■第25話「重なる対策」
街の空気は、完全に変わっていた。
昨日までとは違う。表面上は同じ日常が流れているのに、どこか緊張が混ざっている。通りを行き交う人々も、無意識に周囲を気にしている。
原因ははっきりしていた。
カイルの存在。
そして、それを狙う連中。
「……なんかもう、普通に歩くだけで疲れるな」
グレンがぼやく。
周囲の視線が増えている。敵だけじゃない。純粋な興味や、関わりたくないという距離感。そのすべてが混ざっている。
「そうか?」
カイルはいつも通りだった。
「そうだよ!」
グレンが即座に返す。
セラは楽しそうに笑っている。
「いいね」
「どこがだよ」
「ちゃんと“中心”になってる」
その言葉に、グレンは顔をしかめた。
「全然嬉しくねえ……」
ナナは静かに周囲を見ている。
「来る」
短く言った。
その瞬間、空気が変わる。
通りの奥。
人の流れがまた自然に割れていく。
昨日と同じ光景。
だが、違うのは数だった。
一人ではない。
二人。
そして、その後ろにもう一人。
合計三人。
全員が同じ空気を纏っている。
上位個体。
グレンの顔が青くなる。
「……おい、冗談だろ」
レイヴンが低く言う。
「冗談じゃねえな」
その声はいつになく真剣だった。
セラは目を細める。
「いいね」
今度は明確に興味が強い。
ナナは冷静だった。
「囲むつもり」
その通りだった。
三人は自然に位置を取る。
前方に一人。
左右に一人ずつ。
逃げ道を塞ぐ配置。
昨日よりも明確に、対策されている。
「例外個体」
中央の男が言う。
昨日の上位個体とは別の顔だが、同じレベルだと分かる。
「回収を開始する」
「断る」
カイルは短く答える。
男たちは特に反応しない。
想定内。
会話は不要。
次の瞬間、同時に動いた。
速い。
だが、それ以上に“噛み合っている”。
一人が正面から圧をかける。
左右が逃げ道を潰す。
単独の強さではなく、連携で仕留める構え。
カイルは動く。
ズレる。
だが、逃げ場がない。
次の一手がすでに来ている。
拳がかすめる。
さらに次。
当たる。
鈍い音が響く。
グレンが叫ぶ。
「おい、また当たってるぞ!」
レイヴンはすでに構えていた。
だが、踏み込めない。
(入れねえ)
三人の連携が密すぎる。
外から割り込めば、逆に巻き込まれる。
それだけの精度だった。
セラは静かに見ている。
ナナが呟く。
「完全に対策されてる」
カイルのズレは、単独では対処しづらい。
だが、複数で空間を固定すれば話は別だ。
動ける範囲が削られる。
ズレる余地が減る。
その結果。
当たる。
攻撃が通る。
カイルの体が後ろに下がる。
明確な劣勢。
周囲の冒険者たちが息を呑む。
「押してる……」
誰かが呟く。
それは事実だった。
完全にではない。
だが、確実に押している。
中央の男が言う。
「捕捉完了」
左右の二人がさらに詰める。
距離が消える。
逃げ場がない。
カイルの動きがわずかに遅れる。
その瞬間、三方向から同時に攻撃が入る。
衝撃が重なる。
カイルの足が大きく下がる。
初めてだった。
ここまで明確に押されるのは。
「……マジかよ」
グレンの声が震える。
レイヴンが低く言う。
「これは厳しいな」
だが、まだ崩れていない。
カイルは立っている。
呼吸も乱れていない。
表情も変わらない。
(……なるほど)
カイルは思う。
やり方は理解した。
複数で固定する。
逃げ場を消す。
ズレを潰す。
理屈としては正しい。
だが。
(それでも足りない)
次の瞬間、カイルの動きが変わる。
ほんのわずか。
だが確実に。
三人の攻撃が、同時に外れる。
完全に。
「……!」
中央の男の目が動く。
想定外。
連携が崩れる。
カイルの手が伸びる。
一人に触れる。
体が沈む。
次。
もう一人。
連鎖するように崩れる。
残るは中央の男。
だが、その男は止まらない。
「……やはりか」
低く呟く。
踏み込む。
今まで以上に深く。
全力に近い一撃。
当たる。
そのはずだった。
だが。
カイルの手が先に触れる。
ほんのわずかに。
その瞬間、男の動きが止まる。
完全に。
膝が落ちる。
静寂。
誰も動かない。
男はそのまま息を整えながら言う。
「成立しない」
それが結論だった。
対策は機能している。
だが、完全ではない。
最後の一歩が届かない。
男は立ち上がる。
「現段階では不十分」
冷静な判断。
感情はない。
「次で終わらせる」
それだけ言って、三人は引いた。
無理はしない。
それもまた徹底されている。
空気が戻る。
グレンがその場に崩れ落ちる。
「……もうやめてくれ」
「無理だろ」
カイルが言う。
「だよな……」
セラは笑う。
「いいね」
「どこがだよ!」
ナナが静かに言う。
「精度が上がってる」
「何のだよ」
「敵の」
その通りだった。
回収屋は確実に進化している。
理解し、対策し、詰めてくる。
カイルは空を見上げる。
同じ空。
だが、確実に違う。
(……面倒だな)
だが。
まだ終わっていない。




