■第19話「成立しかけた戦い」
ギルドの空気は、完全には戻っていなかった。
ざわめきはある。だがどこか抑えられている。さっきまでの戦闘の余韻が、そのまま場に残っているような感覚だった。
冒険者たちは距離を取りながら、まだカイルの方を見ている。
興味と警戒が混ざった視線。
学園とは違う。もっと直接的で、もっと現実的な目だ。
「……落ち着かねえな」
グレンが小さく言った。
「見られてるな」
カイルはあっさり答える。
「それはさっきから分かってる!」
声を抑えながらも、グレンの焦りは隠せない。
セラは相変わらず楽しそうだった。
「いいじゃん」
「よくねえよ」
「だってちゃんと“通じてる”じゃん」
「何がだよ」
「外でも」
セラは軽く顎で周囲を示した。
「今の見てた連中、全員理解できてない。でも、それでも納得してる」
グレンは眉をひそめる。
「納得?」
「強いってことだけは分かるから」
それは確かに、そうだった。
誰もカイルの戦いを理解していない。だが、結果だけは見ている。そして、その結果は明確だ。
だからこそ、判断が早い。
危険なやつだ、と。
「……面倒な方向だな」
グレンがため息をついた。
カイルは特に気にしていない様子で、軽く肩を回した。
さっきの戦闘の感触を思い出す。
(さっきのは、少し違ったな)
三人での連携。ズレを潰そうとする動き。学園ではあまり見ないタイプだった。
だが、それでも結果は変わらない。
ただ一人、最後に残った男だけは少し違った。
(あれは、近いな)
完全ではないが、ズレに触れていた。ほんのわずかだが。
その時だった。
ギルドの奥の空気が、わずかに変わる。
音ではない。気配でもない。だが、明らかに何かが違う。
レイヴンが先に反応した。
「……来たな」
低く呟く。
その視線の先。
入口ではない。奥の通路。
そこから、一人の男がゆっくりと歩いてきていた。
軽装。
だが、先ほどの連中とは明らかに違う。
静かだ。
無駄がない。
そして、何より。
(……強いな)
カイルは思った。
はっきりと。
ヴァンに近い。だが方向が違う。
もっと荒く、もっと現場寄りの強さ。
その男は歩みを止め、周囲を一瞥したあと、カイルに視線を向けた。
「報告通りだな」
静かな声だった。
だが、場の空気が一段重くなる。
「例外」
短く言う。
その呼び方に、グレンが顔をしかめた。
「なんだよそれ……」
男は気にしない。
「思ったより早かった」
レイヴンに向けて言う。
「お前がいるとはな」
「こっちのセリフだ」
レイヴンは肩をすくめる。
「わざわざ来るとは思わなかった」
「仕事だからな」
淡々とした答え。
そこに感情はない。
「そいつ、回収対象だろ」
「そうだ」
男は迷いなく答えた。
そのままカイルを見る。
「連れていく」
断定だった。
交渉の余地はない。
グレンが一歩下がる。
「おい、完全にやる気だぞ」
「そうだな」
「軽いって!」
セラは笑う。
「いいね」
「何がいいんだよ!」
男が一歩踏み出す。
その瞬間、空気が変わる。
周囲の冒険者たちが一斉に距離を取った。
直感的に理解したのだ。この場にいれば巻き込まれると。
「最後に確認する」
男が言う。
「来る気はあるか」
「ない」
カイルは即答した。
男はほんのわずかに口元を歪める。
「だろうな」
次の瞬間、動いた。
速い。
今までとは違う。
無駄がないのは同じだが、密度が違う。
カイルの正面に、一瞬で距離を詰める。
拳が来る。
まっすぐ。
だが、その軌道には迷いがない。
当たる形。
逃げ場がない。
カイルはわずかに体をずらす。
当たらない。
だが。
「やっぱりな」
男はすでに次の動きに入っている。
止まらない。
連続。
圧が強い。
ただの速度ではない。押し込む力がある。
(……これはいいな)
カイルは思う。
ヴァンに似ているが違う。
考えるより先に、動きが繋がる。
実戦で磨かれた動き。
拳が来る。
避ける。
当たらない。
だが。
距離が詰まる。
「……ちっ」
男が舌打ちする。
理解はしていない。
だが、違和感は掴んでいる。
動きが変わる。
さっきよりも慎重に。
だが、圧は落ちない。
カイルの足元に、わずかなズレが生まれる。
一瞬。
本当に一瞬。
男の拳が、かすめた。
服が揺れる。
空気が裂ける。
グレンが息を呑む。
「今の……!」
男の目が鋭くなる。
「届くな」
低く言う。
「完全じゃない」
カイルは何も答えない。
男は踏み込む。
今度はさらに深い。
逃げ場を消す。
完全に詰める動き。
(……近いな)
カイルは思う。
ヴァンとは違うが、同じ方向に来ている。
拳が来る。
避ける。
だが。
次が来る。
さらに次。
連続。
逃げ場がない。
ほんの一瞬、カイルの動きが止まる。
その瞬間。
男の拳が届いた。
鈍い音。
カイルの体がわずかに揺れる。
観ていた者たちがざわめく。
「当たった……!」
グレンの顔が青くなる。
「おい……!」
カイルは一歩下がる。
表情は変わらない。
だが、ほんのわずかに空気が変わる。
(……なるほど)
少しだけ、理解する。
この男は、届く。
完全ではないが、確実に近い。
「いいな」
男が言う。
息は乱れていない。
「やっとまともに戦える」
その言葉に、セラが笑った。
「いいね」
カイルは軽く息を吐く。
(……少し上げるか)
ほんのわずかに。
それだけでいい。
男が踏み込む。
今度は全力。
迷いのない一撃。
当たる。
そう見える。
その瞬間。
カイルの手が動く。
今までより、ほんの少しだけ速く。
触れる。
それだけ。
男の体が止まる。
「……っ!」
踏みとどまる。
崩れない。
だが、ズレる。
そのズレが、致命的になる。
膝が落ちる。
静寂。
戦いが終わる。
男はその場で息を整えながら、笑った。
「……なるほどな」
納得ではない。
だが、理解の一歩手前。
「やっぱり面白い」
カイルを見る。
「これは、回収対象だ」
はっきりと言った。
その言葉は軽くない。
レイヴンが小さくため息をつく。
「やっぱそうなるか」
男はゆっくり立ち上がる。
「今日は引く」
一歩下がる。
「だが、次は違う」
その目が、わずかに鋭くなる。
「準備してくる」
それだけ言って、踵を返した。
周囲の空気がゆっくり戻る。
グレンがその場に崩れそうになる。
「……やばすぎだろ」
「そうか?」
「そうだよ!」
セラは満足そうに頷く。
「いいね」
「だから何がだよ!」
レイヴンがカイルを見る。
「完全に狙われたな」
「そうだな」
「軽いな……」
カイルは空を見上げた。
外の空。
学園と変わらないはずなのに、少しだけ違って見える。
(……面倒だな)
だが。
ほんの少しだけ。
面白くもあった。




