■第32話「選択の始まり」
朝は静かに始まった。
昨日までとは違う意味での静けさだった。人の数は変わらないはずなのに、どこか距離がある。街全体が、一定の場所を避けて動いているような違和感があった。
その中心にいるのが、カイルたちだ。
「……なんか、もう普通に過ごせなくなってきてないか?」
グレンがため息混じりに言う。
「そうか?」
カイルは変わらない。
「そうだよ!」
即座に返す。
セラは楽しそうに周囲を見ている。
「いいね」
「よくねえって!」
ナナは静かに人の流れを観察していた。
「変わった」
「何がだ」
「視線」
短い言葉。
だが、グレンにも分かる。
昨日までの“警戒”とは違う。
今は“評価”だ。
値踏みされている。
「……やっぱり増えてるよな」
「増えてるな」
カイルが答える。
「軽いなあ……」
グレンが肩を落とした、その時だった。
「――失礼」
不意に、声が割り込む。
四人が同時に振り向く。
そこに立っていたのは、見慣れない男だった。
整った服装。
無駄のない立ち姿。
明らかに、この街の人間ではない。
だが、戦う気配はない。
「初めまして」
男は軽く頭を下げる。
「私は王都より参りました」
その言葉に、グレンが固まる。
「……王都?」
レイヴンも目を細める。
ただの使者ではない。
立ち方が違う。
隙がない。
それでいて、圧がない。
“抑えている”。
それが分かる。
「こちらに」
男の視線がカイルに向く。
「カイル様でお間違いありませんか」
「そうだ」
カイルはあっさり答えた。
男は頷く。
「お時間をいただけますか」
その言葉は丁寧だった。
だが、拒否を想定していない。
グレンが慌てて割り込む。
「ちょっと待て、何の用だよ!」
男はそちらを見る。
穏やかな表情のまま。
「勧誘です」
はっきりと言った。
空気が変わる。
セラが笑う。
「いいね」
「よくねえよ!」
グレンが即座に否定する。
ナナは静かに男を見ている。
「一つじゃない」
「何がだ」
グレンが聞く。
「勧誘」
つまり。
これが最初。
これから増える。
男は続ける。
「我々は、あなたの力を正しく評価しています」
視線はカイルに向けられたまま。
「そして、その力が“どこにも属さない”状態は望ましくない」
「なんでだ」
カイルが聞く。
男は一瞬だけ考えた。
「制御ができないからです」
正直な答えだった。
グレンが顔をしかめる。
「ずいぶん勝手な言い分だな」
「承知しています」
男は否定しない。
「ですが、それが現実です」
静かな声だった。
だが、重い。
「力は、必ずどこかに属する」
「属さなければ、排除される」
それがルールだと。
そう言っている。
カイルは少し考える。
「断ったら?」
男は即答した。
「他が来ます」
グレンが頭を抱える。
「だよなあ……」
セラは楽しそうに笑う。
「いいね」
「だから何がだよ!」
男は続ける。
「我々は、その中でも最も“穏やかな選択肢”です」
「他は?」
カイルが聞く。
「強制です」
その一言で十分だった。
レイヴンが低く言う。
「……まあ、そうなるな」
経験があるのか、納得している。
男は一歩下がる。
「今すぐの返答は不要です」
カイルを見る。
「ですが」
わずかに声を落とす。
「時間は多くありません」
それだけ言って、男は踵を返した。
止める者はいない。
数歩歩いたところで、男は振り返る。
「一つだけ」
視線が再びカイルに向く。
「あなたは、すでに“選ばれる側”ではありません」
静かに言う。
「選ぶ側です」
その言葉を残して、去っていった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
グレンが最初に崩れる。
「……無理だろ」
「何がだ」
「全部だよ!」
カイルは少し考える。
さっきの言葉。
選ぶ側。
(……なるほど)
確かに。
今までは違った。
だが、今は違う。
セラが笑う。
「いいね」
今度は、はっきりと意味がある。
ナナが静かに言う。
「始まった」
「何がだ」
グレンが聞く。
「奪い合い」
それが答えだった。
レイヴンが肩をすくめる。
「まあ、そうなるわな」
カイルは空を見上げる。
変わらない空。
だが。
(……面倒だな)
これからは。
戦うだけじゃない。
選ばなければならない。
そして。
選ばなければ、奪われる。
世界は、もう動いていた。




