すのか?」
一拍。
「元に」
レイヴンが言う。
「それもありだな」
「全部忘れて」
「普通に戻る」
ナナが言う。
「……でも」
一拍。
「歪みは残る」
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声は静かだ。
カイルは、空を見る。
そして。
少しだけ。
考える。
今までのこと。
戦い。
歪み。
外側。
空白。
そして。
“思い出したこと”。
(……全部知ってる、か)
その言葉が、頭の中で響く。
知っている。
確かに。
全部。
だから。
分かる。
どの選択も。
“完全ではない”。
元の世界は。
歪みを抱えたまま。
外側の世界は。
感情を持たない。
空白は。
何も成立しない。
どれも。
“欠けている”。
その時だった。
空白が、隣に立つ。
いつの間にか。
「決めるの?」
軽く言う。
カイルは答えない。
ただ、見ている。
空白が笑う。
「どれ選んでもさ」
一拍。
「後悔するよ」
その言葉が、妙にリアルだった。
グレンが言う。
「……じゃあどうすんだよ」
レイヴンが笑う。
「簡単だろ」
一拍。
「選ばなきゃいい」
ナナが言う。
「……不可能」
「選ばないことは選択」
セラが笑う。
「いいね」
カイルは、目を閉じる。
一瞬だけ。
そして。
開く。
(……なら)
静かに。
一歩、踏み出す。
その瞬間。
空間が、揺れる。
選択肢が、歪む。
元の世界が、崩れる。
外側の世界が、歪む。
空白が、揺れる。
グレンが叫ぶ。
「……おい!」
レイヴンが笑う。
「やっぱりな」
ナナが言う。
「……そう来る」
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
カイルは、止まらない。
さらに一歩。
踏み出す。
その瞬間。
すべてが、混ざる。
元の世界と。
外側と。
空白が。
同時に。
成立する。
ありえない。
だが。
確実に。
“存在している”。
外側の意思が、初めて揺れる。
「……矛盾」
その言葉に、確かな動揺。
カイルは、静かに言う。
「全部でいい」
その一言が。
世界を、変える。
完全に。
グレンが呟く。
「……は?」
レイヴンが笑う。
「欲張りだな」
ナナが言う。
「……成立してる」
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
空間が、安定する。
元の世界の形。
外側の構造。
空白の余白。
そのすべてが。
一つに重なる。
そして。
“新しい世界”になる。
外側の意思が言う。
「……異常」
一拍。
「選択不能」
その言葉が、静かに消える。
完全に。
カイルは、立っている。
何もしていない。
ただ。
そこにいる。
それだけで。
世界が、成立している。




