■第63話「干渉」
夜は、静かすぎた。
星はある。
だが、それはもう“星”ではない。
空に浮かぶ無数の“目”。
すべてがこちらを見ている。
視線。
それだけで、空間が重くなる。
「……おい」
グレンが小さく言う。
「これ、やばいだろ」
声を出している。
だが、自分の声が遠い。
耳に届くまで、ほんの一瞬の遅れがある。
レイヴンが低く言う。
「今さらだな」
だが、その声にも余裕はない。
ナナが空を見たまま言う。
「観測が固定されてる」
「は?」
「見られることで、状態が決まる」
一拍。
「逃げられない」
その言葉で、背筋が冷える。
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声は揺れている。
完全に。
複数に。
カイルは、動かない。
ただ、空を見る。
その目は、変わらない。
(……来るな)
理解している。
次は。
“見るだけ”では終わらない。
その瞬間。
空の一つが、落ちる。
星でも、光でもない。
ただ、“何か”。
ゆっくりと。
だが確実に。
地上に向かって。
「……来るぞ!」
グレンが叫ぶ。
レイヴンが一歩前に出る。
ナナが目を細める。
セラが笑う。
「いいね」
だが。
その“何か”が地面に触れた瞬間。
何も起きない。
音も、衝撃もない。
ただ。
“そこにある”。
「……は?」
グレンが呟く。
それは、人の形をしていた。
だが、人ではない。
輪郭が曖昧。
存在が、安定していない。
そして。
“見えたり、見えなかったりする”。
ナナが言う。
「……干渉体」
「なんだよそれ」
「観測が形になったもの」
一拍。
「外側の手」
その言葉が、重く落ちる。
干渉体が、ゆっくりと動く。
カイルを見る。
正確に。
その瞬間。
空間が、固定される。
完全に。
動けない。
息も、重い。
思考すら、鈍る。
「……っ!」
グレンが歯を食いしばる。
レイヴンも動けない。
ナナの目がわずかに揺れる。
セラが笑う。
だが、声が出ない。
干渉体が言う。
「……確認」
声はない。
だが、直接響く。
「異端」
カイルは、動かない。
その状態で。
“歪む”。
空間が。
観測が。
固定が。
ゆっくりと。
ズレる。
干渉体が、わずかに揺れる。
「……誤差」
その言葉に、初めての違和感がある。
カイルが、一歩踏み出す。
重い。
だが。
進む。
固定が、崩れる。
グレンが息を吸い込む。
「……動いた!」
レイヴンが笑う。
「やっぱりな」
ナナが言う。
「通じてない」
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
干渉体が、初めて明確に反応する。
「……再定義」
その瞬間。
カイルの存在が、薄くなる。
完全に。
“いなかったことにされる”。
「……っ!」
グレンが叫ぶ。
だが。
カイルは、消えない。
そのまま、立っている。
干渉体が言う。
「……不可能」
カイルは、もう一歩。
踏み出す。
存在が戻る。
完全に。
その瞬間。
別の違和感。
空気が、抜ける。
音が、消える。
色が、薄くなる。
ナナが言う。
「……来た」
グレンが顔を上げる。
「何がだよ」
その答えは、すぐに分かる。
干渉体の背後。
“そこにいないはずの空間”が、削られる。
ぽっかりと。
何もない穴。
そして。
そこから。
「……やっぱりいるんだね」
柔らかい声。
空白。
再び現れる。
干渉体と、カイルの間に。
グレンが呟く。
「……なんで今出てくんだよ」
レイヴンが笑う。
「タイミングいいな」
ナナが言う。
「……三つ」
「は?」
「世界」
「外側」
「ノイズ」
一拍。
「全部いる」
その言葉で、空気が完全に変わる。
干渉体が空白を見る。
空白が、軽く首を傾げる。
「へえ」
「そっちも来るんだ」
楽しそうに言う。
干渉体が言う。
「……異常確認」
「未定義」
空白が笑う。
「そうだよ」
「僕は“ない”から」
一歩、踏み出す。
干渉体に向かって。
その瞬間。
干渉体の一部が、消える。
完全に。
「……欠落」
その言葉が響く。
グレンが目を見開く。
「……え?」
レイヴンが笑う。
「なるほどな」
ナナが言う。
「相性」
つまり。
空白は、観測されたものを消す。
干渉体は、観測そのもの。
だから。
削れる。
空白が楽しそうに笑う。
「いいね」
「分かりやすい」
その瞬間。
カイルが動く。
一歩。
踏み出す。
干渉体に向かって。
空白も動く。
同時に。
そして。
三つが、交差する。
その瞬間。
空間が、壊れる。
完全に。
音が消える。
色が消える。
距離が消える。
時間が、止まる。
グレンが声を出す。
だが、聞こえない。
レイヴンが動く。
だが、見えない。
ナナが何かを言う。
だが、意味がない。
セラが笑う。
だが、存在が重なる。
三つの異常が、同時に存在する。
成立しない。
なのに、成立している。
その中心で。
カイルが立っている。
空白が笑う。
干渉体が崩れる。
世界が揺れる。
そして。
一瞬。
全てが“止まる”。
完全に。
静寂。
何もない。
だが。
カイルだけが、動く。
ほんの一歩。
踏み出す。
その瞬間。
全てが戻る。
音が戻る。
色が戻る。
空が戻る。
グレンが膝をつく。
「……はあ……はあ……!」
レイヴンが息を吐く。
「……なんだよ今の」
ナナが静かに言う。
「……成立してない」
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
空白が、少し離れた場所で立っている。
干渉体は、半分崩れている。
そして。
空の目が、すべてこちらを見ている。
カイルは、前を見る。
静かに。
だが、確実に。
次の段階へ。




