■第31話「広がる異常」
それは、静かに広がっていた。
誰かが意図したわけではない。だが、止めることもできない。噂は形を変えながら、確実に範囲を広げていく。
王都の中心部。
冒険者ギルドの本部。
普段は喧騒に満ちた場所だが、この日は少し違っていた。
「……聞いたか?」
カウンターの前で、男が小さく声を落とす。
「どれだよ」
「例のやつだよ」
その言葉だけで通じる。
周囲の空気がわずかに変わる。
「最低ランクが上位潰したって話か?」
「それだけじゃねえ」
男は顔を近づける。
「回収屋が出張ってきて、しかも引いた」
「……は?」
聞いた側が眉をひそめる。
「嘘だろ」
「俺も最初そう思った」
男は肩をすくめる。
「でもな、ギルド経由で情報が流れてる」
「しかも、幹部クラスまで出てきたらしい」
その一言で、空気が変わる。
「幹部って……あの回収屋のか?」
「そうだ」
「それで引いたのか?」
「引いたらしい」
沈黙が落ちる。
それはただの驚きではない。
理解が追いつかない。
回収屋は、外でも有名な組織だ。
異常を回収し、管理する。
そして、必要なら排除する。
そんな連中が、撤退した。
「……何だよそれ」
ぽつりと漏れる。
「そんなの、あり得るのか?」
「分からん」
男は首を振る。
「でも、事実らしい」
それだけで十分だった。
噂は現実になる。
そして、現実はさらに大きくなる。
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同じ頃。
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王都の一角。
石造りの建物の中。
静かな部屋。
机の上には、数枚の資料が並んでいた。
その中心にある名前。
カイル。
「……興味深い」
椅子に座る男が呟く。
整った服装。
無駄のない動き。
明らかに“組織側”の人間。
「測定不能」
資料をめくる。
「上位撃破」
「回収屋撤退」
淡々と並べる。
「偶然ではないな」
断言だった。
隣に立つ部下が口を開く。
「どう判断しますか」
男は少しだけ考える。
そして、答えた。
「確保対象だ」
短い言葉。
だが、その意味は重い。
「回収屋が動くなら、こちらも動くべきだ」
「ですが、危険度が高いのでは」
「当然だ」
男は即答する。
「だからこそだ」
視線が鋭くなる。
「放置すれば、どこにも属さない“力”になる」
それが一番厄介だった。
「管理できるか」
一瞬、間を置く。
「できなければ?」
部下が聞く。
男は、ほんのわずかに笑った。
「その時は、別の判断をする」
それだけで十分だった。
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さらに別の場所。
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暗い地下。
灯りは最低限。
空気は冷たい。
その中で、一人の女が資料を見ていた。
「……へえ」
小さく笑う。
「面白いのが出てきたじゃない」
指で紙をなぞる。
カイルの名前。
「回収屋が失敗」
「幹部も引いた」
目が細くなる。
「これは……」
楽しそうに呟く。
「奪い合いになるわね」
その声には、明確な興味があった。
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一方。
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カイルたちは、まだ同じ街にいた。
だが、空気は完全に変わっている。
昨日までとは違う。
明確に。
視線が増えている。
「……なんか増えてね?」
グレンが言う。
「増えてるな」
カイルが答える。
「軽いな!」
いつものやり取り。
だが、少しだけ重い。
セラは楽しそうに周囲を見る。
「いいね」
「何がだよ」
「増えてる」
「だから何がだよ!」
ナナは静かに言う。
「種類が違う」
「種類?」
グレンが聞く。
「回収屋だけじゃない」
それが答えだった。
視線の質が違う。
興味。
敵意。
観察。
そして。
値踏み。
複数の“勢力”が混ざっている。
レイヴンが腕を組む。
「……来たな」
「何がだよ」
グレンが不安そうに聞く。
「外だ」
短い答え。
「もう完全に、外に知られた」
それが意味するもの。
単純だった。
「これからはな」
レイヴンが続ける。
「回収屋だけじゃねえ」
「じゃあ何が来るんだよ」
グレンが聞く。
レイヴンは少しだけ笑った。
「全部だ」
その一言で、空気が変わる。
カイルは少しだけ考える。
(……なるほど)
確かに。
ここまでは回収屋だけだった。
だが、それは終わった。
これからは違う。
奪い合いになる。
セラが笑う。
「いいね」
今度は、はっきりと楽しそうだった。
ナナが静かに言う。
「次は選ばれる側じゃない」
「じゃあ何だよ」
グレンが聞く。
「選ぶ側」
その言葉は重かった。
カイルは空を見上げる。
昼の空。
変わらない。
だが。
(……面倒だな)
確実に。
世界が動き始めていた。




