■第57話「広がる違和」
夕方の街は、変わらず穏やかだった。
人が行き交い、店先には灯りが灯り始める。
笑い声も、呼び声も、いつもと同じように流れている。
だが。
その中に、確実に“ズレ”があった。
「……なあ」
グレンが小さく言う。
「これ、さ」
言葉を選ぶ。
「さっきより、増えてないか?」
レイヴンはすぐに答えなかった。
周囲をじっと見ている。
人の流れ。
足の運び。
声のタイミング。
すべてを観察している。
そして。
「……増えてるな」
低く言う。
ナナが頷く。
「広がってる」
セラは楽しそうに笑う。
「いいね」
だが、その笑いは今までとは違う。
ほんのわずかに、音が重なる。
一瞬だけ。
グレンが顔をしかめる。
「……それやめろ」
「気持ち悪い」
「ひどいなあ」
セラは軽く言う。
だが。
その“軽さ”が、どこか浮いている。
ナナが静かに言う。
「セラだけじゃない」
「は?」
「周囲」
その言葉に、全員が改めて街を見る。
最初は分からない。
普通だ。
何もおかしくない。
だが。
よく見ると。
人の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
そして、続く。
会話の間が、微妙にズレる。
笑い声が、少しだけ遅れる。
「……おい」
グレンの声が震える。
「これ、全員じゃねえか」
「全員じゃない」
ナナが言う。
「一部」
「でも」
一拍。
「増えてる」
つまり。
感染ではない。
だが、確実に広がっている。
レイヴンが言う。
「原因は分かってる」
「……カイルか」
グレンが呟く。
ナナが頷く。
「影響」
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声は二重に響く。
今度は、はっきりと。
グレンが後ずさる。
「……やばいって」
その時だった。
通りの中央。
一人の男が、立ち止まる。
普通の人間。
服装も、動きも、何も変わらない。
だが。
その男の影が、動かない。
本人が歩いているのに。
影だけが、止まっている。
「……見たか」
レイヴンが低く言う。
「見た」
ナナが答える。
グレンが固まる。
「いや、今の」
男は、何も気づいていない。
普通に歩く。
影は、そのまま置いていかれる。
そして。
数歩後。
影が、追いつく。
何事もなかったかのように。
「……おい」
グレンが呟く。
「これ、普通じゃねえぞ」
「当たり前だ」
レイヴンが言う。
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
その時。
別の場所で、声が上がる。
「……あれ?」
女の声。
小さく。
「今、誰かいた?」
振り返る。
誰もいない。
だが、確かに“いた”。
その感覚だけが残る。
ナナが言う。
「欠落」
「は?」
「存在が抜けてる」
つまり。
“いたものが消える”。
しかも。
誰も気づかない。
違和感だけが残る。
グレンが頭を抱える。
「……やめろって」
「なんだよこれ」
レイヴンが言う。
「広がってるな」
「完全に」
その時だった。
空気が変わる。
今までとは違う。
強い。
だが、押しつぶすような圧ではない。
“整える”ような圧。
ナナがすぐに反応する。
「来る」
その言葉と同時に。
空間に、線が走る。
今までよりも明確に。
街全体に。
無数に。
交差する。
「……またかよ」
グレンが呟く。
だが。
今回は違う。
線が、人に触れる。
そして。
“固定される”。
影が、戻る。
ズレが、消える。
声が、正常になる。
違和感が、消えていく。
「……戻ってる?」
グレンが言う。
ナナが首を振る。
「違う」
「上書き」
つまり。
元に戻したのではない。
“整えた”。
処理班が現れる。
今度は数が違う。
街全体に。
無数に。
同時に。
同じ動きで。
レイヴンが言う。
「……本格的に来たな」
処理班の一人が口を開く。
「対象拡張」
「異端」
「影響範囲、街全域」
その言葉で、全てが確定する。
グレンが呟く。
「……街ごとかよ」
ナナが言う。
「止めに来てる」
セラが笑う。
「いいね」
処理班が続ける。
「段階移行」
「封鎖レベル上昇」
その瞬間。
空気が重くなる。
動きが、制限される。
完全ではない。
だが。
確実に、自由が減る。
グレンが叫ぶ。
「おい、これやばいって!」
レイヴンが言う。
「もう“個”じゃねえな」
「街ごと対象だ」
ナナが静かに言う。
「間に合わない」
「何がだ」
「拡張」
その言葉が、重く落ちる。
セラが笑う。
「いいね」
その笑いが、また二重に響く。
今度は、消えない。
重なったまま。
グレンが後ずさる。
「……やばいって」
その時だった。
遠く。
街の外れ。
空気が、歪む。
明確に。
強く。
レイヴンが目を細める。
「……来たな」
ナナが言う。
「中心」
つまり。
カイル。
その存在が、再び動き出している。
処理班の動きが、変わる。
一斉に。
そちらを見る。
「優先対象変更」
「異端本体」
その言葉で。
全てが動き出す。
グレンが呟く。
「……これ、やばいぞ」
レイヴンが笑う。
「今さらだな」
セラが楽しそうに言う。
「いいね」
ナナが静かに前を見る。
そして。
「行く」
短く言う。
全員が動く。
街の中を。
歪みの中を。
中心へ。
そこに。
全ての答えがある。




